第8話「忍び寄る危機と黒い影」

 水路が完成し、カブの収穫も上々。

 村は活気を取り戻し、人々は未来への希望を語り合うようになった。

 俺は次に植えるべき作物として、小麦とジャガイモを選んだ。

 どちらも保存がきき、村人たちの冬の食料となるだろう。


 カイは腕の傷がすっかり癒えた後も、なぜか村に留まり続けていた。


「次の依頼が見つかるまで、ここにいさせてもらう」


 彼はそう言っていたが、本心かどうかは分からない。

 だが、村人たちはすっかり彼を信頼しきっており、カイがいるだけで魔獣除けの用心棒がいるような安心感があった。

 俺自身も、彼の存在が当たり前になりつつあるのを感じていた。


 穏やかな日々は、しかし、長くは続かなかった。


 ある日のこと、村の見回りから帰ってきたヨハンが、血相を変えて俺の館に駆け込んできた。


「レオンさん! 大変だ!」


「どうした、落ち着けヨハン」


「村の近くの森で、妙な連中を見かけたんだ! どう見ても、ただの旅人じゃねえ。武器を持って、こっちの様子を窺ってた!」


 ヨハンの話に、俺と、その場にいたカイの表情が険しくなる。

 武器を持った集団。

 考えられるのは、盗賊団だ。


 この辺りには、山を根城にする盗賊団がいると聞いたことがある。

 彼らは普段、もっと豊かな東の街道を狙っており、こんな貧しい村に見向きもしなかったはずだ。

 だが、状況は変わった。

 最近、グライフェンが豊かになりつつあるという噂が、どこからか流れたのかもしれない。

 収穫したカブを売るために、行商人が村を訪れるようになった。

 彼らが噂の出どころだろうか。


「人数は? 装備は?」


 カイが冷静に尋ねる。


「はっきりと見えたのは五、六人だった。でも、もっといるかもしれねえ。みんな、錆びちゃいるけど剣や斧を持ってた」


「……偵察だな。間違いなく、この村を狙っている」


 カイは即座に結論づけた。

 俺の背筋に、冷たい汗が流れる。

 この村には、まともに戦える人間など数えるほどしかいない。

 カイは強いが、一人で多人数を相手にするのは無謀だ。

 ヨハンたち若者も気概はあるが、実戦経験のない素人同然。


「どうする、レオン。奴らが本格的に襲ってくる前に、村を捨てて逃げるか?」


 カイの金の瞳が、俺の覚悟を試すように見つめてくる。

 逃げる?

 ようやく手に入れた、この穏やかな暮らしを?

 笑顔を取り戻した村人たちを見捨てて?


「……いやだ」


 俺は固く拳を握りしめた。


「ここは、俺たちの村だ。誰にも好きにはさせない。……戦う」


 その言葉に、ヨハンが「そうだ!」と強く頷く。


 カイは、俺の答えを聞いて、満足そうに口の端を上げた。


「いいだろう。その言葉が聞きたかった。ならば、策を練る」


 俺たちはすぐに村の男たちを集め、緊急の会議を開いた。

 盗賊が村を狙っていると知らされ、彼らの顔は恐怖に青ざめた。

 だが、誰一人として逃げようとは言わなかった。

 この村を守りたいという気持ちは、皆同じだった。


 カイが中心となり、防衛計画が立てられていく。

 まず、村の周りに簡単なバリケードを築く。

 女子供は、村で一番頑丈な石造りの教会に避難させる。

 男たちは武器を手に取り、いくつかのグループに分かれて村の入り口を固める。


「敵は、おそらく夜に紛れて襲ってくるだろう。それも、油断しきった深夜だ」


 カイの予測は、まるで未来を見ているかのように具体的だった。


「俺が前衛で敵を引きつける。お前たちは、俺の合図があるまで絶対に動くな。いいな?」


 カイはヨハンたちに強く念を押す。

 準備は急ピッチで進められた。

 農具であるクワやカマが、今は村を守るための武器となる。

 誰もが固唾を飲んで、運命の夜を待った。


 俺は、カイから渡された短い剣を握りしめる。

 後方支援と、負傷者の手当が俺の役目だ。

 だが、いざとなれば、俺も戦う覚悟はできていた。


 夜が更け、村は不気味な静寂に包まれる。

 月明かりが、バリケードの向こうの暗い森をぼんやりと照らしていた。

 風が木々を揺らす音だけが、やけに大きく聞こえる。

 緊張が、極限まで高まっていく。


 そして、ついにその時は来た。


 森の暗闇から、いくつもの黒い影が、音もなく姿を現した。

 その手には、月光を鈍く反射する刃。

 盗賊団の襲撃だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る