第7話「豊作の兆しと村の笑顔」

 カイの助言を元に、俺は村の若者たちと共に水路の建設に取り掛かった。

 ヨハンを始めとする若者たちは、最初はカイのことを胡散臭そうに見ていたが、彼が示した的確な設計と、時折見せる驚異的な身体能力を目の当たりにし、次第に一目置くようになっていった。


 カイは怪我をしているにも関わらず、重い岩を軽々とどかしたり、硬い地面を掘り返したりと、率先して働いた。

 その姿に、村の男たちも感化されないはずがない。


「おい、カイさん! こっちはどうすりゃいいんだ!」


「そっちはもう少し深く掘れ。水の流れが滞る」


 いつの間にか、カイは現場監督のような立ち位置になっていた。

 俺は全体の進捗を見ながら、細かい指示を出していく。

 これまでばらばらだった村人たちが、一つの目標に向かって汗を流している。

 その光景が、俺には何よりも嬉しかった。


 数週間後、ついに水路は完成した。


 川から引かれた水が、新しく作られた水路を勢いよく流れ、俺たちが整備した畑の隅々まで潤していく。

 その様子を見て、村人たちから大きな歓声が上がった。


「すげえ! 水が畑に!」


「これなら、日照りが続いても安心だ!」


 子供たちは、水路の周りをはしゃぎながら走り回っている。

 長い間、この村から消えていた、明るい笑顔と活気がそこにはあった。


 俺の小さな実験畑で育てていたカブも、水路の完成と時を同じくして、収穫の時期を迎えた。

 土から引き抜いたカブは、驚くほど大きく、ずっしりと重い。

 白く艶やかな肌は、まるで真珠のようだ。


「これが……本当に、うちの畑で採れたのか……?」


 ヨハンが信じられないといった様子で、カブを手に取る。


 その日の夜、村の広場でささやかな収穫祭が開かれた。

 採れたばかりのカブを使ったスープが、大きな鍋で振る舞われる。

 村人たちは、何年ぶりか分からないほどの豊かな食事に、涙を流して喜んだ。


「うめえ……! こんな美味いもん、食ったことねえ!」


「レオンさん、あんたは神様だ!」


 口々に感謝の言葉を述べられるのは、少し照れくさいが、悪い気はしない。

 俺が本当にやりたかったのは、こういうことなのだ。


 焚き火の明かりが、人々の笑顔を優しく照らし出す。

 俺は少し離れた場所で、その光景を静かに眺めていた。

 胸に込み上げてくるのは、今までに感じたことのない、温かい満足感だ。


「いい顔、してるじゃないか」


 不意に、隣にカイが立った。

 彼の手には、スープの入った木の椀が二つ。

 一つを俺に差し出してくる。


「……お前のおかげでもある。助かった」


 素直に礼を言うと、カイはふっと笑った。


「礼なら、こいつで返してもらう」


 そう言って、彼は自分の椀をくいっと傾けた。


「あんたが作ったこのカブのスープ。今まで食ったどんなごちそうより美味い。だから、また作ってくれ」


 傭兵らしからぬ、穏やかな表情だった。

 金の瞳が、焚き火の光を反射してきらきらと輝いている。


 その瞳に見つめられていると、心臓が妙に大きく脈打つのを感じた。


『これは……』


 アルファである彼に惹かれているのか?

 いや、違う。

 これは、ただの感謝と、仲間としての親愛の情だ。

 そう自分に言い聞かせる。

 オメガである俺が、アルファに、それも素性の知れない男に特別な感情を抱くなど、あってはならないことだ。


 俺は動揺を悟られないよう、スープをすするふりをして顔を隠した。


「……ああ。いくらでも作ってやる」


 そう答えるのが、精一杯だった。


 豊作の兆しは、村に笑顔をもたらした。

 そして、俺の心には、今まで知らなかった甘く切ない感情の芽生えをもたらしていた。

 この穏やかな日々が、ずっと続けばいい。

 そんな叶わぬ願いを、俺は夜空に浮かぶ月に祈った。

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