第14話
体育祭(前編) ~棒倒しという名の戦争~
10月。獄門高校のグラウンドは、血と土埃の匂いに包まれていた。
『獄門体育祭』。それはスポーツの祭典ではない。合法的に敵(クラスメイト)を殴れる「決闘の場」である。
生徒会室では、佐藤健義が過去のデータを見て震えていた。
「……骨折者20名、打撲者150名、行方不明者1名(昨年度実績)。これは体育祭じゃない、『傷害事件の博覧会』だ」
佐藤は机を叩いた。
「我々の使命は、この野蛮な儀式を『スポーツ』へと進化させることだ。……特にメインイベントの『棒倒し』。あれは廃止すべきだ」
バァン!!
扉が蹴破られ、長ラン姿の堂羅デューラが入ってきた。
「寝言を言うな、佐藤。棒倒しこそが男の華だ。痛みを知ってこそ、男は強くなる」
「学校保健安全法を知らんのか! 学校には生徒の安全を確保する義務がある! 君のやっていることは『未必の故意』による傷害教唆だ!」
「フン。法で骨が守れるか。……俺の赤組は『特攻服』で挑む。貴様の白組はどうする? 逃げるか?」
佐藤は眼鏡を光らせた。
「……いいだろう。ならば僕は、法と科学で君の精神論を粉砕する。見ていろ」
◇
そして、体育祭当日。
グラウンドは、異様な熱気に包まれていた。
実況席には、放送委員を追い出してマイクを握る桜田リベラの姿があった。
『さあ皆様、賭けの締め切りはあと5分ですわよ♡ 現在の倍率は、赤組(堂羅)1.5倍、白組(佐藤)10倍となっております』
彼女は堂々と「トトカルチョ(賭博)」の胴元をしていた。
そして、運命の『棒倒し』が始まる。
【赤組:堂羅デューラ率いる『特攻愚連隊』】
彼らは上半身裸にサラシを巻き、ハチマキを締めただけの軽装。
しかし、その目は血走り、殺気に満ちている。
堂羅が叫ぶ。
「怯むな! 傷は男の勲章だ! 骨の一本や二本、くれてやれぇぇ!!」
「「「ウオオオオオッ!!」」」
【白組:佐藤健義率いる『安全第一機動隊』】
対する白組が現れた瞬間、会場がどよめいた。
「……なんだアレは」
「ロボットか?」
彼らは、剣道の防具、野球のキャッチャーマスク、アメフトのショルダーパッド、そして段ボールとガムテープで作った自作アーマーを全身に装着していた。
見た目は完全に「世紀末のザコキャラ」か「ミシュランマン」だ。
指揮官の佐藤が、拡声器で叫ぶ。
「白組、防御陣形(ファランクス)を組め! 労働安全衛生法準拠のフル装備だ! 擦り傷ひとつ負うことは許さん!」
「「「イエッサー! ご安全に!」」」
◇
ピィーッ!!
開始の笛が鳴った。
「突撃ィィィ!!」
赤組が雪崩のように押し寄せる。
「迎撃せよ! 盾を構えろ!」
白組がプロテクターの壁を作る。
ドガァァァン!!
肉体と防具が激突する鈍い音が響く。
「ぐわっ! こいつら硬ぇ!」
赤組の攻撃が弾かれる。佐藤の計算通りだ。
「ハハハ! 痛くない! 痛くないぞ!」
白組の生徒たちは歓喜した。今まで一方的に殴られていた彼らが、科学(防具)の力で互角に渡り合っているのだ。
佐藤はタバスコを舐め、指揮を執る。
「右翼、敵の突破を確認! 刑法36条『正当防衛』の範囲内で押し返せ! 過剰防衛にならないよう手加減しろ!」
戦況は白組優勢に見えた。
だが、赤組には「彼」がいた。
「……小賢しい真似を」
堂羅デューラが、ゆっくりと動き出した。
彼の前には、防具でガチガチに固めた白組の精鋭部隊(アメフト部)が壁を作っている。
「いかに装甲を厚くしようと……芯に響かせれば同じこと」
堂羅が深く息を吸う。
北辰一刀流・無手(むて)。
「『徹し(とおし)』!!」
ズドンッ!!
堂羅の掌底が、先頭の生徒のプロテクターに突き刺さる。
衝撃は防具を貫通し、内部の肉体へと伝播。さらにその後ろの生徒、その後ろの生徒へと衝撃波が突き抜けた。
「ぶべらっ!?」
白組の防衛ラインが、ドミノ倒しのように吹き飛んだ。
プロテクターが砕け散り、段ボールが宙を舞う。
「なっ……物理法則を無視している!?」
佐藤が愕然とする。
「理屈じゃねぇ! 気合だ!!」
堂羅は鬼神の如く進撃し、白組の棒(ポール)へと迫る。
◇
その頃、観客席。
早乙女蘭は、救護テントで退屈そうにしていた。
「ちぇっ。怪我人が出ないから出番がないわ(佐藤くんが防具なんか着せるから)」
その時。
リベラの賭博ブースの近くで、一人の女子生徒がふらついているのが見えた。
クラスメイトの真理(まり)だ。
「……? 真理ちゃん? 顔色悪いけど」
蘭が声をかけようとした瞬間、真理はその場に崩れ落ちた。
「きゃあっ! 真理ちゃん!?」
騒ぎに気づいた平上雪之丞(担任)が、血相を変えて駆け寄ってくる。
いつもは適当な彼が、妙に深刻な顔をしていた。
「……おい、しっかりしろ! ……まさか、な」
グラウンドでは、堂羅が佐藤の首根っこを掴み、佐藤がタバスコを目潰しに使おうとする泥仕合が続いていたが、その裏で、体育祭の狂騒を冷やすような「シリアスな影」が忍び寄っていた。
棒倒しの決着がつかないまま、放送が入る。
『えー、救護班より連絡。……至急、担架をお願いします!』
佐藤と堂羅は動きを止めた。
ただの熱中症か貧血か。
だが、運ばれていく女子生徒の膨らんだ腹部を見た時、二人の法曹(プロ)の勘が告げていた。
――これは、ただ事ではない。
昭和の学校において、最も重く、最もタブーとされる問題が起きたのだと。
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