第4話

恋するスケバン刑事の暴走

 それは、平和な午後の授業を破壊する轟音から始まった。

 ガシャーン!!

 校舎の窓ガラスが割れ、数人の不良生徒が中庭に放り出される。

「痛えぇ……なんだあのアマ!?」

「鎖だ! 鎖使いだ!」

 騒ぎを聞きつけ、佐藤、堂羅、リベラの三人は現場へ急行した。

 砂煙の舞う中庭。そこに仁王立ちしていたのは、一人の少女だった。

 くるぶしまで届く長いスカート。その裾を風になびかせ、手には銀色に輝く「何か」を握りしめている。

 マスク越しでも分かる、つり上がった大きな瞳。

「――そこまでよ! 獄門高校のクズども!」

 少女――早乙女蘭(さおとめ らん)は、手にした武器を振り回した。

 ヒュンッ!

 それはヨーヨー……ではなく、両端に分銅がついた「鎖手錠」だった。

「あなたたちを『公務執行妨害』および『器物損壊罪』、ついでに『私の機嫌を損ねた罪』で現行犯逮捕するわ!」

 カシャッ!

 鎖が不良の手首に絡みつき、一瞬で拘束する。

 鮮やかな手並みだが、言っていることは支離滅裂だ。

 ◇

「……なんだ、あれは」

 廊下からその様子を見ていた佐藤は、頭痛を覚えてこめかみを押さえた。

「公務執行妨害? 彼女は公務員なのか? いや、そもそもあの鎖は銃刀法違反の疑いが濃厚だ」

「フン、型はなってないが……気合はいい」

 堂羅は腕を組み、少し感心したように見ている。

「だが、詰めが甘いな。あんな派手な立ち回りをすれば、敵が増えるだけだ」

「あら、可愛いじゃない。あのアンティークなファッション、一周回って新しいわ」

 リベラは面白そうに、オペラグラスで蘭を観察している。

 堂羅の指摘通り、事態は急変した。

 校門の方から、黒塗りの車が数台乗り込んできたのだ。

 降りてきたのは、先日学食から追い出した「鮫島建設」のヤクザたちだ。

「オラァ! ウチの若い衆をイジメてくれたのは、どこのどいつだ!」

 鮫島が鉄パイプを持って怒鳴り込む。

 蘭は一瞬ひるんだが、すぐに気丈に言い返した。

「や、ヤクザ!? ちょうどいいわ、あなたたちもまとめて逮捕よ!」

 蘭は鎖を構えて突っ込む。

 だが、相手は大人の暴力団だ。数も力も違う。

「生意気なアマだ! 囲めっ!」

 あっという間に蘭は十数人の男たちに取り囲まれた。

 鎖が鉄パイプに弾かれ、腹部に蹴りを入れられる。

「うぐっ……!」

 膝をつく蘭。覆面(マスク)が剥がれ、素顔が露わになる。

 強気なスケバンの顔の下から現れたのは、涙目の美少女だった。

「へぇ、可愛い顔してんじゃねえか。……事務所でじっくり『教育』してやるよ」

 鮫島が下卑た笑いを浮かべ、蘭の腕を掴む。

 ◇

「……さて」

 佐藤はタバスコの小瓶を取り出した。

「法曹を目指す者として、未成年者略取誘拐の現場を見過ごすわけにはいかないな」

「ああ。女に手を上げるクズに、生きる資格はない」

 堂羅がボキボキと拳を鳴らす。

「私の学園(シマ)で、勝手な真似はさせませんわ」

 リベラが扇子を閉じる。

 三人は同時に中庭へ飛び出した。

「待ちなさい!!」

 佐藤の声が響く。

 鮫島が振り返る。「あ? またテメェらか!」

 佐藤はタバスコを一滴、舌に乗せて覚醒した。

「刑法第220条、逮捕監禁罪。および第224条、未成年者略取。……現行犯だ。言い逃れはできないぞ」

「うるせぇ! 法律で俺たちが縛れると思ってんのか!」

 鮫島が殴りかかろうとする。

 ドガッ!!

 その拳より速く、堂羅の下駄蹴りが鮫島の鳩尾に突き刺さった。

「ぐはっ……!?」

「……貴様らの相手は俺だ。法律(佐藤)の前に、この俺(検事)が裁きを下す」

 堂羅は鬼のような形相で、群がる組員たちを次々と薙ぎ倒していく。北辰一刀流の体捌きは、素手喧嘩(ステゴロ)でも圧倒的だった。

 リベラはその隙に蘭の元へ歩み寄る。

「大丈夫? 無茶をするわね、お嬢さん」

「あ、あなたたちは……?」

「この学校の『秩序』よ。……さあ、これで涙を拭きなさい」

 リベラが差し出したのは、高級シルクのハンカチと、甘いマドレーヌだった。

 数分後。

 ヤクザたちは全員、地面に伸びていた。

 佐藤は倒れている鮫島を見下ろし、冷徹に告げた。

「……喜助から聞いたぞ。君たちの組の事務所、違法建築の疑いで警察の内偵が入っているそうだな。今ここで退散すれば、僕が見た『これ』は見なかったことにしてやってもいい」

「ひ、ひぃぃ! 覚えてろぉ!」

 鮫島たちは這うようにして逃げ去った。

 ◇

 静寂が戻った中庭。

 蘭は、呆然と三人を見上げていた。

 特に、夕日を背にして眼鏡を直す佐藤の姿。

 理知的で、冷静で、悪を言葉だけで追い払う姿。

 ドクン。

 蘭の胸が高鳴った。これは……少女漫画で読んだシチュエーションそのもの!

(こ、この人……私の王子様!?)

 蘭はフラフラと佐藤に近づき、その手をガシッと握った。

「あ、あのっ! 私……早乙女蘭って言います! き、刑事(デカ)やってます!」

「……は? 刑事?」

 佐藤が眉をひそめる。

「はい! 実は潜入捜査中で……でも、あなたのような素敵な協力者がいれば百人力です! あの、もしかしてあなたも……『特命』の方ですか?」

 キラキラした目で詰め寄る蘭。

 そのカバンからは、警察手帳と少女漫画雑誌『りぼん』がこぼれ落ちている。

 佐藤は堂羅とリベラを見た。

 堂羅は「面倒くさいことになったな」という顔をし、リベラは「あら、面白そう」とニヤニヤしている。

「……僕はただの生徒会長だ。あと、君のその鎖は校則違反だから没収する」

「きゃっ♡ 厳しい! でもそこが素敵!」

 佐藤は深いため息をついた。

 また一人、想定外の変人が仲間(?)に加わった。

 タバスコが、もう切れそうだ。

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