第11話 決戦と陰謀
朝焼けの空に、ひゅるる、と甲高い音を立てて矢が舞い上がる。
結界解除の合図だった。
みのりは目を伏せ、深く息を吸って、静かに結界を解除した。
この一瞬、すでにドレイク率いる遊撃部隊は砦を発っている。音の出る細工が施された矢は、彼らが無事に陣形を整えた証であり、同時に反撃の号令でもある。
懐中時計の秒針を目で追いながら、みのりは静かに数を数えた。
……57、58,59,60秒。
それがすぎた瞬間、再び砦全体に結界を張り直す。魔力の奔流が走る。これで、彼女の第一の役目は終わった。
土の匂いが混じる風が、焦げ臭い砂煙を運んでくる。
クラグホッグの群れが砦めがけて突進してきていた。咆哮にも似た唸り声が重なり合い、地面が震える。
「来た……!」
みのりは素早く詠唱し、地面に小さな罠をいくつも展開する。
その一つに先頭のクラグホッグが足を取られ、巨体が地に叩きつけられた。続く個体が転倒した仲間の背に激突し、次々と倒れていく。
瞬間、ドレイクの部隊が一斉に飛び込んだ。刃が閃き、魔法が炸裂する。
「よし……!」
みのりは歯を食いしばる。
しかし、次の瞬間、空気が凍った。今度は森の影から――矢。
一本、二本、三本……不自然な軌道で放たれた矢が、砦の内側を狙って飛来する。その軌跡を追い、みのりの視線が木立の奥に捕えたものは――。
「人間……?」
鎧に身を包んだ男が、一瞬だけ木の陰から姿を現し、すぐに姿を消した。
衝撃に、みのりは全身を硬直させた。魔物ではない。明らかに訓練された人間の放った矢だった。
「まさか……人間が、魔物と手を組んでるの?」
思考が急速に回り出す。今までの知識では、魔物を操る術は存在しないはずだった。どの書でも、そう言っていた。
だが、今、目の前で明らかに異常な現実が起きている。
「クラグホッグの突進を制御していたのも、まさか――誰かが、導いてる……?」
背筋に冷たい汗が流れ落ちる。まるで、この戦場そのものが、誰かの掌の上にあるような感覚。
「ドレイク……!」
砦の上から目を凝らし、戦場を見渡す。彼の姿はすぐに見つかった。仲間を庇いながらサーベルを振るい、矢を弾き、クラグホッグの喉元を突いて倒す。その戦いぶりは、騎士というより戦場に生きる獣そのものだった。
だが、みのりは知っている。その背に、今、巨大な責任がのしかかっていることを。
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ドレイクは戦場の真っただ中で、崩壊寸前の組織を立て直していた。
貴族たちが逃げ、指揮系統が瓦解しかけていた砦の兵士たちは、最初は彼の命令に戸惑いを見せていた。
「右前方、クラグホッグ六体! 遊撃隊、挟撃の隊形に移れ! 槍兵は前へ!」
指揮が的確で、無駄がない。それは、戦いの中で培われた直感だけではなく、経験と訓練に裏打ちされたものだった。
「あの王子、指揮が的確だ。…貴族の指揮官(ぼんぼん)より役に立つじゃないか…」
兵士の一人がつぶやく。
数刻のうちに、散り散りだった兵士たちは戦線を再構築し、機能的な部隊へと変貌を遂げていた。誰もがドレイクの指揮に従い、それが唯一の生き残る道であると直感していた。
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そのときだった。みのりの背後から、新たな軍勢の足音が迫ってきた。
「敵――!?」
思わず叫び、振り返ると、見覚えのある甲冑を着た騎士が視界に入った。
「バルトワルトの……!」
しかし、みのりの心に安堵が広がる前に、ふと、違和感が突き刺さる。
その兵の動きが、どこか不自然なのだ。まるで――。
「ドレイク達を攻撃して……? 待って、それは援軍じゃない……!」
その瞬間、森の奥から新たな矢が放たれ、砦の兵士の一人が倒れた。
「操ってる……クラグホッグも、矢も、すべて……バルトワルトの軍が……?」
遠い日、皇子の背後に立っていた女騎士ミレティアの瞳。皇子の笑顔。晩餐のあの夜の、血の色――。
点と点が、線になった。
「……やっぱり、最初から、私たちは仕組まれていたの……?」
風が吹き抜ける。砂塵と血と、剣の音の中で。
砦は、戦場ではなかった。舞台だったのだ。バルトワルトの内紛を描いた、陰謀の。
そして今、この戦場の中心にいるドレイクが、その歯車を壊そうとしている。
「お願い、ドレイク……生きて、戻ってきて……」
砦の結界の中心で、みのりは両手を合わせた。自分にできるのは、祈ることだけ。
その向こうで、砦を護る者たちが、牙を剥いてくる「人間の敵」と、命をかけて対峙していた。
その時、後方から、軍隊が来る音が聞こえる。
「また、敵っ!?」
みのりは思わず声をあげ、砦の後方を振り返る。目を凝らすと今度こそ第一皇子の軍旗が見えた。
「皇子・・・!」
来てくれた、と、みのりはその場に座り込む。
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星の雫、砂の王 雨水卯月 @USUI_UGETSU
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