第9話 雨と水の都※

――あの日もまた、ムレイブの雨がすべての始まりだった。


ムレイブの地に足を踏み入れたとき、空はすでに鈍く曇っていた。

ドレイクの毛並みは霧雨を弾いているのに、みのりの髪はすぐにしっとりと濡れてしまう。タオルで拭いながら空を見上げると、先ほどまで明るかった雲間に、どんよりとした重みが差していた。


「今日はここまでか……」


そんな独り言を漏らすほどに、天気は旅の足を鈍らせていた。帝国はこのところ雨続きだが、ムレイブ領に入ってからは特に酷い。


この地は、もともとは「霧嶺府(むれいふ)」と呼ばれていたという。帝国の属領となった後に「ムレイブ」と改名されたが、名前だけでなく天候まで従わされたかのように、霧と雨はこの地の習わしとなっている。


「ムレイブの雨は旅人を迷わせる」


行商人がそう言っていたことを、みのりは思い出していた。森で雨に出くわしたら、その場を動かず待つこと。さもなくば、命を落とすこともあると――


現に、目的地のスイロウはもう間近だというのに、一向にたどり着けない。

やがて2人は、道すがら見つけた小さな村の唯一の宿屋に腰を落ち着けた。年季の入った木の壁、薄い毛布、染みついた匂いさえ、今となってはありがたく思える。


「もう……嫌になる。ここ最近、雨ばっかり」


濡れた髪を拭きながら、みのりは不満げに呟く。


「急ぐ旅ではない。行商の護衛で得た路銀もあるしな。たまには休むのも悪くない」


ドレイクが言いながら、みのりの腰をそっと引き寄せた。不意を突かれて、よろけそうになるみのり。思わずドレイクの腕にしがみつくと、その腕輪がふと光を放った。


――そういえば、ユエシャと一緒だった頃は、ドレイクとの時間もなかなか取れなかった。


タンガクを出てからも、行商人の護衛で人に囲まれる日々。2人きりになるのは、実に久しぶりだった。


みのりは、緊張で目をぎゅっと閉じる。まぶたに優しくキスが落ち、続けて唇にも――。息を詰めていたことに気づいたのは、その後だった。


「……みのりは、巫女姫がいなくて寂しいようだな」


ドレイクは、2つあるベッドの片方に腰を下ろしながら言った。

たしかに、寂しかった。ユエシャと過ごした時間は、恋人といる時とはまた違った喜びがあった。夜におしゃべりをしたり、笑いあったり、敵を倒して一緒に喜んだり――あの時間が、ふと恋しい。


「もしかして、ドレイクって……ユエシャ様にも焼きもち焼いてた?」


冗談まじりに言うと、ドレイクはいつもの穏やかな笑いで返した。


「どうやらそのようだ。」

「……今日はたっぷり構ってあげる」


2人きりの夜。膝と膝の間に挟まれるように立つと、みのりはドレイクの頭をよしよしと撫でた。

けれど次の瞬間、後頭部をぐいと引き寄せられ、体が前に倒れそうになる。


「な、なに……?」


顔が近すぎて、目をそらすしかなかった。


「構って、くれるのだろう?」


耳元で囁かれ、みのりの心音は一気に跳ね上がる。


「~~~っ!!」


みのりはとうとう首まで真っ赤になった。ドレイクはみのりの片手を取り、手首にキスを落とす。その動作が無駄に色気っぽい。流し目もされた。


「あああああの・・・」

「ん?」


ドレイクは妖しげな雰囲気のまま、何?と瞳で見返す。

手加減はしてくれないらしい。その間にも手のひらにキスをされる。


すごいことはしてないはずなのに、どうしてこんなにイケない気分になるのだろう。手に心臓があるみたいにドクドクとうるさい。


みのりは手を引っ込める。大した抵抗もなく、ドレイクの手からするりと抜けた。無くなったみのりの手の代わりに、ドレイクはみのりの唇を親指で触った。ふに、と下唇を押して、輪郭をなぞる。


指使いがやさしい。この爪は本気になったら、みのりなど簡単に切り裂けることを知っている。けれど少しも恐怖はない。ドレイクはみのりを傷つけることを何より恐れている。だから、みのりは少しも恐れない。唇を開いて、ドレイクの爪を舐める。


輪郭をやさしくなぞっていた指が止まる。目の前にドレイクの瞳がある。目が合うとやさしく、安心させるように笑う。ずっと、最初からそうだ。ドレイクはいつもやさしい。


「みのり・・・」


みのりを呼んで、口づける。みのりは目を瞑った。


「んぅ・・・」


長いキスに、声が漏れる。角度を変えて何度も、何度も口づけされる。だんだん深く。


食べられているみたい、とみのりは思った。


唇をなぞっていた指は、ゆっくりと下に降り、みのりの腹を摩った。やさしく、服を脱がされる。キャミソールのような下着とショーツだけになったみのりは落ち着かなくて、身を震わせる。


「ドレイクも・・・」


脱いで、とみのりはドレイクの服を掴む。ドレイクは少し驚いて目を丸くしたが、すぐに笑って自ら服を脱いだ。たくましい、胸が露わになる。みのりはそれをまじまじと見て、手で無遠慮に触った。


「ドレイク、筋肉すごいね」


割れている腹筋にも滑らせる。くすぐったいかな、とドレイクを見ると、平気そうな顔をしている。


「くすぐったく、ない?」

「平気だ。」


そうか、ドレイクはくすぐったくない男(ひと)なんだ。私なら、めちゃくちゃくすぐったがって、きっと話も出来ない。いいな、と羨む。ドレイクの胸を押して、ベッドに押し倒す。ドレイクは簡単に押し倒されてくれた。みのりは今、好奇心が勝っていて、羞恥心をどこかに置き忘れている。


押し倒したドレイクの脇腹をつぅ、と指で撫でる。


「これは?」

「平気だ。」


下から撫でた脇腹から脇を通る。


「ここも?」


ドレイクは頷く。つまらないな、とみのりは思った。そのままドレイクの胸の突起を掠める。ふ、とドレイクが息を吐く。


「ここは感じる?」


みのりが見つけた!とドレイクの胸に触れる。乳輪の周りをなぞり、突起を弾く。


「みのり・・・」


ドレイクがみのりの手首を掴んで辞めさせる。みのりは、つまらない、と口を尖らせた。すると、ドレイクがみのりの太ももの下に腕を差し込み、ごろん、とみのりをベッドに押し倒す。形勢逆転である。


「きゃっ!」


みのりが驚いて、小さく叫ぶ。

ドレイクの手が、みのりのキャミソールから入って脇腹を撫でた。


「あはははは!」


目に涙を浮かべて、みのりは身を捩る。ドレイクの手は、みのりの脇まであがる。キャミソールがめくれて胸が丸見えになっても、みのりは身を捩って逃げることに必死だ。


「く、くすぐったい!あは、やめてドレイク!あはは!!」


ドレイクはみのりの胸を包み込み、やわやわと揉む。


「ふっ・・・」


突然感じる快感に目がちかちかとする。なまめかしい吐息が漏れる。


「ど、ドレイク・・・」


じゃれていたはずが、突如として始まった甘い時間にみのりは怖気づく。ドレイクがみのりの胸に顔を埋め、その突起を舐める。


「う・・・あぅ・・・」


ずくん、と子宮が疼く。みのりは思わずドレイクの頭を掴んだ。


「あっ・・・んっ・・・っ・・・!」


波のように快感が寄せては返す。大きな波がやってくると、どうしようもなく膣が疼いた。無意識に股をこすり合わせる。ドレイクの指がみのりの太ももを撫でる。


「ふぇぇ・・・」


高く、太ももを持ち上げられ、強制的に股を広げられる。

みのりは恥ずかしくて、顔を手で覆う。


もう見てられない・・・


ドレイクが舌で、みのりの蜜口を舐める。とろり、と愛液が零れるのを感じる。


「ん・・・っ!・・・うぅ・・・」


快感と羞恥で訳が分からない。ドレイクが今、何をしているのかも分からない。ただ、気持ちいい。そして恥ずかしい。早く終わって、と願うみのりにドレイクは無情だった。


「みのり、続けるぞ。」


くちゅ、と指で窪みを撫でる。くるくると、優しく撫でたかと思うと、突起を細かく振動させる。


「あっ・・・ど、ドレイク!」

「みのり、好きだ。好きだよ。」


ドレイクはみのりの肩口に顔を埋め、祈るように言った。

その声が切羽詰まっていて、みのりは夢中になっていた快楽から少しだけ浮上する。


「ドレイク、私も。ドレイクが好き。すごく、好き。」


シーツを掴んでいた手をドレイクの背中に回す。

ドレイクが顔を上げる。情けない顔でもしているのかと思いきや、艶っぽい瞳で、みのりを見下ろす。


ドレイクの陰茎が、みのりの蜜口に当てられる。

突いた瞬間に噛みつくようにキスをされた。


「ふぁ・・・あっ・・・あん!」


ぐちゅん、ぐちゅん、と音がなる。

最初の頃よりずいぶん馴染んだソレはみのりに快感を与えた。


「あっ・・・あっ・・・ああ・・・!」


くっ、とドレイクが息をもらし、射精する。ぴくぴくとナカで動きを感じる。

ふぁ、とみのりが息を漏らした。


つ、疲れた。冗談で言ったつもりが、たっぷり構われてしまった。


________________________________________


翌日、スイロウ郊外。

街外れの湖のほとりで、2人は休んでいた。静かな湖畔には、歌う花が群生している。けれど、今は一輪も歌っていない。


「……歌わないね」

「そういう日もあるさ」


2人は皇子と神殿で会った後、この場所に足を運んだ。

皇子は、相変わらず尊大な態度で翌日の晩餐に招待してきた。


少しだけ与えられた自由時間。2人は迷わず、この花と滝を見に来ることにした。

日が落ちると、雲に覆われていた月が一瞬だけ顔を出し、淡く辺りを照らした。


そして――

ほのかな光を放ちながら、花が一輪、また一輪と咲き、やがて静かに歌い出す。

人の声とも楽器の音とも違う、不思議な旋律。意味を持たぬはずなのに、心に沁みる音だった。


しばしその歌に聴き入り、みのりはくしゅんと小さなくしゃみをした。秋も深まり、夜は冷える。


「冷えるな。街に戻って宿をとるか?」

「ううん。野宿でいいよ」


もともとそのつもりで準備していたのだ。みのりがそう言うと、ドレイクは外套を探そうと荷物に手を伸ばした。

みのりは、そっとその腕を掴む。そして、そのままドレイクの前に座り込んだ。

抱き込まれるように、2人の体温がひとつになる。


ドレイクはもう冬毛が生え始めている。モフモフとした毛並みは、触れているだけで温かかった。


ぽつりぽつりと、2人は話し始める。

子供の頃のこと。勉強が得意だったかどうか。たわいのない、けれど確かに心を通わせる言葉たち。


やがて、みのりがぽつりと呟いた。


「ドレイク、私ね……こことは、別の世界から来たの」


月が再び雲に隠れ、歌がやんだ。静寂の中で語られる秘密。

みのりは、自分の世界――魔法も魔物もない、鉄が空を飛ぶ世界の話を、ひとつひとつ言葉を選びながら語った。


「信じてくれる?」


目を伏せるように問いかけると、ドレイクは静かに、しかしはっきりと答えた。


「ああ、信じる」


その瞳には迷いはなかった。だが、少し思い出すような顔をして、つぶやいた。


「……竜の言っていたのは、このことか」

「ごめんね。ずっと黙ってて……」

「話してくれて、嬉しい」


ドレイクがみのりを抱きしめ、唇を近づけてくる。みのりはそっと身を寄せた。


「……皇子には話したのに、ドレイクには言えなかったのが、心苦しかった」

「……皇子が?」

「ユエシャ様経由で、ねっ!神竜のお告げは皇子に報告しないといけなかったから!」


慌てて言い訳をするみのりの前で、ドレイクはしばらく反応がなかった。


「……ドレイク?」


手を振ってみるが、固まっている。そして次の瞬間、みのりを抱きしめたまま、ぽつりと声を漏らす。


「……次からは、一番に言って欲しい。どんなことでも」

「……ご、ごめん。ほんとに……ごめんなさい」


みのりの胸元に顔を埋めるドレイク。みのりはその頭をそっと撫でる。

次第に、頬や首筋にキスを落としてくるドレイクに、みのりは抵抗せず身を預けた。

熱を帯びた視線が、みのりを射抜く。


「……最後まで、いいか?」


静かな夜。咲いた花が、ふたりの影を優しく照らしていた。

みのりは、言葉にせず、そっと頷いた。



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