第4話 巫女姫の世直し旅

「まさか、ユエシャ様が領主様だったなんて……」




森の中を歩きながら、みのりは思わず呟いた。


横で馬を引いているドレイクが小さく笑う。馬の背には、例の巫女姫・ユエシャが軽やかに揺られている。もちろん、後方には護衛官と侍女の姿もあった。




数日前、第一皇子の「浮気宣言」――もとい、ドレイクのプロポーズが話題となった宴のあと。みのりは王宮を辞し、近くの神殿で結婚の誓いを立てるとユエシャに報告した。すると、予想外の申し出が飛び出す。




「ふふ、ではその誓いの儀、わらわが執り行ってやろうぞ」




扇子で口元を隠し、上機嫌に笑うユエシャに、みのりは慌てて頭を下げた。




「い、いいえ! お気持ちだけで充分です!」


「わらわの祝福は、迷惑か?」




少し拗ねたように眉を寄せるユエシャに、みのりは真顔で否定した。




「と、とんでもございません!」


「ならばよし! わらわの神殿へ同行せよ」




その日から、みのりとドレイクの旅路は、ユエシャの領地――北東の都市タンガクを目指すものへと変わった。




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「王族は成人すれば、誰しも所領を賜る。巫女姫とて例外ではない、ということだ」




ドレイクの説明に、みのりは内心うなずいた。けれど、まだ腑に落ちない。




「でも……ユエシャ様、12、3歳でしょう? そんなに小さいのに」


「小さいとはなんじゃ!」




みのりの後ろから飛んできた怒声に、彼女はビクリと振り返り、素直に謝る。


「ごめんなさい、ユエシャ様」


「ふん。わらわは今年、11になる」




想像よりさらに幼かった。


しかしその目には、確かに責任を背負う者の覚悟が宿っている。




「巫女姫の成人は年齢で決まらぬ。神竜を降ろし、神託を受けた時点で一人前と認められるのじゃ。わらわは7つのときに神竜から神託を賜ったのだ」




どやぁ、と誇らしげに胸を張る姿が、かえってその幼さを際立たせる。


そして、さらなる爆弾発言が投下される。




「ゆえに、7つのときに皇子と婚約したのじゃ」


「えっ!」




思わず声を上げたみのりは、ドレイクを横目で見る。


彼の年齢を考えると、どうしても――いや、考えたくない。




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タンガクへの道中は、ただの旅では終わらなかった。


魔物に追われ、盗賊に襲われ、そして――悪代官に出会ったのだ。




森を抜けると、小さな街が現れた。


都市間の距離が離れているこの国では、都市ごとに自治権が強く、地方は領主の代わりに代官が治めている。




だが、町の空気は沈んでいた。人々は顔を伏せ、誰も笑っていない。


対照的に、門兵たちは妙に立派な鎧を着ており、尊大な態度で通行人を見下ろしていた。




「通行料を払え。それが嫌なら――そちらの娘を一晩預かろうか」




その言葉に、みのりは凍りついた。


だが、後方の輿に巫女姫が乗っていると知ると、門兵は慌てて平伏し、取り消す。


みのりは知っている。ドレイクが既に剣に手をかけていたことを――。




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その日の夕方、巫女姫の輿の前に、一台の粗末な幌馬車が止まる。


中から現れたのは、中年の男。くたびれた服装に、不自然なほど丁寧な口調で、頭を地面に擦りつけた。




「この地の代官、ハン・スイジンと申します。巫女姫たる月霞ユエシャ様のご降臨、恐悦至極に存じまする」




ユエシャは静かに扇子をパチンと閉じた。




「挨拶は結構。まずはこの町の惨状について説明せよ。申すべきことがあるなら、今ここで申してみよ」




男はしばし口ごもりながらも語り始めた。


町が荒れた原因、盗賊上がりの男が権力を握った経緯、巫女姫に訴えようとしたが、使者が戻らなかったこと。どうか、この町を救ってほしいと、懇願する。




「……政務官! なぜそのような報告がわらわの元に届いておらぬ!」


「私のもとにも、一切届いておりません!」




緊張が走る中、ユエシャは毅然と立ち上がる。




「よい、ハンとやら。その男のもとに案内せい。遅れてはならぬ」


「しかし、すでに日が暮れます。今宵は我が屋敷にて、お休みください」




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ハンの屋敷は、表向きは質素だったが、内装には高価な調度品が使われていた。


夕食も豪勢で、粗末な幌馬車や服装とのギャップに、みのりはすぐに違和感を覚えた。




「……あの人、小物っぽいよね」




ドレイクは無言で頷いた。




夜更け。みのりとドレイクはキッチンの横の使用人部屋で寝ていた。


だが、キッチンから密やかな会話が聞こえてくる。




「……巫女姫が来たのは想定外だ! 早く手を打たねば……」


「騒がれてはやっかいだぞ!」


「まずは隣の使用人から始末するか……」




みのりは目を見開いた。


ドレイクもすでに目を覚まし、静かに短剣の柄に触れている。




「みのり、あの二人に枷をかけられるか?」


「もちろん」




ドレイクが扉を蹴破ったその瞬間、みのりは魔法で二人の動きを封じる。




「わぁ、泥棒かと思ったら、お代官様でしたか!」




軽口を叩きながら、みのりはすかさず縛りを強める。


だが、代官は逆上し、声を張り上げた。




「貴様ら、何をする! わしはこの町の代官ぞ!」




そのとき、威厳に満ちた声が響く。




「控えよ、下郎が!」




ユエシャが階段から現れた。


その手には、代官の罪を記した帳簿が握られている。




「其の方の悪行、この目で確かめた。脱税、賄賂、不当な徴税――すべて、証拠が揃っておる!」




その晩、代官ハン・スイジンは逮捕され、町はユエシャの名のもとに救われた。




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その後も、ユエシャとの旅は事件続きだった。


訪れる先々で問題を解決し、民に慕われるユエシャ。


みのりとドレイクは、次第に彼女の聡明さと芯の強さを知っていく。


そしてこの出来事が、のちに巫女姫さまの世直し旅と語り継がれることも――。


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