第3話 選んだ居場所※

数時間後、みのりとドレイクは再びユエシャの執務室を訪れていた。


そこには、先ほどまでとは打って変わって無言でむっつりと座る第一皇子と、変わらぬ笑顔のユエシャがいた。




「……儀式はどうなりましたか?」




ドレイクが問いかけると、皇子は渋い顔のまま短く答えた。




「儀式は成った」




短く、そして少し苦々しそうな言い方だった。眉間の皺を深めながら、皇子は続ける。




「今回のこと、私の浅慮であった。……許せ」




まるで謝罪の台詞を言い慣れていないような、ぎこちない言い回しだった。




「いいえ、お気になさらず」




ドレイクが穏やかに返すと、皇子はわずかに顔を赤らめながら、おずおずと告げた。




「……誠意を示したい。今宵の宴に招かれてくれるだろうか」




思いがけない申し出に、みのりは目を丸くした。先ほどまでの空気からは想像もつかない展開だった。


どう答えていいか分からずにドレイクを見ると、彼は軽く微笑んでみのりの代わりに返答する。




「光栄です。ぜひ、参加させていただきます」




ユエシャは一言も発さなかったが、ニコニコと笑みを浮かべたまま、すべてを見守っていた。その笑顔が妙に怖いと、みのりは思った。この兄妹(?)の力関係は一体どうなっているのだろうか――と、ふと不思議に感じた。




それから間もなく、みのりはユエシャの部屋で、宴の支度を整えていた。湯浴みを済ませ、着替えの支度をする中、衝立越しにユエシャが問いかけてくる。




「さきほどの神託のことじゃが……そなた、異界の者かえ?」




突然の問いに、みのりは一瞬ためらったが、素直に答えた。




「……はい、そうです」


「ドレイク殿はそのことをご存じか?」


「いえ、まだ……言えてなくて」




――本当は、ただ怖かっただけだ。信じてもらえなかったら、どうしようって。


ユエシャはしばし黙り込んだ。そして、落ち着いた声で静かに告げる。




「心して聞くがよい。……誠に残念なことじゃが、そなたはもう元の世界には帰れぬ」




その言葉にも、みのりはあっさりと頷いた。




「大丈夫です。今さら帰されても困ります」




予想外の返答だったのか、衝立の向こうでユエシャが本気で驚いた気配がした。




「……帰りたいとは思わぬのか?」


「何度も悩んで、決めたんです。私はこの世界で生きます」




本音だった。家族も友達も恋しかったが、何よりもドレイクと一緒にいたかった。選ばれなくても、傍にいたかった。


ユエシャは何かを悟ったように、小さく息を吐く。




「そうか……。では、もう一つ」




その続きをみのりが待った。




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華やかな宴の会場に、みのりは少し遅れて到着した。


真珠色のマーメイドドレスに身を包み、きついコルセットに息苦しさを感じつつも、場の華やかさに少し心を浮き立たせていた。




「みのり」




背後から声をかけたのは、礼装姿のドレイクだった。深い紺に金刺繍のフロックコートが、凛とした彼の姿に映えている。




「よく似合っている」


「ドレイクも素敵!」




頬を赤らめながら互いを褒め合う二人の前に、皇子とユエシャが現れる。全く似ていない二人に、みのりは思わず口を滑らせてしまった。




「お二人はご兄妹にしてはあまり似ていませんね?」




その一言で、皇子が静かに怒りを滲ませ、ユエシャは吹き出す。




「わらわは皇子の妹ではない」


「……え?」




動揺するみのりに、皇子が追い打ちをかける。




「姫は私の婚約者だ」




みのりは言葉を失い、ユエシャは大笑い。ドレイクが気まずそうにみのりに耳打ちする。




「みのりは王族を知らないのか。王族には複数の血筋があるのが一般的だ。説明不足で悪かった」




みのりはすっかり恥ずかしくなり、視線を下げた。皇子はそんな彼女の反応を興味深げに観察していた。




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会場の片隅で、ドレイクに飲み物を頼み、壁に凭れていたみのりに、皇子が声をかける。




「皆、貴女のことが気になっているようだ」




差し出されたグラスを受け取り、礼を言うと、皇子はしれっとこう言った。




「そのドレス、よく似合っている。惜しいな、ドレイク殿の妻でなければ口説いていた」


「……え?」




状況が理解できないまま、みのりは問い返す。




「初めて会った日、彼が“連れ合い”と言っていた。そうではないのか?」


「連れ合いって……あ、夫婦って意味!?」




皇子の口元がゆるむ。どうやら彼の中で“チャンス”が生まれたらしい。




「ならば、私にも可能性がある、ということだ」


「皇子にはユエシャ様が――」




みのりが慌てて遮ろうとするが、皇子は構わず続ける。




「我々の婚姻は政略ゆえ、情はない。王は三人まで妃を持てる」




みのりの中で、皇子の評価が急降下した。




「みのり殿、どうか私に――」




と、手を取られたその瞬間、戻ってきたドレイクが割って入った。




「皇子。みのりは私の恋人です」


「“連れ合い”などと曖昧な言い方をするから誤解されるのだ。私なら、彼女を妃に迎えられる」




皇子の挑発的な言葉に、ドレイクの周囲の空気が冷たく変わった。


そして、突然ドレイクはひざまずき、みのりの手を取る。




「――結婚してほしい。君のためなら、妖精の涙も竜の逆鱗も手に入れてみせる」




衝撃のプロポーズ。




会場は静まり返り、やがて拍手と歓声に包まれる。


しかし、みのりはあまりの展開に処理しきれず、その場で意識を失ってしまった。


ドレイクに抱き上げられた彼女の姿を、周囲の貴婦人たちは「なんて初々しいの」と微笑ましく見守っていたという。






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目が覚めると、夜中だった。かすかな月明かりが窓から差し込んでいる。


みのりは数度瞬き、寝転んだまま周りを見渡す。起き上がろうとしたが、起き上がれなかった。頭がズキズキ痛む。いまドレスは脱がされ、ゆったりとした寝巻を着せられている。窓際にかすかにドレイクの気配を感じて、みのりはドレイクを呼ぶ。




「ドレイク?いるの?」


「みのり、起きたか?」




ドレイクがベッドに近づき、腰かけた。




「飲みすぎたようだ。皇子が渡した酒を飲んだだろう。あれは強い酒だ。みのりは酔って会場で倒れた。」




大丈夫か?とドレイクは心配そうに、みのりを撫でた。




「あの・・・皇子に連れ合いって嘘ついたのはなんで?」


「ああ、第一皇子は女好きで有名な方だ。万一にもみのりに興味を持たれては困る。先に夫婦だと言って牽制しておいた。」




ダメだったか?とドレイクはしょんぼりする。




「じゃあ、さっきのプロポーズは・・・?」


「人同士はすぐに結婚したりはしないのだろう。そろそろ頃合いだと思ったので、結婚を申し込んだ。証人は多い方が良いだろう。」




「え!?じゃあ、さっきの本気!?」




と大声を出して、起き上がる。そして襲ってくる頭痛に声を出したことを後悔した。




「いったぁ・・・」




みのり、大丈夫か?とドレイクは心配そうにみのりの背中をさする。




「治癒魔法は使えるか?」


「あ、そうか。魔法・・・うん、使えそう。」




答えると、ドレイクはサイドテーブルのロッドをみのりに渡してくれた。みのりはロッドを片手に詠唱を始める。ロッドが水色に光って、みのりの体を光が包む。すべてが終わった頃には、みのりの頭痛はすっかり消えていた。




「治った、みたい。」


「そうか。良かった。それでは、みのり。先ほどの返事は?」




ドレイクは妖艶に微笑むと、みのりの髪をひと房手のひらで梳いた。


あれ、これっていわゆる価値観の違いってやつかな、とみのりは焦った。




「みのりが“練習”を提案してくれて嬉しかった。俺の気持ちを汲んでくれたのだろう。俺もみのりの気持ちを汲んで、すぐに進めたいところを我慢した。」




褒めてくれ、と言わんばかりにしっぽが揺れている。




「えーと、ちなみに、狼族はどのくらいの交際期間でプロポーズするのでしょう?」




みのりは恐々と聞いた。嫌な予感がしすぎて、思わず敬語になってしまう。




「普通は思いが通じたその日に結婚する。みのりは人族だから、交際期間を置いた方が良いとマーリンに言われた。」




みのりの嫌な予感は的中した。




「私の気持ちを考慮して、ずっと我慢していた?」


「そうだ。これは、狼獣人の本能だ。もっと待ってやりたいが、なかなかに難しい。」




ドレイクはベッドをおりてもう一度ひざまずいて、右手を差し出す。みのりの手を取り、今度はキスではなく、みのりの手の甲に額を付けた。




「みのり、どうか俺の妻になってくれ。」




どうか頷いて、とドレイクは小さな声でこいねがう。




「私でいいの?後悔しない?」


「みのりがいい。後悔などするわけがない。」




それなら、いいか、とみのりは思う。元々、ドレイクとずっと一緒に居たいと願ったのは、みのりである。神竜に元の世界には戻らないと太鼓判を押されたことだし。本能を抑えるのがどのくらい大変なのか、みのりには想像がつかない。ならば、少しでも早くドレイクを安心させてあげた方が良いではないか。




「はい。貴方の妻になります。」




ドレイクはみのりの手にキスすると、良かった、と床に倒れこんだ。


みのりはそんなドレイクの頭を撫でて、耳もとにキスをした。ふるふる、とドレイクの耳が震える。




「可愛い。」




と、みのりは微笑む。


ドレイクは顔を上げると、噛みつくようにキスをした。




「んっ」




思わず声が漏れる。ドレイクはすでに通常運転だ。いつものように飄々とした表情で、みのりを翻弄する。ふ、と目を細めて笑う姿が見える。




ち、と小さく首筋にキスをされ、みのりはベッドに倒れこみかける。ドレイクがその背を支えた。支えたまま、首筋へのキスを何度も、何度も繰り返す。耳の後ろ、肩、鎖骨まで。




ドレイクの長い舌が耳の中に入る。熱く湿ったそれが耳を犯す。




「ふぁ・・・」




みのりがビクン、とした。




「う、そこ・・・やめ・・・」




みのりのか弱い制止も聞かず、ドレイクは耳の中を丹念に舐めた。くちゅ、と音でも犯される。




「ひっ・・・!ドレイク!」


「・・・みのり・・・」




余裕のない、掠れた声で囁かれると、みのりはふっと力が抜けた。


ドレイクの声が掠れている。ドレイクの瞳が熱を孕んでいる。ドレイクの体と、吐息が熱い。




みのりは後ろ手で下がる。ドレイクはその隙間を一瞬で詰める。




「あ、あの・・・ドレイク?」




みのりはもう片方の手で、ドレイクの胸を精一杯押し返した。一ミリも動かない、どころかじりじりと近づいて、またキスをする。自然とドレイクを仰ぎ見る形になったみのりは、ドレイクの瞳を間近で見た。




目が、みのりのことが大好き、と言っている。




「っ!!・・・~~~!!」




みのりはもう抵抗できなかった。こんなに愛おしそうな目で見られて、拒否出来る訳がない。ドレイクの喉がごく、と鳴った。




いつの間にか脱がされたみのりは、ドレイクに全身を愛撫されて、息が上がる。はぁ、はぁとみのりの息だけが部屋に響く。




「・・・みのり・・・好きだよ。」




そう言うとドレイクは、みのりの中にゆっくりと入ってきた。


“練習”で慣らされたカラダは、ドレイクの侵入を易々と受け入れた。




「んー!!」




みち、と押し広げられるそれは、痛みだったのか快感だったのか。


ドレイクはみのりの頭を撫でた。




「痛いか?今日はこれで終わりに・・・」


「待って。」




ドレイクが引き抜こうとした。みのりはドレイクの腕を掴んで、それを止める。




「お願い。イって。」


「しかし・・・」




痛そうに顔をしかめるみのりに、ドレイクは申し訳なさそうに耳を垂らす。




「いいの。ドレイクがくれるなら痛みだっていい。」




みのりは涙をぽろりとこぼす。ドレイクはその涙を舌で掬い取った。みのりの様子に注意しながら、ドレイクはゆったりした動きで、抽送を始める。




「は、はぁ、あ」




みのりの息が漏れる。ドレイクも時折、は、と気持ちよさそうに息を吐いた。抽送が早くなる。痛みが、快感に変わる。ぐっとナカをえぐるように押し込められる。




「あっ!・・・ああ・・・!」


「くっ!」




みのりが声を上げると、ドレイクが達した。














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宴の翌日の午後。


王宮の賓客室の一角でみのりとドレイクは、優雅にお茶していた。皇子と巫女姫であるユエシャは政務が目白押しらしく、今日は2人でゆっくり出来る。




「そういえば、結婚するって言っても、何か特別なことをするの?」


「神官の前で誓約をする。あとは、揃いの腕輪を付ける。」


「そっか、腕輪いいね」




結婚指輪にほのかな憧れを抱いていたみのりは、腕輪に反応した。




「では、帝都の神殿に誓約に行こう。その後、街で腕輪を探すのもいい。」




嬉しい、とみのりは手を叩いて喜んだ。


みのりとドレイクは、王宮を辞した後、どこに行こうと話に花を咲かせた。




しかし、希望通りには人生なかなかいかないものだ。


この後すぐに、みのりとドレイクはそれを思い知ることになる。

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