第二章

第1話 手荒な歓待※

船は無事、港に到着した。


ここは帝国の小さな港町、フェアンハーフト。規模こそ控えめだが、船の入港を祝うように街は活気づいていた。




カイエンとは、船上で別れた。


彼はこのあと北の大港を経由し、再びアルカトラへ戻るという。別れはあっけないものだった。作業の手を止めることもなく、「じゃあな」と一言。船旅が退屈でなかったのは、間違いなく彼のおかげだった。みのりは笑顔で「ありがとう」と礼を言った。




港に降り立った瞬間、みのりはある違和感に気づいた。




精霊の気配が、薄い——。




ドレイクにそれを伝えようとしたそのとき、「カシャン」と金属音が響いた。軍勢を率いた鎧兜の人物がこちらへ向かってくる。緊張感を察知し、みのりもドレイクも即座に武器に手を伸ばした。




「失礼、アルカトラの第一王子ドレイク殿とお見受けする。」




澄んだ声が鎧の中から響く。女だ。しかも若い。そしてドレイクの素性を知っている。




なぜ——?みのりは脳内で警鐘を鳴らした。




「私はバルトワルト帝国第一近衛部隊、ミレティア・アシュラン。我らと共に来ていただきたい。」


「人違いだ。」




ドレイクの言葉を、ミレティアは嘲るように笑い飛ばす。




「高貴なお方からのご招待です。」


「断る、と言ったら?」


「貴殿に断る権利などない」




その言葉を合図に、背後の騎士たちが一斉に剣を抜いた。


みのりはドレイクと目を合わせる。「戦う?」と視線で問いかけると、彼は静かに首を横に振る。町の人々を巻き込みたくない——その優しさが、彼の選択だった。




「仕方がない。お招きに応じよう。」




ドレイクが歩み出たことで騎士たちの剣が収まり、緊迫はひとまず解かれた。しかし、この先に待つものが何か、みのりの胸はざわめいた。






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みのりとドレイクは、軍旗を掲げたスプール船へと乗せられた。


海風を受け、船は滑るように海面を進む。「こんな形で乗ることになるなんて……」みのりはドレイクを見上げ、ぽつりと呟いた。




「どこに向かうのかな?」


「おそらく、リューデンヴァルクだろう。」


「カイエンたちが次に寄るって言ってた港?」


「ああ。」




それなら、あのまま船に乗っていれば捕まらずに済んだのでは——とみのりが考えたとたん、ドレイクが付け加えた。




「だとしても、次の港でも待ち伏せされていただろう。」


「えっ……まさか、アルカトラの追っ手?」


「いや。あの騎士たちから殺気は感じなかった。」




ホッと息をつくみのりに、ドレイクはさらに続けた。




「どうやら、“竜の巫女姫”の予言が発端のようだ。予言といっても、かなり大雑把なものらしい。あの騎士たちは、もう一ヶ月もフェアンハーフトに詰めていたそうだ。」




みのりは思わず身震いした。「巫女姫の予言」——その得体の知れない響きが、不安を掻き立てた。




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港に着くと、2人は古びた木造の屋敷へと案内された。


外観は蔦に覆われて薄暗く、不気味な印象を与えるが、中は意外にも清潔で整っていた。贅沢な調度品が飾られ、埃ひとつない。




「こちらで着替えを。」




騎士の一人がドレイクを一室へ導く。みのりも入ろうとしたが、扉前の兵士が槍で阻んだ。




「お付きの方は、こちらでお待ちを。」




すると、ドレイクが彼の槍を自身のサーベルで払った。




「この子も一緒に連れていく。叶わぬなら、帰らせてもらおう。」




ミレティアの騎士たちがざわつくが——




「下がれ!」




ミレティアの一喝で場が静まり返る。




「部下が無礼を致しました。そちらもご一緒に。」




ただし、とミレティアは続ける。




「着替えはしていただきます。必要なものはこちらで用意します。」




“もの”には、当然のようにメイドも含まれていた。無表情な彼女たちを見て、みのりは「なんか嫌な感じ!」と内心で憤る。




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着替えを済ませると、みのりはドレイクのもとへ通された。ドレイクはソファに足を組んで腰かけている。まるで、本物の王子のよう。




「ドレイク、かっこいい……」




思わず小声で漏らしたみのりの言葉に、ドレイクは微笑んだ。




そこへ現れたのは、堂々とした雰囲気を纏った一人の男と、面を上げた女騎士——ミレティアだ。金の髪、紫水晶の瞳。まるで妖精のような容貌に、みのりは見惚れてしまう。


一方で、男は凡庸な容姿だった。ミレティアと正反対に、よくある茶髪に榛はしばみ色の目をしている。一見すると、ミレティアの方が高貴に見える。しかし、その声と態度には確かな支配力があった。




「ドレイク殿、お会いするのは初めてではないな。」


「帝国の第一皇子が、私のような者に何の御用でしょうか?」




王子が握手のため、手を差し出す。ドレイクはその手を取らず、冷ややかな声で言った。




「ははっ!相変わらず手厳しい。」




ミレティアが、不敬な、と剣の柄に手をかける。皇子はそれを制した。




「立ったままでは何だ。茶を用意しよう。一杯どうだ?」




皇子の声で、メイドが数名入ってくる。瞬く間に部屋の中央にあるテーブルに次々と茶器が準備された。皇子は王子様らしい尊大さで、優雅に席に着く。そして、ドレイクとみのりに席を進めた。茶を飲むしぐさ一つ取っても、気品が感じられた。




「用件を聞きましょう。」


「その前に。ドレイク殿はどのような用件で我が国へ?」




ご存じでしょうが、とドレイクは答える。




「私は国を追われた身です。すでに王位継承権は第二王子に。」


「ああ。数年前だったか、弟君が立太子したのだったね。」




皇子は相槌を打った。




「しかし、君もまだ王族だろう?」


「王都を出た時、身分は捨てました。今は一市民の身です。見分を広める為に旅をしているだけです。」


「ふうん?」




皇子は信じていないような顔をする。




「まあ、良い。貴殿にはこのまま我が邸へ滞在頂こう。」


「理由をお聞きしたい。」


「この国の神竜の話は知っているか?」




話は、こうだった。


神竜を讃える儀式が数十年に一度行われる。その大役を担うのは、第一皇子。その時期に、「隣国から王子が現れる」という神託があったという。


皇子は考えた——これこそ、儀式の行方を左右する“鍵”なのではないか、と。




つまり、ドレイクは他国の王家の争いに巻き込まれたのだった。




「私たち、何の関係もないのに……」




みのりの視線に気づいたかのように、皇子が尋ねる。




「この者は?」


「連れ合いです。」




ドレイクの答えに、皇子はじろじろとみのりを見て鼻を鳴らした。




「……継承権を放棄したのは本当のようだな。」




その一言に、ドレイクの怒気がわずかに漏れる。みのりはそれに気づかぬまま、ただ皇子の無礼さにいら立った。




「お暇させていただく。その儀式とやらには、関与しません。ご不安なら、国を出ましょう。」




ドレイクが席を立とうとした瞬間、兵士たちが周囲を囲んだ。




「ドレイク殿。残念ながら、そういうわけには行かないのだ。」




皇子は眉を顰めると、部屋を後にする。振り返りもせず、ミレティアに命じた。




「客人として、もてなせ。」




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案内されたのは、鉄格子のついた「貴賓室」だった。


重々しい扉の外には、監視の兵士。そこに現れたミレティアが告げる。




「儀式が終わるまで、こちらでお過ごしください。」




ドレイクを一瞥し、続ける。




「危害は加えないと、約束いたします。」


「儀式は、いつだ?」


「申し訳ありません。それは機密事項です。」




以前と比べ、ミレティアの態度には敬意がにじんでいた。皇子の命令ゆえか。だが、それでもみのりへの軽視には不満が残る。若い女同士なのに、なぜ。






ミレティアが出ていき、扉は重く閉ざされた。


みのりは室内を見渡し、深く息を吐く。




「大変なことに巻き込まれちゃったね。」


「……すまん。俺の判断ミスだ。」




ドレイクが謝る。みのりは即座に首を振った。




「そんなことないよ。むしろ、今は少し休んでもいいかも。」




旅に終わりはない。なら、たまには立ち止まってもいい。




「そのドレス、似合っている。」




ドレイクが不意に、優しい声でそう言った。みのりの髪に触れながら微笑む。




「ド、ドレイクも……かっこいい。」




エンパイアドレスに身を包んだみのり。騎士服のような濃紺の衣を纏ったドレイク。ふたりは敵地で静かに向かい合い、束の間の平穏を受け入れた。




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その日の夜、みのりは部屋の長椅子の上で、毛布を抱え抵抗していた。




「私はこっちのソファで十分だもん。ドレイクがベッドで寝て!」




部屋には大きな天蓋付のベッドと長椅子が1つ、食事用のテーブルと椅子がセットで置かれていた。




「船では、ずっと一緒に寝ていただろう?」




今更なぜ?とドレイクは訝った。それはみのりも思った。でも大きなベッドはなんか違う。恥ずかしい。何かが起こりそうで、気持ちが追い付かない。




「いいの!こっちで寝る!」


「みのり。」




ドレイクは耳を垂らして、しょぼんと寂しそうにする。みのりはさすがに学習している。これがドレイクの手だ。ドレイクがしょんぼりすると、みのりはすぐに飛んでいく。そして寂しくないよと抱きしめる。最近では、その後、なし崩しで“練習”が始まるのだ。“練習”のレベルが上がるごとに、みのりは逃げるようになった。みのりが逃げるのを防ぐため、ドレイクはよくこの手を使う。ちょっとずるい。




「ううー。」




みのりはフリだと分かっていても、この状態のドレイクに弱い。だって甘やかしてあげたくなってしまう。どうしよう、と逡巡していると、毛布ごと抱えられる。




「きゃっ!」




みのりは思わずドレイクの首に手をまわした。


ドレイクはいたずらっ子のように笑っている。惚れた弱みだ、イタズラッコノドレイクカワイイ。




結局、2人でベッドに座り込む。じゃれ合っている場合ではないのだが、ずっと緊張して疲弊するのも、業腹だ。こうなったら思いっきりニートライフを楽しんでやる。




みのりは、ぼふん、と勢いよくベッドに寝転んだ。


ドレイクがみのりを覗き込む。みのりは、ドレイクの首へと手を伸ばした。みのりの許しがでた、と判断したドレイクは一気に色気を帯びた。熱を帯びた目でみのりを見つめる。みのりの目尻のちかくに、ちゅ、とキスを落とす。




そのまま、ドレイクはみのりの頬、首筋、鎖骨にキスを落とす。


そして、みのりの太ももを掴んで、持ち上げると、そこにもキスを落とす。




いつもの旅装はパンツのため、気を付けていなかった。いま足を掴まれたら、大事なところが見えてしまう。みのりは、慌てて起き上がる。ドレイクが太ももを掴んだままなので、完全に起き上がることが出来なかった。しかたなく上半身だけ起こし、急いで、捲れ上がったドレスの裾で隠した。




みのりはドレイクを睨む。ドレイクはみのりの睨みなど気にした風もなく、流し目で薄く笑って、また太ももに口づけ始める。太ももから、膝、ふくらはぎ、最後はあしの指先まで、時おり、舌で舐め、肉を食み、口づけを繰り返す。


みのりが、汚いよぉ・・・と小さく抗議する。




「そんなことはない。いい匂いがする。」




すん、と足のふくらはぎ辺りの匂いをかがれる。ひぇ、とみのりは声を上げる。


ふくらはぎまでは我慢できるが、膝まで上がってくるとくすぐったくて、みのりは身を固くした。ドレイクはみのりの反応を確かめるように、足のあらゆる場所を、角度を変えて触れる。




足の指の間を舐められ、ぴょえ、と変な声を出す。一番危ない場所から遠いはずなのに、お腹がずくん、としてみのりは震えた。




なんで、どうしてそんな場所が感じるの。




ドレイクの愛撫は止まらず、足指からゆっくりと上に上がってくる。


膝に到達するころにはみのりは息も絶え絶えだった。ドレイクの色気が増した。吐息が太腿の内側にかかり、軽く歯型を付けられる。




「んっ・・・!」




思わずみのりが声を上げる。


ずいぶん前から下着が湿っている。ドレイクが下着の境目まで舌を這わせたところで、




「げ、限界!もう無理!!今日はこれで終わり!」




おしまい!と、みのりは足をバタバタさせて抵抗した。




「仕方ない。このような場所でこれ以上するわけにもいくまい。今日の所は諦めよう。」




ドレイクは名残惜しそうに、みのりの足を開放した。


軟禁された状態じゃなかったら、どうなっていたの。とみのりはばくばくと五月蠅い心臓を押さえた。

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