第9話 再会と旅立ち
みのりは、王都の街を走った。
王都は三年ぶりの祭りに湧いていた。第二王子の立太子三周年を祝う華やかな祭り。街中には花が飾られ、無数の出店が並ぶ。人々は浮かれ気分で歩き回り、笑い声がそこかしこに響いていた。
「すみません、急いでるの!通して!」
ローブを翻しながら、みのりは人々の間を縫って先を急いだ。
家にたどり着くと、庭には一頭のラクダがいた。
「ガーガー」
撫でろと言わんばかりに鳴くラクダに「ごめんね」と小声で詫び、玄関へと駆け寄る。
そこにいたのは、三年ぶりに見る懐かしい灰色の獣人──ドレイクだった。
「ドレイク!!」
みのりは迷いなく彼に飛びついた。ドレイクも、嬉しそうにみのりを抱きとめる。
「大きくなったな、みのり。元気だったか?」
背の高さこそ変わらないが、勝ち気な瞳に魔法使いのローブ。かつての寄る辺なさは消え、堂々たる姿がそこにあった。
「元気だよ!ドレイクは?ここにはどのくらい居られるの?」
ドレイクは、祭りの終わる三日間だけだと答える。祭りの間の、王都の警備が緩む期間だけが猶予だった。
「嬉しいっ!中に入って、話を聞かせて」
ドレイクが家に入ると、みのりは手早くお茶の準備を始めた。 火を魔法で点け、精霊にマーリンを呼びに行かせる。
三年ぶりの再会に、ドレイクの目は眩しそうに細められる。
マーリンが現れると、彼とドレイクは旧交を温めた。みのりの入れた「スペシャルブレンド」のお茶に、ドレイクの尻尾が嬉しそうに揺れる。
「王都の情勢はどうだ」
ドレイクの問いに、マーリンが答える。
「治安は安定しています。現陛下の治世は良好ですが……次代は不透明ですな」
そして、会話はみのりの話題になる。
「人間初の魔法使いです。魔力量も非常に豊富。すでに弟子も十人抱えています」
マーリンの熱心な売り込みに、みのりが痺れを切らす。
「ドレイク、私、役に立つわ!連れて行って!」
奴隷の時のみのりとは思えない発言に驚いてドレイクはお茶を吹き出す。マーリンはしれっと結界を作りそれを避ける。驚きすぎでは?と思ったみのりだったが、怯まず続けた。
「体力も魔法もついたし、魔物相手にも負けないよ!」
ドレイクは困惑しつつも、あまりのみのりの勢いと変わりように、最後には「試してみるか」と提案した。
みのりとドレイクは庭の中央に向かい合った。
夕暮れの光が二人を照らし、結界が張られた空間だけが静まり返る。
「いくよ、ドレイク!」
みのりが放った火球は、轟音と共に一直線に走った。ドレイクは大剣で受け流し、火花が散る。続けざまに放たれた追尾弾を、彼は俊敏な身のこなしで躱す。
「三年でここまでとは……!」
「まだまだ、これから!」
みのりは印を切り、地面から土の鎖を伸ばす。だがドレイクは豪腕で引きちぎり、逆に一気に間合いを詰めてきた。獣人特有の速さに、みのりの背筋が震える。
反射的に防御結界を張ると、剣撃がぶつかり合い、光と衝撃が庭を包んだ。
「すごい……これが本気のドレイク」
感心しながらも思考は止めない。みのりの掌に光が集まり、さらに大きな魔法陣が展開されていった──光の魔法陣から迸った閃光が、夜を裂くように庭を照らす。
ドレイクは咄嗟に大剣を盾のように構え、衝撃をまともに受け止める。結界が震え、地面に深い爪痕のような亀裂が走った。
「……ふぅ。ここまで制御できるとは、大したものだな」
息を荒げながらも、彼の声音は冷静だった。攻撃を褒めながらも、瞳は戦士らしく鋭く、力の裏に潜む危うさを見逃してはいない。
「どう?私、もう子どもじゃないよ!」
みのりの声は高揚に震えていた。だがドレイクは剣を地面に突き立て、しばし沈黙する。やがて低く、確かな声が返ってきた。
「確かに強くなった。だが――強さは刃の片面に過ぎない。守るべきものを見誤れば、その力は容易く人を傷つける」
真剣な眼差しに、みのりの心臓が強く打つ。彼の言葉は厳しいが、そこには深い慈しみがあった。
「みのり。お前の覚悟は伝わった。だが俺が共に歩むと決めるなら……命を懸ける責任を、互いに背負うことになる」
「……それでも、一緒にいたい」
庭に静寂が戻る。ドレイクは短く息を吐き、ようやく口元に柔らかな笑みを浮かべた。
「ならば――俺も覚悟を決めねばならんな」
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その後の準備は早かった。
みのりはマーリンに後のことを頼み、弟子たちに精霊を通じて手紙を送り、旅支度を整える。
出発当日、商店街でリュックと水筒、薬草などを購入。 ドレイクが支払おうとするたび、みのりは「自分のものは自分で買う」と押し返す。
「デート、みたい」
みのりは思わずそんな気持ちになる。ドレイクもまた、彼女の変化を頼もしげに見つめていた。帰宅すると、弟子の一人アルノルトが訪ねてきた。12,3歳の生意気そうな少年はみのりを見るなり、感情を爆発させた。
「みのり!魔法の先生、辞めるってどういうこと!?」
「ごめんね、アルノルト。でも、私は旅に出るの」
「いやだ!俺、まだ全然教えてもらってない!もっと強くなりたいのに、みのりがいなきゃダメだ!」
アルノルトは腕を組み、地団駄を踏む。目には涙がにじみ、声が裏返っていた。
「なら……俺もついていく!弟子なんだから当たり前だろ!」
「それは駄目。危険すぎるから」
「そんなの知ってるよ!でも……俺、ひとりで待つなんて嫌だ!」
子どもらしいわがままに、みのりは胸が締めつけられる。けれども、彼の小さな拳を両手で包み込むようにして、静かに首を振った。
「アルノルト。私はいつかここを出て行く、最初にそう言っておいたはずよ。」
「……っ!」
少年は悔しそうに唇を噛み、最後には涙を拭って背を向けた。
「みのりのバカ!!」
少年は怒って飛び出す。みのりは謝りながらも、心を決める。
「ごめんね、私はドレイクを選ぶ」
つぶやいた言葉は誰にも届かず、空気に消えた。
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出立の朝、王都はまだ眠りの余韻を残していた。石畳の道には昨夜の祭りの名残が散らばり、紙の飾りや花びらが風に吹かれて舞っている。
三年過ごした街は、どこを見ても思い出が染み込んでいた。初めてマーリンの屋敷に足を踏み入れた日、弟子たちと過ごした日々、書物に埋もれて夜更けまで勉強したこと。失敗して爆発を起こし、皆で笑い転げたこと。
そのすべてが石畳の間に刻まれたように感じられ、胸がきゅうと締めつけられる。
(もう、ここは私の「帰る場所」になってしまったんだな……)
旅立ちの決意は固いはずなのに、足が自然と門の前で止まる。
そんなみのりを待っていたのは、弟子のアルノルトだった。まだ背丈はみのりの肩にも届かないが、顔つきには少しずつ大人の輪郭が出てきている。
「これ、ラトーナが作れって……みんなで焼いたクッキーだ」
差し出された布包みからは、甘い香りがふんわり漂う。焼き加減が不揃いで、焦げたものや形が崩れたものも混じっている。それがかえって愛おしくて、みのりは思わず笑顔になった。
「ありがとう。みんなによろしく伝えてね」
アルノルトは視線を逸らし、耳まで赤くしながらぶっきらぼうに言う。
「……べ、別に、俺は作ってないからな。ラトーナが無理やり……」
「ふふ、そうなの?」
「っ……ち、違う!俺だって少しは混ぜたりしたんだ!でも、あんたが喜ぶかどうかなんて、俺は……」
最後まで言い切れず、唇を噛みしめる。その不器用な態度に、みのりは胸が温かくなる。
この三年間、彼は一番の問題児であり、誰よりも真っ直ぐで純粋な弟子だった。言葉では反発ばかりでも、誰よりも真剣に魔法に向き合い、努力を惜しまない姿を、みのりはずっと見てきた。
「アルノルト」
名前を呼ぶと、少年はびくりと肩を震わせる。
「きっとあなたは強くなる。今だって組手じゃ私より強いもん。」
「な……!」
出会った頃、10歳になる前のひ弱な子供はいつの間にか
みのりよりも力が強くなっていた。素手での組手はずいぶん前から勝てていない。
驚きと照れが入り混じった表情を隠すように、アルノルトはそっぽを向いた。
「勝手なこと言うな。俺はまだ全然だし……それに、あんたがいなくなったら、誰に魔法教えてもらえばいいんだよ」
その声は小さく、かすかに震えていた。素直に「寂しい」と言えないのが、少年らしい意地っ張りさでもあり、愛らしくもある。
みのりはしゃがみ込み、アルノルトの髪を撫でた。三年前、初めて会った時はまだ幼さが強かったのに、今は髪質も少し硬くなり、背も伸びてきている。
「アルノルト。魔法書読み込みなよ」
「……そんな簡単に言うなよ」
「簡単じゃないけど、アルノルトにならできるって!たまにマーリン先生に教えてもらってもいいし」
「あの人、怖いんだよ…」
「優…まぁ…スパルタではあるね…」
みのりは優しいじゃんと言おうとして、
今までの魔法の師としてのマーリンを思い出し、みごとな手のひら返しをして笑った。
目尻に涙をにじませながらも、アルノルトは必死にそれを拭い、強がった笑みを浮かべた。
「帰ってきたら……俺、あんたに負けないくらいの魔法を見せてやるから!」
「楽しみにしてる」
みのりは立ち上がり、門の外へと歩き出す。
振り返るたび、アルノルトはそこにいた。拳を握りしめ、涙を拭いながら、ずっと見送ってくれていた。
その姿が遠ざかるたびに、みのりの胸にこみ上げるものは増していく。だが同時に、あの少年がこの街で待っていてくれるのだと思えば、前に進む勇気も湧いてくる。
王都の塔の鐘が鳴り、空に白い鳩が飛び立つ。
みのりは最後に深く息を吸い込み、振り返らずに歩みを進めた。
彼女の旅立ちを告げる足音が、石畳にしっかりと刻まれていった。
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三度目の砂漠の旅は、あっけないほど早く終わった。
たどり着いたのは、港街ドゥーラン=マジフ――通称ドゥーラン。王都を出発して、わずか二日で到着してしまったのだ。ドレイクが「砂漠の装備はいらない」と言ったのも納得できる。二日目の昼、賑わいに満ちた港には、人々がひしめき、見慣れない魚や果物を並べた店が立ち並んでいた。
「船を探そう」
「航海に出るの?行き先はどこ?」
隣国とだけ聞いていたが、具体的な国名は知らなかった。ドレイクが答える。
「バルトワルト帝国だ」
バルトワルト帝国――初代王バルトワルトが建てた、人間の国。魔法史で習ったことがある。世界地図はまだ存在せず、詳細な地図は軍事機密のため高価で、限られた者しか持てない。みのりは勉強のために、マーリンの地図を見せてもらったが、白紙の部分が多く、この国が世界のどれほどを占めているのかは分からなかった。ただ、地図上のバルトワルト帝国は、隣国と比べて二倍、三倍もの広さを誇っていた。
そんな人間の大国に向かうのだから、みのりの胸は高鳴る。
港には、小型のスプール船や、巨大なガレオン船が停泊していた。スプール船はアルカトラのもの、大型のものはバルトワルト帝国の所有らしい。みのりは思わず見上げる。「さすが帝国、スケールが違う」と感心した。
実はガレオン船は見た目に反して遅いのだが、みのりは大きければ性能も優れていると信じていた。
いくつものガレオン船の中から、近日中に帝国に向かう便を見つけることができた。出航は一週間後。ドレイクとみのりは予約を済ませ、前金を支払った。
「どのくらいかかるの?」
「一ヶ月ほどらしい」
みのりは、初めての船旅に胸を躍らせた。けれど、別れもあった。一緒に旅してきたラクダは、船に乗せられないため手放すしかない。みのりは「マーリンのところに預けよう」と食い下がったが、ドレイクは寂しげに首を振った。せめて良い引き取り手をと、みのりは半日かけて商人と粘り強く交渉した。
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宿の部屋には、波の音が届く。
窓にガラスはなく、刺繍入りの布がかけられている。みのりはそれをめくり、窓辺に腰掛けて海を見つめた。ラクダとの別れが思いのほかこたえていた。海を眺めると、心が少しだけ癒される。
「帝国って、どんなところなんだろう」
ぽつりと漏らした言葉に、意外にも応えが返ってきた。
「豊かな国らしい。さすがに、王妃の追っ手もそこまでは来ないだろう」
驚いて振り返ると、ドレイクが食事を持って入ってきたところだった。「追っ手」という言葉に、みのりの眉が寄る。まさか、ドレイクは今も追われているのか?
「三年間、どこにいたの?」
「砂漠だ。商隊の護衛をしていた」
ベッドに座ったみのりは、焼き立てのパンと魚介のスープを受け取る。魚だ!と思わず目を輝かせる。実はずっと不満だったのだ。アルカトラには魚料理がなかったから。
「ずっと?アルカトラ国内で?」
「どうかな。砂漠に国境なんてないしな。まあ、国外には出てないと思う」
ドレイクの過ごした日々は、なんだか味気なかったように思えた。趣味らしい趣味もなく、ただ静かに生きている――そんな人だった。
「あ!これおいしい!ドレイクも食べてみて!」
「確かにうまいな。みのり、もっと食べるか」
ドレイクはスープの中の魚をみのりに分けた。みのりの様子にホッと胸を撫で下ろす。みのりの口に合うか心配だったのだ。これなら、帝国でも食の問題はなさそうだ。
「そういえば、三年間……みのりはどんなふうに過ごしてた?」
ようやく彼から向けられた問いに、みのりはスープをすすりながら笑った。
「いろんなことをやってみたよ。薬草の調合も、言語学も、魔道具作りも。それから、弟子を持つのも初めてだったし。失敗だらけだったけど、楽しかった」
「弟子、か」
「うん。みんな個性的でね。特にアルノルトなんてガキ大将って感じで反抗ばっかり。でも、本当は一番頑張り屋なの」
言葉を重ねるたび、みのりの声が少し誇らしげになる。かつて奴隷だった頃は、大人しく周りの顔色ばかりうかがい、自分の感情を出すことすらできなかった。食事だって、出されたものを小鳥のように少しつつくだけ。
けれど今は違う。王都で仲間ができ、支えてくれる人がいて、自分を必要としてくれる弟子がいる。自然と表情も豊かになり、食べ物も「おいしい!」と声を出して笑えるようになった。
「……あの頃の私しか、きっとドレイクは知らないよね」
「奴隷の頃のことか」
「うん。あの頃はね、食欲もあまりなくて。小さくなってる方が怒られない気がしてたから。でも今はなんでも食べるし、食べたいって思う。あのときと今とじゃ、別人みたい」
ドレイクは黙ってパンをちぎり、彼女の皿に置いた。
「いいことだ。ちゃんと食べられるなら、それでいい」
「ドレイクは?三年も砂漠で何してたの?趣味とか、新しい友達とかできた?」
問いかけると、彼はわずかに肩をすくめた。
「特にないな。人と深入りすれば、余計なものまで背負う。護衛の仕事があれば十分だ」
「……相変わらずね」
「俺はそういう性分だ」
その淡々とした答えに、みのりは少し寂しさを覚える。けれど同時に、それが彼らしいと安心もする。彼は変わらない。自分は変わったけれど、変わらない彼がそばにいてくれることが、何より心強かった。
波の音が二人の間を満たす。
みのりはスープの最後の一口を飲み干し、深く息をついた。
「三年って、長いね。私、すごく変わったよ」
「ああ、みのりはよく頑張ったな」
ドレイクの視線は静かに彼女を見つめ、かすかに口角が上がった。
頑張った、そう言ってもらえたことで背中を押された気がして
みのりは、切り出そうか迷っていた話をする決意をした。
三年前、告白したものの、取り合ってもらえなかった。あの時は、自分が足手まといだと気づいて身を引いた。でも、今は違う。もう対等だ。できればドレイクから告白されたいけれど、そんな奇跡は期待できない。自分から動いた方がいいに決まっている。
みのりは、魔法の勉強を通してすっかり理論派になっていた。魔法使いは感情よりも理性を重んじる。どんな偉大な相手にも、納得できなければ堂々と異を唱えた。その姿勢は、マーリンにも評価された。ドレイクもまんざらではないはず…三年経っても再会し、一緒に旅をしてくれるのだから。
ただ、みのりは恋愛経験ゼロの理系女子である。大人っぽい告白なんて無理だ。だったら、自分らしく真っすぐに行こう。何度も「好き」と言い続ければ、ドレイクも根負けしてくれる――そういう打算もあった。
夕食後、みのりはドレイクを誘う。
「ドレイク、海が見たい。散歩しよう?」
日は沈みかけているが、まだ明るい。海岸線を少し歩くくらいならきっと大丈夫。
「ああ、少しだけならな」
やった!みのりは心の中でガッツポーズ……というか、実際にしていた。
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夕日の残光が海岸線を照らす中、人の気配はなく、静かな時間が流れる。波音にカモメの鳴き声。潮風は砂漠の熱風よりずっと優しかった。二人は少し距離を置いて歩いていた。ドレイクが後ろからついてくる。
「ドレイク、私、あなたが好き。三年経っても、一人で立てるようになっても、やっぱり好き」
みのりは振り返り、真っ直ぐに告げた。声も少し大きめに。
「俺も、みのりが好きだ。リベルタにいた頃からずっと」
「ほ、ほぇっっっ!?!?!?!?」
驚きのあまり、みのりから変な声が漏れた。まさか、こんなにもあっさり言われるなんて!ドレイクはきょとんとしているが、みのりのほうがパニックだ。
「嘘でしょ!?夢!?夢だよね!?」
「嘘じゃない。夢でもない」
そう言って、ドレイクは一歩で距離を詰めてくる。顔が近い!鼻が近い!みのりは思わず仰け反るが、ドレイクはそのまま鼻先をくっつけてくる。なんだこれ、猫の挨拶!?鼻ってこんなに熱いんだ……と現実逃避。
甘い空気にくらくらしながら、みのりは息を止めていた。限界が来て、ぷはっと息を吸い込むと、ドレイクがふっと笑った気がした。
「みのり、あの時はすまなかった」
「あの時って、どの時……?」
念のため確認してみる。
「洞窟で、みのりの体を舐めた時……」
「わーっ!それ以上言わないで!!」
慌ててドレイクの口をふさぐ。予想通りの「あの時」だった。心の準備がまだ出来ていない。でも、ドレイクはちゃんと待ってくれる。みのりは深呼吸して、周囲を確認し、小さくうなずいた。
「……どうぞ」
ドレイクは、真っ赤なみのりを見つめながら語る。
「あの時、花狂いだと言っただろう。みのりの血の匂いで理性が飛んでしまった。さぞかし怖かっただろう」
「……怖くなかった。むしろ、両想いだと思ったから」
「それは……勘違いじゃない。ずっと好きだった。離れる前に、どうしても……」
ドレイクの顔が苦しげに歪む。
「いいよ。だって今は本当に両想いでしょ?これからはずっと一緒でしょ?」
みのりがそう言って抱きつくと、ドレイクは片手で彼女を軽々と抱き上げた。
「ひゃっ!」
驚いたみのりがドレイクの首にしがみつくと、彼はくくっと笑いながらも、真剣な表情で言った。
「みのり、愛している」
ドレイクの熱のこもった視線に、みのりは耐えられず、そっと目を閉じた。
その瞬間、ドレイクは優しいキスを幾度も落とした。みのりを抱いたまま、長い間離れようとはしなかった。そして夜が完全に訪れた頃、二人は手をつないで宿へ戻った。
――その帰り道の記憶は、残念ながらあまり残っていない。
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