第8話 魔法使いの弟子
朝の光が石畳に差し込み、王都の一角にあるマーリンの屋敷にも穏やかな一日が訪れた。
高い尖塔を備えた屋敷の窓は朝日を反射し、金色にきらめいている。小鳥たちのさえずりが遠くから聞こえ、王都の活気ある目覚めがゆるやかに広がっていくようだった。
みのりは早く目を覚まし、眠気を引きずることなく着替えを済ませると、廊下に漂う香ばしい匂いに誘われて台所へ向かった。すでにマーリンは湯気の立つスープと、焼きたてのパンを用意していた。背筋の伸びた姿勢で、古びた杖を傍らに立てかけながら調理器具を片付けている。
「おはようございます、マーリン様」
「おはよう、みのり。今日から早速、始めましょう」
みのりは椅子に腰掛け、差し出されたスープを一口啜る。舌に広がる温かさが体の隅々に染みわたり、胸の奥に小さな決意の灯をともした。
(うん、ドレイクが居なくてもちゃんとご飯が美味しい。
私は大丈夫――ちゃんとやれる)
今日から彼女は、偉大な魔法使い・マーリンの弟子として、新たな道を歩み出すのだ。
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午前中は魔法理論の講義だった。
「この世界には四大属性というものがあります。火・水・風・土。それらに光と闇を加えた六属性が、基本です。だが、“言語魔法”や“転移魔法”など、分類不能な術もあります。」
みのりは懸命にノートを取りながらも、時折ぼんやりと空を見つめてしまう。頭に浮かぶのは、やはりドレイクのことだった。
マーリンはそれを察したのか、わざとらしく咳払いした。
「みのり。心ここにあらずでは、魔力が暴走しますよ。」
「す、すみません!」
「ま、無理もないでしょう。人の心が癒えるには時間がかかります」
その言葉に少し救われた気がして、みのりは小さく笑った。
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午後もひたすら座学の時間だった。
歴史、幾何、生物、薬学、言語などなど。みのりの目は死んだ魚ようだった。
「先生、実技はないのでしょうか?」
「見習いの間は実技などありません。その内、魔道具工房に行って魔力の抽出を練習してもらいます。魔法の実技はそれが終わってから、です。」
それは一体いつになるのだろう。みのりは机の上でうなだれてしまう。
「ドレイク様に会いたいのでしょう。頑張りなさい。」
「は、はい!」
その名を呼ばれただけで、折れかけていた心が再び持ち直す。マーリンはどこまで見抜いているのか分からないが、彼女の小さな想いを力に変える方法を心得ているのだろう。
(強くなる。今度は私が、ドレイクを守れるように)
自らに言い聞かせるように、ノートを握る手に力を込めた。
その夜、みのりは自室のベッドで空を仰いだ。王都の夜は静かで、遠くに鐘の音が響く。窓辺のカーテンが風に揺れ、月の光が白く床を照らしている。
(ドレイク、私はここで頑張るよ。次に会う時、胸を張って言えるように)
指先で胸元を握りしめる。その下には、ドレイクから託された小さなペンダントが光っていた。冷たい金属の感触は、彼が確かに存在する証のようで、涙をこらえる支えにもなった。
外の風が木々をざわめかせ、屋敷の古い壁を優しく撫でる。みのりは深く息を吸い込み、瞼を閉じた。心臓の鼓動がゆっくりと落ち着いていく。
明日はまた新しい学びが待っている。険しい道のりの始まりだとしても、確かに一歩を踏み出したのだ。その事実が、彼女の胸を少しだけ温めた。
風が窓辺のカーテンを揺らす中、みのりはそっと目を閉じた。静寂に包まれた屋敷の中で、彼女の小さな誓いだけが確かに息づいていた。
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