第4話 屋根の下の秘密
あの日の騒動から一夜明け、みのりは溜まった洗濯物を前に途方に暮れていた。
午前中に洗濯に行くと、近くの洗濯場の水が枯れてしまっていた。
あの騒動といい、少しずつ平穏な生活が浸食されている気がしてならない。
「ドレイク様……この洗濯物、どうしましょう。洗濯場は使えませんし……」
ドレイクは腕を組み、深くうなずいた。
「当分、外には出ない方がいい。嫌な予感がする」
「パン屋と洗濯場以外は出ていません。洗濯だけ…どこか他の洗濯場に行ってきます。」
みのりの困ったような訴えに、ドレイクは少し考えてから言った。
「だったら、家の中で洗濯をすれば良い。干す場所は、ある」
そう言って、ドレイクはみのりを自室へと案内した。
普段は掃除のときくらいしか入らないその部屋に、一緒に入るのは初めてだ。 ドレイクは壁の一角の棚を引っ張ると、棚がぐぐっと動いて梯子に変形した。
「この上に、窓がある。そこから出る」
みのりはきょとんとしつつも梯子を登り、ドレイクに続いて屋根の上へと顔を出した。
「屋根……ですか?」
「いや、こっちだ」
ドレイクは屋根を伝って、ひょいと姿を消した。 みのりが恐る恐る近づいて覗き込むと、屋根の途中に小さなバルコニーがあった。
「下りられそうか?」
「う、うーん……」
みのりが尻込みしていると、ドレイクが戻ってきて、ためらいなく彼女を軽々と抱き上げてバルコニーへと下ろした。
「高かった……」
まだ震える足をさすりながら、みのりは空を見上げた。風が心地よく吹き、ここだけ別世界のようだった。
「ここに干せる。ワイヤーも張れるし、陽当たりもいい」
ドレイクは銀色の細いワイヤーを柱にかけて見せた。みのりは頷く。 バルコニーの壁には小さな窓がついていて、覗くと下にはキッチンがあった。
「ここから出入りできれば便利ですね」
「窓、小さくないか?」
「大丈夫です、私なら通れます」
みのりは上半身を窓に入れて見せた。ドレイクはその姿に驚いたように毛を逆立てた。
「お、おい、落ちるなよ……」
みのりは笑って言った。
「大丈夫、落ちません」
ドレイクはしばらく考えたあと、物置から梯子を出してキッチンの窓に固定してくれた。 これで安全に出入りできる。
「ありがとうございます、ドレイク様」
バルコニーから見渡せる街の景色は、美しく、どこか儚げだった。 バザールの赤い天幕、その先には北区のレンガの建物。 そして街を囲む高い壁。
風が通り抜け、洗濯物が気持ちよさそうに揺れた。
この日から、みのりは毎日の洗濯をこのバルコニーで行うようになった。 そして、ここが彼女にとって心を休める大切な場所になっていく。
ドレイクの優しさと、小さな工夫。 それは奴隷としての生を強いられていたみのりにとって、確かな「居場所」の始まりだった。
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