第3話 復活


石の騎士団 ― ゴーレムの誓い ―


 魔族の魔術師アザレインは、灰色の村に膝をついたまま、長い沈黙を続けていた。


 白鷲騎士団三十名の石像は、二ヶ月前の姿そのままに立ち尽くしている。

 剣を構えた者。盾を掲げた者。逃げずに踏みとどまった者。


 どれも、誇りと覚悟を刻んだ最期だった。


「……人として蘇らせることは、もうできぬ」


 アザレインは静かに呟いた。


 バジリスクの魔眼による石化は、生命そのものを呪いの器へ変える。

 魂の構造が崩壊し、元の肉体に戻す術は存在しない。


 魔族の禁呪をもってしても、石の肉体に残った魂の“影”を呼び戻すことすら難しい。


 だが――。


「……ゴーレムとしてならば、可能だ。魂の残滓と生命の火種を繋ぎ、石のまま動く“第二の命”を与えることはできる」


 アザレインは立ち上がり、杖を強く地面に突いた。


 辺境の村に、紫の魔力紋が描かれていく。

 円環、三角陣、連結符……その全てが石像の周囲に伸び、まるで彼らを抱くように広がった。


「……これより、《魂鎖(こんさ)》の儀式を行う。

 だが騎士たちよ、覚悟してくれ。蘇生ではない。再生だ。

 その身は石のまま、心は……失われたまま、だ」


 風が止まり、村全体が息を潜める。


 アザレインは深く息を吸い、呪文を紡ぎ始めた。


「《オル=ガルネス・ファル=メイル》……魂よ、形に宿れ……」


 光が石の騎士たちに流れ込む。


 石像の胸の内部に、微かな光が灯った。


 ――コォン……コォン……。


 胸の奥から響く“心臓のような石の鼓動”。


 石の腕が震える。

 折れた剣先が、かすかに持ち上がる。

 座り込んだままの石像が、ぎしり、と首を動かしかける。


「起きよ、勇敢なる者たち……。お前たちの戦いはまだ終わっていない」


 アザレインが最後の呪文を唱えると、魔法陣が爆ぜるように光り――。


 


 ◇


 


 ――石の騎士団が、目を開いた。


 


 だが、その瞳には色がなかった。


 光の反射だけを映す灰色の目。

 命の温度が消えた、無機質な視線。


 彼らは立ち上がったが、口から出るのは意味を成さない唸りだけ。


「……ウゥ……ァ……」


「ガ……ァ……」


 かつて高潔だった騎士たちが、まるで幼子のように言葉を発せず、ぎこちなく手を伸ばす。


 アザレインは悲しげに目を伏せた。


「……やはり、知能は戻らなかったか。魂が欠けすぎている……」


 その時――。


 ただ一つ、澄んだ声が響いた。


「……ここは……どこだ?」


 アザレインは驚き、声のした方を振り返った。


 石化したままの身体を自らの意志で動かし、すっと立ち上がる者がいた。


「セレナ……団長殿!」


 白鷲騎士団団長、セレナ・ヴァイスハルト。

 彼女は胸元に刻まれた紋章を確かめるように触れ、周囲を見渡した。


「私は……石の中で……皆の声を聞いていた……。けれど……身体が……動かない……」


 その声は震えていた。


 アザレインは胸に手を当て、深く頭を下げた。


「団長殿……あなたの魂だけは強く、完全には崩壊していなかった。

 だから、人に近い意識を保てたのだ」


 続いて、もう一体の石像がゆっくりと膝をつき、言葉を絞り出す。


「……団長……生き……て……いや、生きてないか……」


 副長ロイだった。


 セレナはその姿を見て、思わず石の手で口元を覆った。


「ロイ……! 本当に……!」


「俺ら……また……戦える……のか……?」


 ロイはぎこちなく笑った。

 石の顔では表情は見えないが、その声には確かな喜びがあった。


 だが――。


 二人の周囲に立つ他の団員たちは、ただ低い唸りを上げながら歩き回るだけだった。


「ガ……ア……」


「ウ、ウゥ……」


 セレナは彼らの顔を順番に見た。

 仲間だった者たち。

 生きて共に笑い、食べ、語り合った友。


 今はただ、石の身体を引きずる“ゴーレム”へと変わり果てた姿。


「……みんな……みんな……ごめん……!」


 石の頬を涙が伝うことはなかった。

 けれど、震える声が彼女の深い悲しみを語っていた。


 ロイがそっと肩に手を置く。


「団長……泣くな。こうでも、俺らは……まだここにいる」


「……でも! 人としての彼らは……!」


「それでも……守りたかったんだろ、団長は」


 ロイは石の拳を握りしめ、アザレインを真っ直ぐに見た。


「魔術師。感謝する。

 俺たちは……まだ戦える。団長と俺だけでも意識があるなら、十分だ」


 アザレインは静かに目を閉じた。


「……あなた方は、石の肉体を持つゴーレムの王と副王だ。

 他の者たちは……命令と本能で動く戦士となる」


 セレナは目を閉じ、長い沈黙の後、決意の声で言った。


「――私は、この身体でも構わない。

 私たちを裏切った教皇を……必ず討つ」


 ロイが頷く。


「白鷲騎士団は、まだ死んじゃいねぇ。石になっても……心だけは折れねぇ」


 アザレインは杖を地につき、深く頭を下げた。


「私も力を貸そう。この悲劇を正すためにな」


 


 ◇


 


 夕日が沈む。


 石の騎士団三十名が、村の中央に整列した。

 セレナを先頭に、ロイが隣に立ち、その後ろには無言のゴーレムたち。


 風が吹くたび、石同士が触れ合い、乾いた音が響いた。


「――出発する。私たちの誇りを、取り戻すために」


 石の騎士団は一歩踏み出した。


 その足音は重く、鈍い。


 だが確かに、生者の行進よりも力強かった。


 その歩みは――

 裏切りの教皇へと向かう、復讐の序章だった。

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石の騎士団 @mojinokuroyagi

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