第2話 後日
石の荒野に立つ魔術師 ― 二ヶ月後の残響 ―
あの惨劇から、二ヶ月が経った。
辺境の村リーニャに巣食ったバジリスク討伐の報せは、王都に大きな波紋を呼んだ。
教皇派の聖騎士団百名と、多数の冒険者が動員され、国家規模の作戦が展開されたのだ。
結果は――討伐成功。
だが、誰も喜びはしなかった。
討伐隊の八割が命を落とし、生還した者たちも重い石化の後遺症を抱え、再び戦場に立てる者は少ない。
山のように積まれた白い石の破片。
並ぶことすら叶わなかった亡骸。
討伐隊の本陣は、戦場で最も静かな墓地と化した。
それでも――教皇グランディオスは満足していた。
「王国を脅かす大災害を鎮めた英雄……か。ようやく、愚民どもも私の偉大さを思い知っただろう」
彼は玉座の上で満面の笑みを浮かべ、犠牲者の数には一片の興味も示さなかった。
手に入れた名誉と権力。教会の威信は崇められ、彼の派閥はかつてないほど巨大な勢力になった。
「白鷲騎士団? あぁ……あれはもう石だ。気にする必要はない」
そう吐き捨てて、杯を傾ける。
◇
その頃――。
バジリスクが倒れ、怪物の気配が完全に消えたリーニャの村には、誰も近づかなくなっていた。
あまりに多くの石像が残され、あまりに多くの叫びが風に溶けているからだ。
だが、その静寂を破る影が一つあった。
黒いローブをまとい、深い兜をかぶった旅の魔術師。
背には魔族特有の紋様が描かれた杖を背負っている。
村の入り口に佇むと、彼はゆっくりと石化した騎士たちの列へ歩み寄った。
「……なんと、悲しい光景だ」
魔術師は呟き、ひざまずいた。
セレナを先頭に、三十名の《白鷲騎士団》が、かつての誓いを胸に抱いたまま石像となって立ち尽くしている。
風に削られた石の頬には、涙の跡すら残っていた。
魔術師は一体一体に視線を向け、まるで語りかけるように静かに言葉を紡ぐ。
「……教会の者たちよ。なんと無念だったことか。お前たちは……裏切られ、捨てられたのだな」
その声は、騎士たちの仲間よりも、むしろ家族のように優しかった。
「石にされた魂は、どれほどの孤独に彷徨うのか……あぁ、聞こえる。お前たちの嘆きが」
魔術師はセレナの石像の前に立ち、そっと手を伸ばした。
しかし触れはしない。
ただ静かに、その悲劇の跡を見つめる。
「……安らかに眠るがいい――とは言わぬ。お前たちは、まだ終わっていない」
風が吹き、黒いローブが揺れる。
魔術師の瞳に宿るのは、憐れみでも、敬意でもない。
――決意だった。
「この理不尽は、必ず正さねばならぬ。勇敢な騎士たちよ……お前たちの物語は、まだ幕を閉じていない」
そう語りかける姿は、まるで石に封じられた騎士たちに約束を誓うようだった。
沈黙の村に、魔術師の声だけが静かに響く。
――この時、誰も知らなかった。
魔族の魔術師が、この地で何をしようとしてるのかを。
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