石の騎士団
@mojinokuroyagi
第1話 全滅
辺境の村リーニャに、救いはなかった。
村へと続く道には、いつからか“石像”が並び始めていた。畑を耕す老人。子どもを抱きしめる母親。駆けだしたままの少年。
どれも、絶望の瞬間で時間を止められた石だった。
教会はそれを“コカトリスの仕業”と発表した。
石化の息を吐く怪鳥。背丈は成人ほどで危険だが、対策はある。
教会が選んだ討伐隊は、王国最勇と名高い《白鷲騎士団》。三十名の精鋭と、団長セレナ・ヴァイスハルト。
しかしその裏で、教皇グランディオスだけが笑っていた。
(これで邪魔な騎士団は消える……)
報告書から一つの名前を隠して。
本当の脅威――バジリスク。
◇
「妙だ……石化の範囲が広すぎる」
副長ロイが石化した村を見渡し、眉をひそめた。
セレナも違和感を覚えていた。
家屋の陰、井戸のそば、森の入り口。どの場所にも石化したままの村人が散らばっている。
「コカトリスがこれほど広範囲に……? いや、あり得ない」
「団長、戻るべきでは?」
「戻れない。村人がまだ生きていたら……」
セレナは決意を口にしたが、胸に沈む不安は大きくなるばかりだった。
――その時。
……ドォン。
大地が震えた。
……ドォン。ドォン……!
地鳴りは遠雷のように重く、村全体の空気が震える。
「……鳥じゃない。これは……」
暗い森の奥から、木々がざわめき、その中心に“何か”がいる気配がした。
次の瞬間、森が裂けた。
◇
現れたのは――巨大なトカゲだった。
いや、“トカゲ”という言葉では足りない。
全長十メートルを超える黒緑の巨体。岩のような鱗。
そして、災厄そのものの黄金の瞳。
「ば……バジリスク……?」
誰かの声が凍りついた。
伝承では“王国を滅ぼす”とまで言われる魔物。
目に映るだけで石化する魔眼を持つ、世界最悪の石化生物。
「嘘だろ……教会はコカトリスだと……!」
「バジリスクにコカトリス用の装備で挑むなんて……死ねというのか!」
騎士たちの声が震えた。
セレナは全てを悟った。
教皇が、彼女たちを“処分するため”にここへ送った事を。
(私たちは……最初から殺されるために……)
悔しさで奥歯を噛み締めた瞬間、バジリスクの瞳が光を帯びた。
「来るッ! 全員目を伏せ――!」
叫ぶより早く、光線が放たれた。
◇
閃光が、大地を白く染めた。
「うわぁぁぁぁ!!」
「目が――! 俺の腕が……!」
騎士たちは悲鳴を上げ、瞬く間に石に変わっていく。
槍を構えたまま固まる者。盾を掲げようと手を伸ばしたまま固まる者。
ロイが叫びながら倒れ、石の破片を散らした。
「ロイ――!」
セレナが駆け寄ろうとした瞬間、バジリスクの第二の光が放たれた。
副長の身体は膝立ちの姿勢で完全に石となり、乾いた音を立てて砕けた。
「そんな……!」
石片が風に散り、もう彼は存在しなかった。
仲間たちが次々と石になり、倒れずに立ったままの者もいた。
その全てを、バジリスクは冷たい眼で見下ろしていた。
「こんな……こんな結末を……教皇は望んだのか!」
セレナは剣を構えた。
逃げ道はすでに背後の森が塞ぎ、どこにもない。
この場で戦うか、石になるか。
その二択しかなかった。
◇
「私は……白鷲騎士団の団長だ!」
セレナは叫び、目を伏せながら突進した。
バジリスクの尾が地面を叩き、大きな土煙が上がる。
その隙を縫い、セレナは剣で鱗を斬りつけた。
金属の破片が飛び散った。
(……固い。これでは届かない!)
それでも攻撃を続けるしかなかった。
しかし――。
バジリスクが、彼女だけを狙って瞳を向けた。
黄金の眼が、じわりと光を集めていく。
「……来る……!」
避けられない。
光線は、騎士団長の身体を包んだ。
「ぁ――――」
温度も痛みもなかった。ただ、意識が冷えていく。
剣を握る手から、感覚が消えた。
石が肩から、胸から、喉元へと広がっていく。
視界の端には、仲間たちの石像。
戦友の笑顔。
訓練の日々。
誓った理想。
「……守りたかった……のに……」
最後の涙が石となり、頬に固まった。
バジリスクは興味を失ったように背を向け、森の闇へと消えていく。
残ったのは、無数の石像だけだった。
風が吹き抜け、灰のように石片が舞う。
◇
数日後。
教会本部では、教皇グランディオスが満足げに杯を傾けていた。
「白鷲の騎士団は戻らぬか?」
「はい。全滅したものと思われます」
「結構」
豪華な聖堂には、皮肉なほどに清らかな鐘の音が響いていた。
その頃――。
辺境の村リーニャでは。
騎士団三十名は、倒れた姿勢も、剣を掲げた姿勢もそのままに、石として並んでいた。
夕日の赤が、石化したセレナの頬に影を落とす。
誰も、彼らを救う者はいない。
石の騎士団は、ただ静かに、永遠の沈黙を迎えていた。
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