第二章 星影の羅針盤 02

「さて、と……じゃあ、まずは俺たちのパーティーの名前を決めないとな!」


 俺がそう言うと、場の空気が少し和らいだ。


「パーティー名、ねぇ……。そうね、やっぱり強そうなのがいいわよね! 例えば……『紅蓮の剣狼団(クリムゾン・フェンリル)』とか! どう? カッコよくない!?」


 セシリアが、目を輝かせながら自信満々に提案する。いかにも彼女らしい、力強く勇ましい名前だ。


「く、紅蓮の剣狼団……ですか。確かに勇ましい響きではありますが、少々直接的すぎるというか、もう少し知的な要素も欲しいところですわね。わたくしでしたら、そうですね……『叡智の探求者(シーカーズ・オブ・ウィズダム)』あるいは『星詠みの使徒(アポストルズ・オブ・アストロマンシー)』などはいかがでしょう? 古代文献にも、星の導きによって偉業を成し遂げた者たちの記述がございまして、それによると……」


 リリアが、いつものように早口で、しかし楽しそうに持論を展開し始めた。


 彼女の提案は、どこか神秘的でアカデミックな響きがある。


「……長すぎる。覚えにくい」


 ミーナが、リリアの提案をバッサリと切り捨てた。


 そして、少し考え込むような素振りを見せた後、ぽつりと言った。


「……『影(シャドウ)』とか、『牙(ファング)』とか。短いのがいい」


 実にミーナらしい、簡潔で実用的な提案だ。


 隠密行動を得意とする彼女のイメージにも合っている。


「はあ? 『影』って、なんか暗くない? もっとこう、華々しい感じがいいのよ!」とセシリアが反論する。


「華々しければ良いというものでもありませんわ。名前には、その集団の本質や目的が反映されるべきです。例えば、わたくしたちが未知のダンジョンを探索し、古代の謎を解き明かすことを主眼とするならば……」とリリアが再び口を開いていた。


 三者三様の意見が飛び交い、なかなか決まりそうにない。


 だが、そのやり取りを見ているだけで、俺は自然と笑みがこぼれた。


 それぞれの個性が、こんなところにも現れるのだな、と。


「みんな、ありがとう。色々な意見が出たけど……俺からも一つ、提案してもいいかな?」


 俺がそう言うと、三人の視線がこちらに集まった。


「俺たちのパーティーは、まだ生まれたばかりだ。暗い夜空に輝く星々のように、それぞれの才能は素晴らしいけど、バラバラではその力を十分に発揮できないかもしれない。でも、みんなが集まれば、それは星座のように一つの意味を持つ。そして、俺の鑑定スキルは、その星々の輝きを頼りに、進むべき道を示す羅針盤のような役割を果たせると思うんだ」


 俺は、一呼吸置いて続けた。


「だから――『星影の羅針盤(スターライト・コンパス)』というのはどうだろうか?」


 俺の提案に、酒場の一角がシンと静まり返った。


 セシリアは、腕を組んで考え込むような表情をし、リリアは、目を丸くして、何度もその名前を口の中で繰り返し、ミーナは、じっと俺の目を見つめている。


「……星影の、羅針盤……」


 セシリアが、ゆっくりと呟いた。


「悪くない……じゃない。むしろ、結構いいかも。あたしたちの才能が星で、あんたが羅針盤ってわけね。ちょっとキザだけど、まあ、許容範囲だわ」


 ぶっきらぼうな言い方だが、その口元には微かな笑みが浮かんでいる。


「素晴らしいですわ、レオンさん! 『星影の羅針盤』! なんて詩的で、そして的確なネーミングでしょう! 星の影、つまりまだ見ぬ才能や未知の領域を示唆し、羅針盤はその探求を導く……。それぞれのメンバーの役割と、パーティー全体の方向性を見事に表現していますわ! さすがです!」


 リリアは、興奮冷めやらぬ様子で手を叩いた。


 彼女の知的好奇心とロマンチシズムを同時に満たす名前だったようだ。


「……いいと思う。星も、影も、羅針盤も……アタシたちの誰にも、当てはまる」


 ミーナが、静かに、しかしはっきりと同意してくれた。


 彼女の言葉には、どこか安堵のような響きさえ感じられた。


「決まりだな! 俺たちのパーティー名は、『星影の羅針盤』だ!」


 俺がそう宣言すると、四人の間に確かな一体感が生まれたのを感じた。


 まだ見ぬ冒険への期待と、仲間と共に歩むことへの静かな興奮が、胸を満たしていく。


「さて、パーティー名も決まったことだし、次は俺たちの活動拠点を探さないとな。いつまでも酒場にいるわけにもいかないし」


「拠点、か。確かに必要ね。でも、お金、あるの?」


 セシリアが現実的な疑問を口にする。


 そう、それが問題だった。


 俺は追放されたばかりで、手持ちの金はほとんどない。テーブルに投げ捨てられたガルドからの「最後の情け」の銅貨数枚など、焼け石に水だ。


「わたくし、少しですが貯えがありますわ。実家を飛び出す時に、研究費として少し持ち出してきましたので……」


 リリアが申し訳なさそうに言う。


「アタシも……少しなら。裏の仕事で稼いだ分が……」


 ミーナも、小さな声で付け加えた。


「いや、君たちのお金に頼るわけにはいかない。これは俺が言い出したことだし、最初の拠点の費用くらい、俺がなんとかするよ」


 見栄を張ったわけではない。リーダーとして、それくらいの責任は果たしたかった。


 幸い、俺にはまだ売れそうなものが少しだけあった。


 以前、鑑定で見つけた価値のある鉱石の欠片や、使わなくなった古い装備などだ。


 大した金額にはならないだろうが、当座の宿代くらいにはなるはずだ。


「とりあえず、ギルドで換金できそうなものを売って、安い宿でも探してみよう。雨風がしのげて、四人で集まれる場所があればいい」


 俺たちは酒場を出て、まずは冒険者ギルドへと向かった。


 俺の持ち物をいくつか手放し、本当にわずかな金を手に入れた。


 貴族街にあるような立派な宿は夢のまた夢だ。


 日が暮れるまで街中を歩き回り、ようやく場末の路地裏に、古びた安宿兼下宿のような建物を見つけた。


 家賃は破格の安さだったが、それはつまり、そういう場所だということだ。


「……ここかぁ。ずいぶん、年季が入ってるわね」


 セシリアが、目の前の建物を不安そうに見上げる。


 壁はところどころ剥がれ落ち、窓ガラスも何枚か割れたままになっていた。


「贅沢は言えませんわ。まずは活動の基盤を固めることが重要ですもの」


 リリアは、意外にも現実的だった。


「……寝られれば、どこでもいい」


 ミーナは、すでに周囲の気配を探っている。


 彼女にとっては、むしろこういう場所の方が落ち着くのかもしれない。


 宿の主人は、人の良さそうな初老の男性で、俺たちの身なりを見ても特に何も言わず、快く部屋を貸してくれた。

 通されたのは、屋根裏に近い二部屋。


 決して広くはないし、綺麗でもないが、確かに雨風はしのげそうだ。


「よし、ここが今日から俺たちの『星影の羅針盤』の最初のアジトだ!」


 俺がそう言うと、三人もそれぞれ荷物を降ろし、部屋の中を見回した。


 質素で、みすぼらしいかもしれない。


 だが、ここは、最初のアジトだ。これからもっといい場所に住めるようみんなで頑張っていくしかない。


「さて、と……腹も減ったし、何か作るよ。今日は、パーティー結成祝いだ!」


 俺は、市場で買ってきた安い食材を取り出し、共用の古びたキッチンへと向かった。


 得意の料理の腕を振るい、あり合わせの材料で簡単なシチューとパンを用意する。


 決して豪華ではないが、温かい食事は冷えた身体と心を温めてくれる。


 ぎこちないながらも、四人で囲む最初の食卓。


 セシリアは、最初は文句を言いそうだったが、一口シチューを食べるなり目を丸くし、その後は夢中で食べていた。


「な、なかなかやるじゃない……あんた、料理人になった方がいいんじゃないの?」


「レオンさんのシチュー、本当に美味しいですわ! 追放したパーティーは、とんでもない才能を失ったことに気づいていないのでしょうね!」


「……うまい」


 三人の言葉に、俺は照れながらも笑みを浮かべた。


 追放された悲しみは、まだ胸の奥に燻っている。


 だが、今はそれ以上に、新しい仲間たちとの未来への期待が大きく膨らんでいた。


 窓の外には、星々が輝き始めていた。


 俺たちの『星影の羅針盤』も、いつかあの星々のように、誰かの道しるべとなれるだろうか。


 そんなことを考えながら、俺は仲間たちの笑顔に包まれて、久しぶりに心からの安らぎを感じていた。

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