——声は月下に沈み、
光は闇の奥より息を吹き返す。
そのはざまに生まれ落ちたのが、
澪月という名の、ひとしずくの魂である。
その姿は、
まるで天人の羽衣を奪われたもののごとく、
人の世にも、妖の世にも属さぬ“はざまの子”。
気高きものと、儚きものの境界に立つ存在である。
そのすべてを奪われた澪月を抱き上げたのは、
揚知客——
己が絵筆の迷いの果てに流浪した青年であった。
まるで運命が、
ひとつの灯をもうひとつの灯へと引き寄せたかのように。
澪月が零す涙は、
怨嗟の涙ではない。
それは、長い孤独がはじめて崩れ落ちたときに流れる、
あらゆる呪縛を浄める滴である。
夜は明ける。
天人桜の枝はゆるりと風に応え、
薄紅の花弁は、
救いを謳う祈りのように舞い散っていく。
そして静かに告げる。
——澪月よ。
汝は新たに生まれた。
ゆるされ、迎えられ、ここに在れと。
ページを開いた瞬間、その文章の美しさに息を呑みました。 室町時代、応仁の乱の予兆もまだ遠い静寂の中で、行き場を失った絵師・揚知客(ようしか)と、桜の精霊に愛された不思議な少年・澪月(みづき)。二人の出会いは、まるで一幅の水墨画に淡い色彩が差していくような鮮やかさがあります。
本作の最大の魅力は、「痛み」を「美しさ」で包み込む筆致です。 南朝の皇子という重すぎる宿命と、異形の我が身を呪う少年の叫び。それを覆い隠すように与えられた、美しすぎる「借り物の姿」。 「こんなん、俺やない!」と鏡の中の美貌を拒絶する澪月の姿は、読む者の胸を締め付けます 。
しかし、そこにあるのは絶望だけではありません。絵筆を折ろうとしていた揚知客や、明るく二人を支える長倉との日々が、凍りついた少年の時間を少しずつ溶かしていきます。
歴史の影に埋もれた悲劇を、幻想的な桜の香りと共に味わいたい方へ。 静かな夜に、じっくりと浸っていただきたい一作です。