ある男の手記 二
最初に私がその村を訪れたのはただの偶然だった。小市民のささやかな趣味として、年に一度か二度、一人で国内旅行をすることが私の楽しみだった。有名な観光地や名勝地を訪れることが主だったが、何年も続けていると「ガイドブックに掲載されていないような秘境にも行ってみたい」と思うようになった。だが、その伝手も情報もなかった。
そんな折、職場の部下Fから彼の出身地の村についての話を聞いた。Fは入社の時から私がよく面倒を見ていた男で、誠実で働き者だが少し生真面目すぎて融通が利かないところがあり、当時の同期達からは一歩出遅れてしまったところがあった。そこを見離さずに目をかけて育ててやったことで、後に彼は私よりもずっと上の役職にまで上り詰めることとなった。今の彼があるのは私のおかげ、と言うのは自惚れでなくF自身が私に言ってくれた言葉である。
そんな彼が、ふと出身地のお祭りについて漏らしたことがあった。今思うと、飲み会の後半で相当酔っていて口を滑らせてしまったのだろうと思う。Fは取引先に連日無茶なことを要求され、どうにも参っていた時期だった。そこまで強くもないのにハイペースで酒を飲み、いつになく饒舌だった。
どんな話の流れだったか、自分の故郷は海沿いにある小さな漁村で、そこの秋祭りで大漁を願って海の収穫物を神様に奉納する風習があると聞かせてくれた。海の収穫物と言っても、祭りで捧げられるのは魚介類ではない。餅や果物などを一度海に投げ入れ、それらを網で掬って「今まさに海から穫れたもの」として神様に捧げるというのだ。
その場では私もかなり酒が入っていたので何の気なしに聞いていたが、海の神様に捧げるのは海から穫れたものでなくてはならない、という制約に興味を惹かれた。
無学浅学な身ではあるが、船に宿る守り神に酒や米・塩を供える慣わしを耳にしたことは過去にあった。だが、餅や果物まで投げ入れ、再び引き上げて海の収穫物とする儀式について聞いたのは初めてだった。しかもお社に奉納する際には供物として人形までそこに連なることに、酒や塩という存在に宿る抽象的で神聖なイメージとは真逆の、生々しい“贄”の印象を持った。
だがそれは本当に小さな違和感で、民俗学や日本各地の風習について研究したことなどなかった自分には、ハテ世の中には少し変わった文化があるものだくらいにしか印象に残らなかった。
その年の五月の終わり、忙しくて休めなかったGWの代わりにまとまった休暇を取った。家族サービスもそこそこに、私は休みを利用して件の村に行ってみた。飲み会の後に軽く調べたところ、眺めの良い温泉付きの旅館があるとのことでそちらの方に興味を持ったのだ。観光客でごった返すところに行くよりも仕事の疲れを癒すのにうってつけだと思った。
Fは当時別の部署に応援に行っていて顔を合わせるタイミングがなく、私の訪問については事後報告となった。
実際に訪れてみた某村は想像していたよりも街並みが綺麗に整頓されており、私は寂れた漁村を勝手にイメージしていたことを内心恥じた。新しい建物も多く、古くからあると思われるものも手入れはされており、村全体の懐の余裕が感じられた。それが心の余裕にも繋がっているのか、訪れた先で出会った村人達は皆親切で、私という客を村全体が歓迎してくれているように感じて嬉しくなった。
宿の食事も温泉も非の打ち所がなく、ゆったりと寛げて良かったと思う反面、何故ここがもっと有名になっていないのかと不思議になった。
これは良い穴場を見つけた、Fに感謝しなければと思い、やはり秋祭りの時期にも来てみようと心に決めた。
帰る前に郷土資料を求めて村の図書館を訪問してみた。祭りについて詳しく知っていた方が見に来た時により楽しめると思ったからだ。あいにく祭りの起源等についての歴史的な文献などはその多くが災害や戦争で失われてしまったということだった。古い資料集を捲ってみるといくつか書体の古い和綴じの本の写真があったが、表紙だけ見ても専門的な知識のない自分には到底読み解けそうにないものだった。資料集内の解説によると、一つの民話が伝えられているという。
その昔、この海では漁に出た船が沈んでしまう事故が頻発していた。漁業により生計を立てていた村人達は大いに悩んでいた。
この地を訪れた旅の拝み屋がこれを聞きつけ、小舟に乗って沖に出てみることにした。勇んで来てみたものの海は穏やかそのもので、一向に荒れる様子はなかった。釣りをしながら粘って待つこと数刻、おもむろに舟が大きく揺れた。海面がみるみる盛り上がり、水面から黒く大きな
そこで、今にも舟ごと丸呑みにしそうなほど大きく口を開けた主に向かって、拝み屋は交渉を試みた。知らずとはいえ主の領域を荒らしてしまって申し訳なかった、どうか村民が生きるために少しばかり分けていただきたい。
今後、主をこの海の神として祀り、敬い、祈りを捧げ、この海から穫れたものの一部をお返しすると約束する。それでどうか許してもらえないだろうか。
主はそれを受け入れ、再び海の底に帰っていった。
以降、主を御磯様として祀り毎年秋になるとその年の収穫物を海に返すようになった。するとそれ以来、この海で船が沈められることはなくなった。
民話はそこでめでたしめでたしとはならず、まだ少し続きがあった。
船が沈むことはなくなったが、深刻な不漁が続いた年があった。村人は食うや食わずになり、祭りで捧げる供物を用意することができなかった。
約束を違えたことを怒った御磯様は、再び船を襲い出した。そして、船だけではなく海岸近くにいる陸の人間まで海に引きずりこむようになってしまった。
飢えて死ぬか襲われて死ぬかの二択を迫られることになった村民達は、悩んだ末になけなしの米や木の実を一度海に撒き、網で掬って「海で獲れたもの」として供えることにした。そうして、やっと村人達が襲われることはなくなった。
正確な文章は覚えていないが、大体このような内容だったように思う。
随分物騒な神だ、というのが私の最初の感想だった。船だけでなく陸の人間まで襲うとは。解説本では御磯様についてそれ以上の記述はなかった。資料集には
丸い池のようなものがある。池の中央に立つ社は黒い木で造られていて、正面扉の前にしめ縄が張られ橋が渡されている。しめ縄の色も黒い。
社前に置かれた供物台には餅や果物、人形が並べられている。社を反射しているせいなのか光量の具合なのか、水面まで暗く見える。
まだ早い時間だったので、実物を見に行ってみようと思った。図書館の受付で聞いてみると、親切に地図まで書いて教えてくれた。宿泊した旅館の前の通りを進み、坂を登っていくつか折れて行くと小さな丘に出た。海を見下ろせる見晴らしの良い場所だった。なのに、印象は写真を見た時とそう変わらなかった。
その日の天気は快晴で水面が空を映しているのに、何故か黒く濁って見えるのだ。地面の色や深さの塩梅によってそうなるのかもしれない。何か黒いもの――それこそ民話に出てきた主のような――が水の中にいるような、そんな錯覚を覚えた。だが池はそこまで大きくはなく、いたとしてもせいぜい鯉だの鮒だのくらいしか住んでいないだろう。伝説の主のモデルになりそうな大きさの生き物がいるとは思えなかった。
じっと見つめていると、お社というものに対して本来抱くものとは逆の、嫌悪感のようなものまで何故か込み上げてくる。
社の外観や佇まい一つ取っても、その道を学んだ人ならもっと多くの情報を拾えるのだろう。そしてそういう人種であればまた違った感想を抱くのだろうと思ったが、私には無理な話だった。Fに聞けば色々と解説してくれるのかもしれない。
私は橋を渡り形だけ礼をして手を合わせ、その場を後にした。それ以上村を周る時間は取れず、私は帰路についた。
地元民であれば、昔話や絵本などで御磯様についての伝承を聞かされて育っているかもしれない。次にFに会った際に色々と聞いてみよう、と小さな楽しみを心に芽生えさせた。
ここで、この旅で満足して再訪しなければ、私の人生は清廉潔白とは言えないまでも、何ら後ろ指差されることのない平凡な人間として閉じられたのだろうと思う。
だが同時に、ここで終わらなかったからこそ自身の生涯に満足して死ねるのだとも思う。
私は、許されない罪を犯した。
あの日、私は衝動に身を任せ、興奮と共に人を殺したのだ。
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