微かな違和感
午前中は何度か小休憩を挟み、昼に差し掛かる頃に食事のために大きめのサービスエリアに入った。遠出客の車で駐車スペースの空きはかなり少なくなっていて止める場所を見つけるのに苦労した。
「うへーすごい人だね」
風斗は車から降りるなり身体を伸ばし、目を丸くする。俺も思い切り伸びをした。早くもちょっと腰に来ていた。女性陣はまだ体力のありそうな顔をしていて、早速土産物屋の方に興味を示している。
トイレも売店も入り口前は混雑していた。小さな子供を連れた家族、男ばっかり四〜五人連れ、俺達みたいな男女混合。皆ここで一息ついた後、それぞれの目的地に向かって行くんだろう。楽しみが控えているからか明るい表情の人が多くて、人混みは嫌いだけどこういう雰囲気なら悪くないなと思う。
賑わうフードコートの一角に運良く空きを見つけて、俺たちは腰を落ち着けた。
「僕、温泉旅館ってあんまり行ったことないから楽しみー!」
唐揚げを頬張りながら風斗が誰に言うでもなく話し出す。食べながら喋んな、と俺は隣で軽くその足を踏む。俺の前にも同じ唐揚げ定食が並んでいる。風斗は注意すると一応静かにはなるが、すぐに忘れて喋りたがるから食事中は忙しい。
「そうなんだ? じゃあたっぷり入ってってねー。ウチ、ちょっと珍しい“海水温泉”だから」
「海水温泉?」
いずみが美咲に聞き返す。肉うどんがその前に置かれていて、唐揚げじゃなくてそっちにしとけば良かったなと俺は内心思っている。
「そうそう。簡単に言うと、近くの海から海水を汲み上げて温泉に加えてるの。保温効果とか美肌効果とかあるんだよ」
「マジ? 美肌効果は真面目に嬉しいやつ!」
今でも十分綺麗だよ、と口に出すのはキモいかもしれんな、黙っておこう……と俺はキャベツの千切りを咀嚼した。温泉に興味が無いから海水温泉というものがどれくらい珍しいものなのかもわからない。しょっぱいんだろうか。飲みはしないか。
話題に入れないので、スマホで美咲の両親が経営しているという旅館のサイトを開く。道中のアクセスを軽く確認したぐらいで、そういえばちゃんと見たことがなかった。
「へー晩飯って部屋膳なんだ! お造り美味そー」
風斗が自分のスマホを見ながらまあまあな声量でのんびりした声を出した。こいつ、昼飯を食いながら晩飯のことを考えていやがる。
見ると、俺と同じサイトを覗いていた。スクロールしていくと確かに客室のテーブルに並べられた料理の画像が出てきた。部屋膳なんて旅番組とかでしか見たことがない。これは風斗でなくてもテンションが上がる。
「お料理も楽しみにしててね。パパが食材こだわって揃えてるから、絶対気にいるよ!」
下手に謙遜せずに胸を張るのが良いなと思った。見目の良さだけじゃなく、こういう部分でも好かれる女性なんだろう。
「今日は宿で食べるんでしょ、明日のご飯はどうする? 美咲ちゃんのオススメのお店とか紹介してよー」
こいつ、昼飯食いながら晩飯だけでなく明日の飯のことまで考えてやがる。
「お店で食べるのも良いけど、明日はお祭りで出店が結構出るからそこで食べ歩きしよっかなっていずみと話してたんだ。ね」
「そうそう。海鮮系の出店が多いらしいよ。そういうの好きでしょ風斗君」
「それ良い! 食べ歩き超楽しそう」
バイト中もこうやって相手してもらってるんだろうか。これだけ女の子達にニコニコ返してもらえたらさぞ楽しいだろう。
風斗は小中高といじめられはしなかったけど友達らしい友達も作れず周囲に馴染めなかった。このまま孤独なニートにでもなったら厄介だなと心配していたので、良い職場に巡り会えて良かったと思う。散々世話をしてきたんだから、成人後は自分で自分の面倒を見てもらいたい。
「あ、でも美咲はお祭りの手伝いがあるんだよね。あんまり一緒に回れない感じ?」
「お祭りが始まるとそうなるかな。自治体のサイトに載せる画像の撮影係なんだ。忙しくなるのは午後からだから、それまでは一緒に食べ歩きしよ!」
「そういや、お祭りってどんなことするんだ?」
ふと好奇心が湧いてきて俺は口を挟んだ。祭りで連想するのは神輿や山車くらいで、美咲の村で具体的にどんなことをするのか知らなかった。俺達も小さい頃に子供神輿を担いだことがあった気がするが、ああいうことをするんだろうか?
「見てもらうのが一番分かりやすいですかね」
美咲が自治体のサイトURLを俺達のグループチャットに貼ってくれた。各自のスマホで開く。“
「御磯祭りって言うんだ」
風斗が独り言のように呟く。筆文字で書かれた
「地元ではみんな祭りとか秋祭りって呼んでるけどねー」
他の画像では船の上から海に向かって何かを投げている人々が写っている。
「船の安全・豊漁祈願として、神様に供物を捧げるの。海の神様だから、その時に捧げる物は海で獲れたものじゃないといけないんだけど」
「なるほど……あ、でもこれ海産物じゃなくない?」
風斗が太い指で差した画像では、魚ではなく果物を投げ入れていた。その下の画像では真空パックの切り餅を。
「そうそう。昔は海産物限定だったんだけど、どうしても不漁でお供物を揃えられない年もあったらしいのね。だから代用品として、山とか畑で収穫したものを一度海に投げ込んで、それを網で掬って『海から獲れたもの』ということにしてお供えするんだ。で、魚介類より投げやすいからいつしかお餅とか果物を投げるのが正式なやり方になったんだって。こうやって船から海に投げ込むのを“
「その船から撒くやつ楽しそう。僕らは参加できないの?」
「大丈夫だよ! 私、撮影係で元々船に乗る予定だから、お祭りの役員さんに言っとくね。いずみ達もどう?」
「絶対やる! 聡太もやるよね?」
珍しい体験だし、もちろん快諾した。いずみとの船上でのツーショットを後で美咲に頼んでみようか。記念写真としてポーズを決めて撮るんじゃなく、自然体のところをちょっと離れたところからコッソリ写してもらうのだ。
「これが神様のいるお
美咲が自分のスマホのフォルダから一枚の画像を見せてくれた。
そこには光の加減なのか実際にそういう色なのか、古い造りの黒っぽい建物があった。昔に撮影された写真をカメラで撮ったような画像だ。
「水に浮いてるみたいに見えるね。やっぱ海の神様だから?」
風斗が俺の感想を代弁するように呟いた。土の中に池のように丸く水が張られていて、その中央にお社が建つ形になっている。扉の正面には小さな木の橋が渡されていて、お社への出入りができるようになっている。
「たぶんそうだと思う、たぶんね。生まれた時から見てるから当たり前すぎて疑問に思ったことなかったや。帰ったらパパに聞いてみるね」
サイトに掲載されている画像の雰囲気と違って随分寂れた印象の佇まいだ。美咲の手前、口には出せないが黒い水面は神々しいというより禍々しい。実際に見たら違うんだろうが。社の手前には供物台が並べられ、餅や柿、蜜柑などが置いてある。
「……? これ何?」
俺は人差し指で画像の一点を指した。供物台の上の果物の横に、木でできた人形のようなものがいくつか横たわっているのだ。スマホ画像では小さくてよくわからない。
「ああ、これは身代わり人形です。餅や果物で大漁を、この人形で厄除けを祈願するんです」
美咲がスマホを手の中に戻しながら軽い調子で答える。もう少し画像をよく見たかったけど、粘るほどのことでもない気がして諦めた。
「へー、人形は海に投げないんだ?」
「人形は厄除けで、海に投げるのは大漁祈願のためだからじゃない? 目的が違うっていうか」
風斗の疑問に、いずみが推測で答える。美咲が大きく頷いて、いずみが正解だと示される。
なるほどそうなのか、と納得する傍らで、果物達と同じ供物台に“身代わり”が乗っているのが薄寒い気がした。捧げられるために用意されたモノと同じ場所に乗っているということは、この人形も捧げられるモノと解釈できるじゃないか。
――身代わりじゃなく、そのものが捧げられていた時代があったのかもしれない。
物騒な想像が膨らみかけてきたところで、風斗が突然紙コップの水で盛大に咽せて思考が中断された。最初は「んだよ汚えな」と舌打ちしたが、咳き込みは中々治らず本気で心配になった。周囲の人間も注目してきたところで風斗は何枚かまとめて握りしめた紙ナプキンに何かを吐き出し、やっと咳は止まった。
「苦しそうだったね、大丈夫?」
「救急車呼ぼうかと焦っちゃった。治って良かったね」
美咲もいずみも労りの言葉を口にする。まだ呼吸が落ち着かない風斗は、頷いて「もう平気」の意を示して見せる。
俺は鉛でも呑んだように黙ってしまった。
対面に座っているいずみ達には見えなかったようだが、風斗が今吐き出したモノ——紙ナプキンに何重にも包まれてもう見えないし、わざわざ広げて見たくもない——が、黒い毛の塊に見えたからだ。
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