人生最高の日

「おはようございまあす! 今日はよろしくお願いしますー!」

「お願いしまーす」

「おはよー美咲ちゃん、いずみちゃん!」


 十月初旬の早朝、我が家のガレージに賑やかな声が響き渡った。抜けるような青空、少し乾燥した空気が涼しい。やっと秋らしい気温になってきて、一年で一番身体が軽い季節だ。


「はーい、おはよう……」


 秋の日差しじゃなく、目の前の女性の若々しさに対して俺は眩しさを感じた。深野美咲ふかのみさきは風斗やいずみから聞いて予想していた以上に男好きする容姿の人物だった。垂れ目がちの大きな瞳、にこにこと柔らかく開いた唇からやたら白い歯が覗いている。確かいずみの二歳下ということだったから、二十一歳か。

 量販店の白いTシャツとパーカーにデニムパンツというシンプルな出たちなのに、それが逆に長い手足とハリのある肌を際立たせていた。芸能人の写真集から抜け出してきたかのような透明感があった。


「何回かお店に来られてたんで勝手に知り合いみたいに思っちゃってましたけど、ちゃんとお話するのって初めてですよね。深野美咲です。風斗くんにはいつも助けてもらってます! よろしくお願いします」


 美咲がぴょこんとお辞儀をしてみれば、長い黒髪が遅れて跳ねた。微かに甘い香りもする。見なくても風斗が鼻の下を伸ばしているのがわかる。


「あ、えっと、新庄聡太です。よろしく」


 元気に自己紹介をされて、そのキラキラした笑顔にまごついてしまった。照れ隠しにぺこぺこと頭を下げる。年長者としてかなり情けない返しだった。

 意識しないようにしようとしても、豊かな胸の揺れをついつい視線で追ってしまう。なるほど、これでは風斗だけじゃなく大抵の男がおかしくなってしまうだろうな。


「……」


 美咲の横に控えているいずみのチベットスナギツネのような表情に気づかないフリをして、俺はとりあえず皆の荷物を車に積んでいった。違うんだ、勝手に目が行ってしまっただけで。何かが視界の端で動いてたら咄嗟に見てしまうっていうか。マジで本当に違くて。俺はいずみ一筋なんだ。声にならない言い訳が脳内にこだまする。


「美咲ちゃん、カバン貸して」


 いつもは何一つ手伝わない風斗が、慌てて美咲に声をかける。好きな人に少しでも良いところを見せたいというのが見え見えだった。下心からの行動なのが腹立つが、誰かを手助けするという行為は尊い。俺は無駄に風斗の頭を軽く叩いてからカバンを受け取って車に乗せた。いきなり叩かれることに慣れっこなので、風斗は特に何も言わずにいつも通りヘラヘラしている。何なら嬉しそうですらある。

 助手席にいずみ、後部座席に美咲と風斗が座った。風斗の身体がデカいせいで、美咲は少し窮屈そうに見えた。カーナビに目的地の住所をセットすると予想到着時間が表示される。夕方までには着きそうだけど、途中で食事だのトイレ休憩だのを挟むからもう少し遅くなるだろう。渋滞に引っかかりませんように、と願いをこめて俺はゆっくりとアクセルを踏んだ。

 行楽日和なせいか、朝の時間帯にも関わらずそこそこ交通量が多い。混むのを見越して出発時間を早めにして良かったと思った。車内に差し込む陽光はこの季節にしては強く、この調子なら日中はまあまあ気温が上がりそうだ。俺は薄く窓を開ける。快い風が入り込んでくる。目的地の村のある地域はここいらより気温が低いからやや厚手の上着を用意した方が良い、とは美咲のアドバイスだが、本当に必要になるんだろうか。暑がりな風斗は今は半袖で、荷物に上着があるかも怪しい。


「車出していただいてありがとうございます。電車より交通費浮いて正直助かります! 私免許あるんで、運転いつでも交代しますからね」


 美咲が身を乗り出して言う。有難かったけど、初任給からコツコツ貯めてやっと購入した愛車なので遠慮した。運転は好きだし。


「俺の方こそ誘ってもらっちゃって。宿泊代もかなりサービスしてもらったし、お礼言うのはこっちの方だよ」


 元からリーズナブルな宿代だったが、美咲の口利きでかなり値下げしてもらっていた。安月給には有難かった。高速代とガソリン代はいずみと美咲で折半してくれることになっているので、予定していたよりも出費が少なく済みそうだ。


「僕、楽しみ過ぎて昨日全然寝れなかった」


 風斗がウキウキした調子で割り込んでくる。ウソつけ夜中めっちゃイビキかいてたじゃねえか壁貫通してうるさかったせいでこっちが寝不足だわ。席が離れてなかったら肩にゲンコツを入れているところだった。


「眠かったら寝とけよ。今からそんなはしゃいでたらバテんぞ」


 自分の口から弟に対して、わずかとはいえ気遣いの言葉が出てきたことに驚いた。いつもなら大体無視するか罵倒している。会話の邪魔をされることにも普段ならイラつくのに、恵まれた天候と華やかな女性陣のおかげで自分でもびっくりするくらい機嫌が良い。

 ラジオによると今日明日と全国的に晴れる見込みで、大きく天候が崩れるところはないとのことだ。天気予報終わりに最近話題のアニメのOP曲のイントロがフェードインしてきて、いずみが小さく鼻歌を歌う。聞きつけた美咲も後ろで参加する。俺はしばらく女性達の声に聴き入る。流行っているのは知っていたけどちゃんとは観たことのないアニメで、この歌しか知らない。疾走感のあるメロディが気分を盛り上げてくれるので、割と好きな曲だった。今度アニメ自体も観てみようか。

 すぐに茶々を入れたがる風斗も珍しく静かに聴いていた。曲が終わると、滑舌の良いパーソナリティがこのアニメが来年映画化される話を始めた。一緒に観に行きたいね、と隣でいずみが呟く。良いね、行こう行こう、と軽い調子で俺は返す。

 美咲ちゃんはこのアニメ観たことある? と後ろで風斗が聞いている。あわよくば映画デートの予約を取ろうとしている。んーアニメあんまり観ないんだ、と躱されて会話が終わってしまった。我が弟ながら情けなくなる。そこは、じゃあどんな映画好き? とかもう少し会話を打ち返してみたら良いのに、とハンドルを握りながら俺は思う。バイト中もこんな感じなんだろうか、こっちが恥ずかしくなってくる。

 まあ自己肯定感だけは無駄に高い弟はこれくらいではめげないんだろう。ガキの頃の万能感を持ったまま身体だけ成長したような弟は、自分は周囲に愛されているといまだに思い込んでいる節がある。だから美咲にも好かれてると勘違いしてんだろうな。

 いつの間にか次の曲がかかっていて、いずみと美咲がまたユニゾンしだした。あんまり知らない曲だなと思っていたらサビに聞き覚えがあって少しテンションが上がる。でも一緒に歌うのは恥ずかしいから、少しだけ首を動かしてリズムを取った。当然、運転に支障の出ない範囲で。


 幸先の良い旅路のスタートだと思った。折角の旅行、誰も嫌な思いをすることなく過ごせたら良い。風斗に対してすら素直にそう思った。


 もちろん、そんなことにはならない。


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