無邪気なお誘い 二

「美咲って娘、全然会ったことないんだけどホントに俺が旅行についてっても大丈夫なの? いざ当日になって怯えられたら俺立ち直れないんだけど」


 旅行の予定をスケジュールアプリに入力しながらいずみに聞いてみる。近いうちにいずみが俺達四人のグループチャットを作ってくれることになってはいるが、その前に知っておきたかった。風斗やいずみの話の中によく出てくるから名前に聞き覚えはあるけど直接の面識は無い。美人だというのは風斗が言っていた。大丈夫だからこそいずみが俺を誘ったのだとは思うがそこはちゃんと念押ししておきたい。


「全然大丈夫! 会ったことないって言うけど、何回も店に飲みに来てくれてるから美咲は聡太のこと認識してるよ? こないだだってレジしてたんだけど、覚えてない?」

「えー? うーん……全っ然覚えてない……」


 確かにいずみ達のバイト先の居酒屋にたまに飲みに行っているし、二週間ほど前も会社の同僚達と行った。でも店員はいつも同じ制服着てるし向こうは勤務中だから話をするわけでもないし会計する時には大概酔っているしで、本当に記憶に残っていなかった。俺が人の顔を覚えるのが苦手なのもある。

 覚えてはいない。いないけど、面食いの風斗がぞっこんになるくらいなんだから可愛い娘ではあるんだろう……とは思ったけど、自分の彼女の前で他の女性の容姿についてコメントするのはポジティブにしろネガティブにしろ地雷にしかならない気がして俺は麦茶と共に言葉を呑み込んだ。結露した雫がテーブルを濡らす。


「めっちゃ可愛い娘だからたぶん会ったら思い出すよ。写真とかあんまり撮りたがらないから今見せられなくて残念だなあ。性格もね、すごい良い娘なんだよ。私の二個下で普段は優しくてフワフワ天然系なんだけど、仕事はテキパキしてるし、酔っ払い客のあしらいとか社員より上手いの。前に、店員のストーカーぽくなって出禁になったキモい客がいてさー、そいつ店の外で出待ちするようになって最悪だったんだけど店長は全然アテになんなくて! そいつのこと、美咲が撃退したんだよ」

「マジかよすげえなどうやったんだよ、つか何だよストーカーって……怖すぎだろ」


 ストーカー話が気になって美咲の人柄どころじゃなくなった。酔っぱらいに絡まれるのだっていつも心配なのに。いずみが変な奴に付き纏われることを想像してゾッとしたし想像の中のストーカー男に殺意が湧いた。

 美咲のことを可愛いと評する当のいずみも、十分に美人なのだ。ショートボブの似合う小顔で、キリッと吊り上がったアーモンド型の目がスタイリッシュで……


「ねえ話聞いてる?」


 聞いてなかった。怒って眉根に皺を寄せる顔もまたグッとくるとか思ってごめんなさい。正直に謝ると、いずみはまたころころと笑った。

 取り繕ったり嘘をついたりができないわけじゃないけど、いずみの前では本音を隠さずにいようと決めていた。隠し事をされるのをいずみが嫌うからだ。まあ大抵の人間は恋人に隠し事されたくはないだろうが。

 少し真面目な表情になっていずみは続ける。


「私や美咲がどんなに頑張っても、やっぱり女ってだけで舐めてかかってくるお客さんっているからさ。今年から風斗くんが来てくれて、そういう人の相手全部引き受けてくれるようになったから私達の負担凄く減ったんだー。さっきも言ったけどホント助かってるんだ、今じゃお店の用心棒って感じ」


 迷惑客と言っても所詮ぐでぐでの酔っ払いやアルコールで気が大きくなって調子に乗ってるような奴等だけかと思いきや、マジのヤバい奴の相手もしているらしい。厄介男の厄介さは、いずみ達にしてみれば男性の自分が想像するよりももっと怖いものなんだろう。対応できる美咲は凄いが、そこまで鍛えられるほどに場数を踏んでいるのだと思うと俺が手放しで褒めるのも違う気がした。

 男性従業員は他に何人もいるそうだけど、風斗はその中でダントツに図体がデカいらしい。街中に出れば黙ってその場にいるだけでビビる奴も多い。家では邪魔にしか感じないあの巨漢が、職場でそんな風に重宝されているとは。


「そっかあ。暴れ出す客がいたら全っ然盾にして良いからな。あいつ身体だけは頑丈だから。ちょっとくらい刺されても腹肉でガードできるわ」

「刺されちゃうのは飲食店だし衛生的に困るかなあ」


 風斗への悪口を下手に諌められるより、こうして軽くノッてくれる方が逆にブレーキが利いてありがたい。

 弟のことを何もできない役立たずと思っていたのが、マジでちゃんとお店に貢献できていると聞いて素直に安心した。クビになったらなったで笑いものにしてやるだけだが、社会で必要とされる存在になるに越したことはない。このまま大学を卒業してからも真っ当に働いて、とっとと家から出て行ってほしい。俺の人生からも。


「風斗君には旅行でもボディーガードお願いしちゃうかもね。美咲の故郷だし滅多なことはないだろうけど。車の運転は聡太頼みになるし、男性陣に頼りっぱなしになっちゃうなー。車内で食べるおやつ沢山買っとくからね! 今から超楽しみ」


 いずみが横から俺のスマホを覗きこむ。休日のスケジュールはほとんど埋まっていない。さっき打ち込んだ「旅行」の二文字が輝いて見える。いずみが楽しみなら、俺も楽しみになってきた。考えてみれば、いずみと付き合いだして初めての旅行だ。

 距離感というかノリというかとにかくいずみはこれまで付き合って来た女性達の中で一番“合う”。だから何年も一緒にいるような錯覚を起こしてしまうけど、交際を始めてまだ数ヶ月しか経っていない。今回の旅行だけに留まらずにこの先色んな思い出を作りたい、末長く一緒にいたいと思っているのだ。こないだいずみにそれとなく匂わせてみたら「気が早い」って笑われてしまったが。


「そういや、三人も同時に仕事休んで大丈夫なのか? 三連休なんてかき入れ時じゃん」

「ふふふ。私も美咲もデキる女だからね。その辺の根回しは抜かりない! 来月休みたいから、って今月は何人かのシフト巻き取ってあげて恩を売ってるとこなんだ。ちょうど聡太も忙しくて私時間あるからさー」

「風斗が休む分は?」

「そこはこれから交渉しなきゃかな。でも店長は美咲に頭上がんないから、多分何とかなるよ」


 店長だけでなく風斗も頭が上がらなくなりそうだな。もう既になってるかもしれない。

 いずみが垂れ下がってくる横髪を耳にかけると、ぽつぽつとピアス穴の開いた形の良い白い耳が露わになる。この後シフトが入っているとのことで全て外している。

 飲食店での仕事なのでピアス含めアクセサリー類は禁止、ネイルも同じくとのことでいずみは普段から割と装飾の控えめな格好をしている。それでも爪の形はいつも手入れされていて、清潔な光沢がある。目鼻立ちの良さだけじゃない澄んだ魅力がいずみにはある。

 ストーカーとまではいかなくても男の店員や客から好意を寄せられることはこれまでにもあったんだろうな。聞いても良い気持ちにはならないから、あえて触れないようにしているが。

 美人大好きの風斗が、いずみに目をつけなくて良かったと本気で思っている。風斗の心を奪ってくれた美咲には感謝してもしきれない。彼女にとってはあんな奴に想いを寄せられて迷惑だろうが。

 美咲は現在、恋人も意中の人もいないらしいが、それが風斗に有利に運ぶことはないだろう。彼女のことをよく知らないけど、知らなくてもわかる。いくら職場で多少頼りになるとはいえ、食い意地の張ったデリカシーの無い巨漢男をわざわざ選ぶとは思えない。

 美咲には、振るにしてもできるだけ長く風斗の視線を引きつけておいてほしいと勝手ながら願っている。弟が出て行かないなら、俺がいずみと結婚して家を出るのだ。


 とにかく、俺は風斗から離れなければいけない。お互いのために。

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