兄というのは損な役回りだ。

 少しばかり早く生まれたってだけで、弟の責任を何割かも背負わされるハメになる。殴って泣かしたら当たり前に怒られるし、弟が勝手にケガして泣いてても怒られる。何で見ててやらなかったんだ、とまるで俺が原因みたいに言われる。決まって「お兄ちゃんでしょ」と語尾につく。当の弟本人は気が済むまで泣くだけ泣いて、落ち着く頃には大抵全てのコトは丸く収まっている。大人の形ある怒り、つまり拳骨や叱責は俺に吸収され、後に残ったたっぷりの心配と優しさを潤んだ瞳で享受するのが弟の役割だった。

 弟が泣くとロクなことにならない。兄になんてなるもんじゃない。でも血の繋がりを断つなんてできない。子供の頃なんかは特に、重い鎖みたいに思っていた。

 弟はといえば、甘やかされる側らしさたっぷりの自説を身につけていた。いわく、「自分は皆から愛されている」だ。理論でも何でもない、単に親が甘やかしまくって俺にも甘やかさせたせいで刷り込まれたおめでたい思い込みだった。好きなもの好きなだけ食うへちゃむくれのくせにな。

 五つ離れた風斗は、図体だけはでかい白くふっくらとした、良く言えば鷹揚な、悪く言えばどうしようもないグズな男に育った。

 俺はと言えば、兄であるのに早々に身長は追い抜かされ成長期も早くに終わり、低身長ではないが高くもない、ギリギリ中肉中背のスタイルに収まった。グズではないけどクズかもしれない。弟に対してだけだ。


 クズな俺は、弟の尻拭いやツケを払う生活に嫌気が差して、コイツ殺してやりてえなと何度思ったかしれない。

 でもそれは言葉のアヤで、心の底から思ったことは……ギリギリ数えられるくらいにしかない、と思う。

 とにかく、本気じゃなかった。そうなるなんて思わなかったんだ。

 憎たらしい奴がいて、死んでくれって思うなんて誰だってあるじゃん。

 で、都合良く誰かが殺してくれる人生なんてあるわけないし、そんなのりだしたらキリがないし、そもそも誰も心の底からは――たぶん――望まない。


 なあ、だから嘘だって言ってくれよ。

 俺、本当に風斗を殺したかったわけじゃないんだ。

 頼むよ、返してくれよ、俺の弟を。

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