第2話 👔 住宅ローンとボーナスカット:飯塚誠の受難⇒第4話
2ヶ月前
誠は、宇都宮市内のメインバンクの支店に入った。予約なしでの訪問だったが、「住宅ローンの返済相談」という緊急性の高い理由で、すぐに担当者――青白い顔をした若手の行員――が対応した。
「飯塚様。会社の業績悪化によるボーナスカット、誠に遺憾でございます」行員は定型的な慰めの言葉を述べた後、すぐに本題に入った。「しかし、住宅ローン契約のボーナス払い比率は、誠様ご自身が署名されたものです。50%カットとなると、不足分は約95万円。これを月々の支払いに組み込むのは…」
行員は計算機を叩き、顔を上げた。
「月々の返済額が、現在の約1.5倍になります。給与明細を拝見する限り、これは現実的ではありません」
誠は、ごまかしのない数字を突きつけられ、胃の奥が冷たくなるのを感じた。
「あの、両親との二世帯住宅なのですが、彼らが負担した頭金から、不足分を補填してもらうことは…」
「それは、誠様ご家族間の問題でございます。ローンの契約主体はあくまで飯塚誠様個人であり、ご両親の金銭援助を強制することはできません」
銀行の態度は冷徹だった。契約書という名の鎖が、誠の首を絞めている。
「他に、方法は…?」
「二つございます。一つは、ボーナス払いを一旦停止し、期間を延長して月々の返済に組み込むリスケジュール。ただし、総返済額は増えます。もう一つは、低金利の他行への借り換えです。手数料を考慮しても、メリットが出る可能性はございます」
誠は、すぐにその場でリスケジュールを申請した。時間は彼に残されていない。
「借り換えについては、家族と相談して再度ご連絡します」
銀行からの帰り道、誠は自宅ではなく、新築を設計した建築事務所に向かった。親からの支配を断ち切るには、この家の**「真の価値」と、「誰が真の主導権を持っていたか」**を把握する必要があると感じたからだ。
担当の設計士は、誠の訪問に戸惑いの色を隠せなかった。
「飯塚様、どうかされましたか?新居で何か不具合が?」
「不具合ではありません。一つ、確認させてください。設計の段階で、私と妻の希望は、平屋、もしくはコンパクトな二階建てでした。しかし、最終的に二世帯の豪邸になったのは、誰の意向が強かったのですか?」
設計士は視線を泳がせた。
「それは…主に、お父様とお母様のご意向が…」
誠はさらに問い詰めた。「なぜ、私の収入状況やローンの負担能力について、ご両親に詳しく説明しなかったのですか?私がローンを組んでいるのは、あなた方もご存知のはずです」
設計士は深くため息をつき、小さな声で告白した。
「申し訳ありません。実は、当初の設計の際、お父様が明確にこう仰っていたのです。『資金計画については、こちらで責任を持つ。息子には、口出しするなと伝えてある』と。そして…契約書とは別に、設計費用の一部と、オプションのグレードアップ費用を、お父様が現金の裏金として支払っていました。その額、約500万円…」
誠の目の前が真っ白になった。父は、誠のローンの裏で、自らの望む家のために、秘密裏に資金を投じていたのだ。その行動は、この家が最初から「親の持ち物」であり、「誠のローンの義務」はその維持費に過ぎないという父の明確な意思を示していた。
誠は、設計士から得た情報と、裏金の証拠となる資料のコピーを手に、自宅へ急いだ。
リビングには、相変わらず母が座っていた。しかし、誠の顔つきを見て、母の笑顔が凍りつく。
「…誠?どうしたの、その顔」
誠は、テーブルに資料を叩きつけた。
「母さん。父さんは、契約書とは別に500万円の裏金を設計士に渡し、この家の仕様を勝手にグレードアップさせていた。僕のローンを増やす原因を作ったのは、父さんたちの見栄だ」
母は目を丸くした。
「そんなこと、知らなかったわ!」
「知らなくても関係ない。この家のローンの責任は僕にあるが、この家の支配権は誰にある?父さんたちの自己満足のために、僕の人生が破綻するんだ!」
誠は深く息を吸い込み、続けた。
「最終通告だ。今から、父さんと一緒に銀行に行く。そして、父さんが出した500万円の中から、ボーナス不足分を全額補填してもらう。それができなければ、僕は弁護士に相談し、住宅ローン破綻による自己破産の手続きに入る」
母は顔色を失った。
「破産なんて…冗談でしょう!お前の父さんが、そんなことを許すわけ…」
「許さない?構いません。僕が破産すれば、この家は銀行に差し押さえられ、父さんたちが出した頭金も裏金もすべて水の泡だ。父さんは、そうなる方がいいのか?」
誠の言葉は静かだったが、その瞳の奥には、これまで見たことのない冷徹な決意が宿っていた。それは、親の支配という名のコンクリートの牢獄から、自力で脱出しようとする、誠の最初で最後の反撃だった。
その日の夜、誠は自宅の二世帯住宅の二階、自らの部屋のベッドで眠りに就いた。彼の心は、銀行の冷徹な数字、父の裏金の裏切り、そして母に突きつけた「破産」という最終通告によって、嵐のように荒れ狂っていた。
眠りは浅く、すぐに混沌とした夢の中に引きずり込まれた。
夢の中の風景は、濃い霧に覆われた**
誠は、甲冑をまとった一人の武将になっていた。その名は
対岸には、やはり甲冑姿の老将が立っていた。父、斎藤道三。その眼光は鋭く、誠(義龍)を見据える瞳には、軽蔑と傲慢さが混じり合っていた。
夢の中の道三は、義龍に向かって嘲るように言った。
「義龍よ。お前は、このわしが築き上げた城の上で、わしの施しによって生かされているだけの、**わしの『虚像』**に過ぎぬ。お前の血には、わしの智慧も、強さも、ない」
道三の声は、誠の父の傲慢な声と重なった。「資金計画については、こちらで責任を持つ。息子には、口出しするなと伝えてある」— あの侮蔑の言葉だ。
義龍(誠)は全身を震わせ、槍を強く握りしめた。
「父上! 私は、父上ご自身が望んだ形で作られた**『家』の番犬ではない! 私は、私の生きる場所、私の『領地(人生)』**を、自らの力で治めたいのだ!」
道三は冷笑した。
「領地だと? この美濃一国、お前が踏みしめる一寸の土地すら、わしの血と策によって得られたものだ。お前は、わしの**『設計図』**から一歩も外れることはできぬ」
その瞬間、義龍(誠)の怒りが頂点に達した。
「違う! 私の人生は、私のものだ!」
長良川の河原に、怒号が響く。義龍の軍勢が、道三の僅かな供に襲いかかった。これは、最早、和解の余地なき、支配からの決別を意味していた。
道三は、最後まで義龍を「取るに足らない若輩」と侮りながら、刃に倒れた。
誠が夢から跳ね起きたとき、部屋はまだ暗かった。全身から冷や汗が噴き出しており、手のひらには布団を強く握りしめた跡が残っていた。
「虚像…設計図…」
義龍が父の支配から逃れるために、最終手段としての武力(殺害)を選んだように、誠もまた、父の支配構造から脱するために、**最終手段としての「破産」**というカードを切ったのだ。
斎藤義龍は、道三を討ち取ったことで、美濃の真の主権者となった。誠もまた、この戦いに勝てば、家のローンという名の支配から解放され、自らの人生の主権者になれる。
夢は、誠に恐ろしいほどの覚悟を植え付けた。
翌朝、誠がリビングに降りると、母が憔悴した顔で座っていた。父は、誠が家に帰る前に、ゴルフに出かけていたらしい。
午前10時。父が帰宅した。その顔は、ゴルフで気分転換をしたせいか、機嫌が良いように見えた。
「誠。昨日は何を大声を出していたのか知らんが、ローンだなんだと騒ぐものではない。私が何とかする、と――」
父はいつものように、自分の権威で全てを収めようとした。
誠は、父の言葉を最後まで聞かず、冷静に言った。
「今から、メインバンクに行きます。リスケジュールの書類を出すのと、ボーナス不足分95万円を、父さんの裏金500万円の中から補填してもらう手続きをするためです」
父は顔色を変えた。
「裏金?何を馬鹿なことを言っている!私がお前に金を出す必要がどこにある!」
「必要はありません。しかし、父さんが裏金で設計をグレードアップさせなければ、僕の今のローンの負担は、こんなに重くはなかった。これが原因です」
誠はさらに続けた。
「父さんが、僕のローンの責任を負いたくないなら、構いません。僕は今日、銀行でリスケジュールを一旦凍結し、弁護士に連絡して自己破産の準備に入ります。もちろん、この家は差し押さえられます。父さんたちの500万円の裏金も、頭金も、すべて水の泡になる。父さんが築いたこの家の**『設計図』**は、破り捨てられます」
父の顔から、血の気が引いた。彼は自らの「権威」と「築いたもの」が崩壊する恐怖に直面した。
「…待て」
父は震える声で言った。
「…わかった。銀行に行こう。しかし、その裏金だなんだという話は、銀行員の前では一切するな」
誠は静かに頷いた。
「もちろんです。これは、父さんが出した資金を、息子が受け取る、という形で行います。私の人生の支配権は、今日、ここで終わりです。父上」
誠が、夢の中で義龍が道三に投げつけたのと同じ、冷徹な視線を父に向けたとき、父は完全に言葉を失い、戦意を喪失した。
この日、誠は住宅ローンという名の支配から、一時的に自由を勝ち取った。しかし、この戦いで彼が得たのは、親に対する決定的な不信感と、そして**「最終手段を使う覚悟」**という、冷たい武器だった。
(次の展開は、この覚悟と武器が、苗場でのヘリコプターと利権の秘密とどのように繋がっていくか、という点に焦点を当てて描いていきます。)
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