盲信 ― 旧友
※この日本語版はAI翻訳による仮翻訳です。
後ほど正式な翻訳に差し替えます。
床も、壁も消えていた。
そこに残っていたのは――ただの白。
光ではない。
霧でもない。
ただの白。
距離も深さも奪い去る、絶対的な白。
その虚無の中に、小さな石の島が浮かんでいた。
まるで、忘れられなかった“思考”の欠片のように。
周囲には岩片が浮遊し、かつて重さを持っていた世界の破片だけが残っていた。
風は吹かない。
音もない。
温度さえ存在しない。
あるのは――呼吸だけ。
自分の呼吸だけ。
そして、白の地平の彼方から微かに響くものがあった。
時計だ。
カチッ。
カチッ。
カチッ。
フードをかぶった男が歩み出た。
彼の外套は長く、深い灰色。
かつては威厳をまとっていたはずだが、いまは裾がほつれ、縁は擦り切れている。
糸が煙のように漂い、何百年という時が彼の名を忘れてしまったことを静かに語っていた。
フードの奥の顔は見えない。
だが、その肩の落ち具合、その静かな佇まいは、確かに“人間”のものだった。
疲れ切った、長い時を生きた者の姿。
彼の前には、別の“人影”が跪いていた。
人の形をしているが、全身が無数の黄金の鎖に覆われている。
鎖は背後へと収束し、巨大な三角形の封印を形作っていた。
三つの光点が黄金の線で結ばれ、完璧な幾何学として白の世界に脈動している。
すべての鎖はその封印へと吸い込まれ、中心に縛られた存在を規定しているかのようだった。
一つひとつの輪が静かな神性を放ち、空気さえ歪ませるほどの重さを宿していた。
囚われた影は、人型だが真っ黒で特徴がない。
ただ――
その瞳だけが、**小さな“白い穴”**のように光っていた。
フードの男は石の島の端で立ち止まり、しばらく沈黙したまま呼吸を整えていた。
荒く、かすれた呼吸。
そして、長い沈黙の後――声を発した。
「……お前を責める気はない。
あの選択をしたことを。」
声は掠れ、砂を引きずるように重かった。
一拍置いて。
「――旧友よ。」
影は答えない。
ゆっくりと顔を上げた。
その動きは、時間そのものの重さに押し潰されているかのようだった。
互いの顔は見えない。
しかし、沈黙だけで伝わる理解があった。
同じ背丈。
同じ影。
けれど、永遠で隔てられた二つの存在。
男はまた口を開いた。
今度は、少し柔らかい声で。
疲れと優しさが混じったような響きで。
「……始まるんだな。」
声が白の中に溶けていく。
「“脈動(パルス)”が……
もうすぐ。」
遥か彼方で、白の世界が震えた。
黒い歪みが連続して生まれ、紙に穴を開けるように、
黒い円が次々と咲いていく。
カチッ。
カチッ。
カチッ。
黄金の鎖の影はゆっくりとそちらを見つめ、
世界が折れ曲がる様を見届けた。
それから――静かに前へと視線を戻す。
フードの男は消えていた。
残っているのは黄金の鎖だけ。
その輝きは脈動し、消えない鼓動のように淡く光っていた。
そして、白の彼方で――
リヴァイアサンが身じろぎし、
静かに、哀しんだ。
太陽が丘の向こうから昇り、
淡く暖かな光が金色のように野原を撫でていった。
その光はエリラの肌にやわらかく降り注ぎ、
まるで彼女自身がきらめいているようだった。
空気は澄んでいた。
濡れた草と、遠くの川の匂いを運ぶ、朝特有の澄んだ空気。
低い茂みの間を、小さな野ウサギたちが駆け抜けていく。
エリラは鼻歌を歌いながらカイロの隣を歩いていた。
カイロはちらりと彼女を見た。
朝日に照らされて光を反射する、小さな王冠――それに目を奪われるように。
そして口を開いた。
「待て……お前、本当に苗字を知らないのか?」
エリラは立ち止まった。
一瞬、返事をしなかった。
笑みが揺らぎ、視線が落ちる。
「……うん。」
その声はやさしく、どこか恥じらいを含んでいた。
まるで、自分が知らない夢から目覚めたばかりのように。
カイロはわずかに眉をひそめる。
「本当に……名前しか覚えてないって言ってたの、あれ本気だったのか。」
エリラはパッと顔を上げた。
「違うよ、それは……本当じゃない。」
彼が返す前に、エリラはそっと彼の手をつかんだ。
指先は軽く、けれど何かを証明しようとする必死さがあった。
桃色の髪がカイロの銀髪に触れ、彼の頬にあたたかい息がかかる。
「カイロ。」
明るい瞳がまっすぐに向けられる。
「あなた、何歳?」
予想外の質問だった。
なぜ突然……?
「……十七。」
答えた瞬間、エリラの口元に柔らかい笑みが咲いた。
陽の光さえ少し明るく見えるような、そんな笑み。
「じゃあ、私の方がお姉さんだね。私は――」
言葉が途中で止まった。
声がひびき、表情に小さな混乱が走る。
何かが一瞬、内部で“切れた”ように。
「わ、私は……十九歳。」
最後の言葉はかすれていた。
まるで、自分のものではない記憶を思い出したような遠い響き。
カイロが目を細めた、その時――
朝の空気を裂くように、別の声が割り込んだ。
「いやぁ、可愛いじゃねぇか。お前ら。」
声が、二人のちょうど間から聞こえた。
カイロは固まった。
いつの間に――?
反射的に刀の柄へ手が伸びる。
鞘から抜かれる音が鋭く響く。
カイロは即座に声の主へと向き直った。
男は一歩だけ下がった。
驚いてはいない。
ただ、無造作で気だるげな笑みを浮かべている。
黒髪はぼさぼさで、三十代ほどに見える疲れた顔。
目の下には濃いクマ。
日差しに焼けて色の抜けた古い外套をまとい、旅の匂いをまとっていた。
カイロの心臓が一度だけ、強く鳴る。
――速い。
「こうしようか。」
男は掠れた声で言い、どこか遊ぶような口調だった。
「坊主、お前が俺に一撃でも当てられたら……この嬢ちゃんと一緒に行かせてやる。」
カイロの手が強く柄を握る。
「なにを――」
「でも。」
男は指を一本立てて遮る。
「当てられなかったら……一分後、お前らがどこへ向かってるか教えてもらう。」
空気が一気に張り詰めた。
エリラが小さく後ろへ下がる。
男の“速さ”ではなく――
その異常な“余裕”が、カイロを最も不安にさせた。
あまりにも、落ち着いている。
カイロは視線をそらさず、小声で囁いた。
「エリラ、下がって。」
彼女の耳元にだけ届く距離で続ける。
「……こいつ、危険だ。
ヤバくなったら、逃げろ。」
男はあくびをし、腰の錆びた短剣を二本抜いた。
「準備はいいか?」
気の抜けた声で言う。
「それとも、もうちょい待ってほし――」
言い終える前に、カイロが飛び込んだ。
肘を突き出し、男の鼻を狙って一直線。
しかし――
肘は“鉄”に弾かれた。
男が短剣で受け止めていた。
その瞬間、衝撃がカイロの腕を走る。
「家で礼儀でも習わなかったのか?」
男は淡々と呟いた。
カイロは身を引き、目を細めた。
男の蹴りが高く振り抜かれ、頭上で空気が裂ける。
カイロは身を低くしてかわし、すぐさま脇腹へ蹴りを入れた――
――だが、骨が軋むような感触はなかった。
乾いた「パシッ」という軽い音だけ。
男が、まるで面倒を払うように軽く足を弾いたのだ。
それが逆に侮辱に思えるほど、雑で余裕のある動きだった。
なんだこいつ……?
カイロは止まらない。
体をひねり、完璧な軌道で三日月のように蹴りを繰り出す――
だが男はまた軽く弾いた。
effortless に。
興味もなさそうに。
衝撃は確かにカイロの脚に返ってくるのに、
相手は力を受け流し、消してしまう。
男の黒いズボンはほとんど揺れない。
まるで、蹴った相手が“壁”だったかのようだ。
エリラは二人の動きを見つめていた。
速く、滑らかで、まるで舞踏のステップのよう。
その光景に、彼女の口元には小さな感嘆の笑みが浮かぶ。
カイロは再び距離を詰め、
兵士同士の本気の戦闘を想定した、鋭く無駄のない肘打ちをファランの顎へ向けた。
だがファランは、だるそうに腕を上げただけで受け止めた。
鈍い音。
それだけ。
踏ん張りも、よろめきもない。
肩に力さえ入っていない。
ただの“軽い受け”。
カイロは歯を噛みしめる。
なんだ……こいつ……
隙がない――一つも。
呼吸の間すら、入り込めねぇ……!
ファランの目は変わらなかった。
楽しんでもいない。
驚いてもいない。
ただ静かで――まるで、駄々をこねる子供を相手にしているかのようだった。
「カイロ!」
エリラが危険な状況にもかかわらず明るい声で呼ぶ。
「……すごく、かっこいいよ?」
その瞬間、男が swing の途中で吹き出した。
「観客がいるなら、もっとやる気出たんだけどなぁ。カイロ、だっけ?」
カイロは歯ぎしりしながら返す。
「黙ってやれないのか?」
「黙ったらつまらないだろ?」
一拍。
ファランが一気に距離を詰める。
カイロは拳を繰り出す――完璧な軌道。
拳が“錆”に当たる。
錆が皮膚をかすめた。
カイロは黒いブーツを地面に強く叩きつける。
ドンッ。
砂と埃が激しく舞い上がり、視界を一瞬で覆う。
濃い砂煙が渦を巻き、二人の周囲を飲み込んでいく。
男は即座に反応し、短剣を構えて防御姿勢を取った――
だがカイロの足は空を切った。
わざと外している。
砂埃が濃く渦巻き、息が苦しくなるほど視界を奪う。
世界が一瞬、淡いベージュ色の霧に溶けた。
男の目が細くなる。
慎重に周囲を見渡す。
遠くに、桃色の髪の少女――
胸元で手をぎゅっと握りしめ、目を見開いているのが見えた。
だが白髪の少年は――
いない。
ガキィン。
錆が、再び金属に触れた。
カイロは踏み込み、左肩から鋭い弧を描いて刀を振り上げた。
本物の斬撃。
速く、無駄がなく、鋭い一閃。
男は短剣一本でそれを受け止めた。
二人の間で鋼が悲鳴を上げる。
男はニッと口角を上げた。
「悪くねぇな。」
カイロはさらに踏み込み、男の間合いに潜り込む。
拳ではない――掌打。
胸元へ向けた、体勢を崩すための的確な一撃。
エリラは瞬きをし、息を呑む。
二人の動きがあまりにも滑らかで、戦いというより、
危うい舞踏のように見えた。
ファランは笑う。
そしてその掌を――
まるでダンスの相手の手を取るように、柔らかくつかんだ。
カイロは予想外の軽さに腕を引き戻し、半歩よろめく。
すぐに持ち直す。
刀を右手から左手へと一瞬で持ち替え、
重心を落として下から斬り上げる。
相手の足を切り崩すための、迅く鋭い刃。
だが男は――
片足のまま沈み込み、しゃがみ込みの姿勢で受けた。
同時に短剣が一閃する。
ガキィン。
短剣が、刀の柄を正確に弾いた。
カイロの手から刀が離れ、空を回転しながら飛んでいき――
近くの木にドスッと突き刺さった。
カイロが固まる。
男は自然な動きで立ち上がり、
短剣を両手に持ったまま一歩、また一歩と近づく。
そして――
喉元へ、短剣の刃がそっと触れた。
エリラの瞳が大きく開かれる。
声が割れた。
「やめて!!」
エリラの肩の横に――
翡翠色に輝く水晶の心臓が現れた。
脈動するように一度だけ光り、
――水が爆ぜた。
轟音とともに波が男へと叩きつけられる。
だが男は動かなかった。
防がない。
避けない。
仰け反らない。
ただ――受けた。
その身にぶつかる水の勢いを、
まるで“世界の方が諦めた”ように無効化して。
水は彼の外套を濡らし、ぽたぽたと落ちていくだけだった。
彼は心底つまらなそうにため息をつき、
短剣を再び構えなおす。
刃がカイロの首筋に触れる。
細い線が走り――
血が一滴、滲んだ。
エリラの心が沈む。
カイロは目をぎゅっと閉じた。
終わる――。
静寂。
男は刃を引いた。
そして一歩、後ろへ下がる。
「――一分経った。」
短剣を収め、気怠い声音で続けた。
「で、どこへ向かってんだ?」
カイロは動けない。
息は荒く、
皮膚は冷たかった。
――俺、死んだのか?
死んだ……?
死んだ……?
エリラが駆け寄る。
震える手でカイロの首に触れ、
傷を探す。
……ない。
跡すらない。
水晶の心臓も消えていた。
光も、振動も、存在そのものが。
「カイロ……」
かすれた声で呼ぶ。
カイロは震える指で喉に触れる。
触れた肌は――
なめらかだった。
血もない。
痛みもない。
何もない。
カイロは唾をのみ込んだ。
自分の心臓の音だけが耳に響いていた。
なんだよ……
こいつ……何者なんだ……?
エリラを見る。
彼女もまた、不安と恐怖を抱えた目でカイロを見返していた。
男は数歩離れた場所に立ち、半分閉じた目でふたりを眺めていた。
肩越しに振り返り、
興味があるのかないのかわからない、気の抜けた声で言う。
「えーっと……」
首の横を掻きながら、静寂を破るように声を発した。
その声は荒れているのに、どこか人間味があった。
ここに現れてから初めて、彼を包んでいた“緊張感”が薄らいだ。
「まぁ……俺はファランってんだ。」
「そんで、お前がカイロで合ってるよな?」
カイロは動けなかった。
刃が触れたあの冷たい感覚がまだ喉に残っていて、返事ができない。
ファランは気まずそうに後頭部をかきながら続けた。
その表情には、ほんの少し照れくさささえあった。
「年の割には悪くねぇ。
ちょっと無茶しすぎだが。」
視線がエリラに移る。
「で、お嬢ちゃんは?」
エリラはためらった。
鼓動はまだ早いまま。
こめかみに汗が滲み、必死に声を出そうとしている。
「わ、わたしは……」
喉から震えた声が漏れる。
深く息を吸って。
「……エリラ。」
その声は小さく、弱々しく――
自分の名前を言うことさえ怖いかのようだった。
ファランは一度だけ頷いた。
「エリラ、ね……」
鼻から息を抜き、残っていた緊張が完全に消えていく。
「聞いたことねぇな。」
半分冗談、半分皮肉のような口調。
「お前、適当に言ったんじゃねぇの?」
カイロが鋭い目で睨む。
だがファランはその反応を楽しむようにニヤッとした。
彼は体を少し傾け、シャツの裾を持ち上げて無造作に腹を掻いた。
そして大きくあくびをする。
何日もろくに寝ていない男のような、長く気だるいあくび。
もはや、敵意はどこにも感じられない。
あるのはただの疲労。
そして、薄い人間らしさ。
ふたりが返事をする前に、ファランは肩を回し、
短剣をすでに腰へ戻していた。
「でだ。」
首を傾け、あの気怠い口調に戻る。
「カイロとエリラ。
お前ら、どこへ向かってるんだ?」
エリラが瞬きをする。
声は柔らかく、不安げだった。
「どこへ……?」
首を少し傾け、風に問いかける花束のような表情で続ける。
「それを……知りたいの?
わ、わたし……わからない。」
不安の中にも、小さな微笑みがにじむ。
カイロは短く息を吐く。
「……ハロヴィウムだ。」
ファランは片眉を上げる。
「ハロヴィウム?
なんでまたそんな場所に?」
エリラも不思議そうにカイロを見た。
「ハロヴィウム……?」
カイロは頷く。
その声は平静に聞こえて、しかし重かった。
「……父さんの最後の願いだった。」
「そこに、“会いに行くべきもの”がいるって言ってた。」
短い沈黙。
そして、静かに――
「……父さんは死んだ。」
その言葉は、どんな刃よりも重く突き刺さった。
空気が止まった。
木々の揺れさえ凍りついた。
ほんの一瞬、世界そのものが呼吸を忘れた。
ファランの表情が和らぐ。
ほんのわずか――だが、確かに。
彼は視線を落とし、静かに一度うなずいた。
「……そうか。」
沈黙。
そして、ゆっくりと風が戻ってきた。
ためらいがちなそよ風が、遠くの葉擦れの音を運んでくる。
世界が、ようやく息を吐いた。
ファランは肩を回し、袖についた土を軽く払った。
「まぁ、力抜けよ。」
口元にかすかな笑みを浮かべながら続ける。
「一緒に行っても、悪かねぇだろ?」
エリラに向かって微笑む。
小さくて、疲れていて――けれど確かな温かさ。
そしてカイロへと視線を移すと、
その目にはほんのわずかな期待の光が宿っていた。
ファランは手を差し出した。
握手を求めるように。
「それに……」
挑発にも似た、わずかに挑むような笑みを浮かべて。
「お前には、教えてやれることがいくつかある。」
差し込む陽光が三人の間に広がる――
疲れたベテラン。
警戒心を手放さない少年。
そして、さっき見た出来事の重さをまだ理解しきれていない少女。
朝から続いていた空虚さが、ほんの少しだけ薄れた。
世界が、少しだけ温かくなった気がした。
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