第3話
数日後、私は意識して男を探すようになった。
朝の坂道。
駅の脇。
公園。
男は日によって出現場所が違った。
ある朝、コンビニ前でパンを食べる男を見つけた。
踊ってはいない。
ただ、静かにパンをちぎっていた。
よく見ると、パンは値引きシールが貼られた菓子パンだった。
コートの袖口はほつれ、靴は片方だけテープで補修されている。
顔には疲労の影があり、目の下には隈が濃く浮いている。
店員が出てくる。
「ちょっと、ここで食べないでくれる?困るんだよね」
男は固まり、小さく頭を下げた。
「すいません」
「トイレも勝手に使わないでよ。お客さん困るから」
その声は冷たく、刺さっていた。
男は、パンくずが落ちないように胸元で包み込みながら外へ出た。
外に出ると、肩が少しだけ落ちた。
悔しさでも怒りでもなく、もっと複雑な重さだった。
そのとき、男はパンの袋の裏側に印字された賞味期限を指でなぞった。
ただの数字なのに、
男はそれをじっと見つめ、
"何かを思い出したように"呼吸が止まった。
ほんの一秒。
だがそこには深い影があった。
――賞味期限。締め切り。支払い期日。
かつて"普通の生活"を構成していた無数の日付たちの残響。
次の瞬間、男はその影を振り払うように歩き出した。
足を引きずるように、それでも前へ。
(……何を見たんだ)
私は胸の内に小さなざらつきを覚えた。
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