第32話:交錯する心
夜明け前の街は、深い静寂に包まれていた。
資料室の端末の光が、カナタの顔を淡く照らす。
カナタは静かに目を閉じた。
手にあった熱と痛みは、すでに全身へと広がりつつあった。
カナタは母である霞子の姿を思い浮かべる。
彼女はかつて、はるか彼方まで届く希望の光を信じ、生まれたばかりの自分に「カナタ」と名付けてくれた。
母さんが託した、未来への名――
霧子は少し離れた位置から、その背中を見つめる。
姉の霞子の遺志、そして自分の守るべき息子の未来。
その重さに心を押し潰されそうになりながらも、冷静さを保とうとする。
霧子の視線には、責任感と深い悲しみが交錯していた。
カナタは目をそっと開くと、霧子へ微笑みかける。
「……霧子さん、ありがとう」
小さな声が静かに響く。
「……全部受け入れるよ。
母さんの願いも、僕の生まれてきた意味も……」
裂け目の揺らぎが室内を微かに震わせる。
翼竜は人類にとって脅威であり、カナタの力はそれを抑えるために必要だった。
しかし、力を使うたびに裂け目が干渉を受け、諸刃の剣となっていた。
自分がいる限り、翼竜は消えてはゆかない。
カナタは、自分を呼ぶ時空の裂け目に導かれる。
タイムパラドックスを終結させるため――
その力で翼竜たちの裂け目を閉じるため――
すべてを終わらせるため――
「カナタ……」
霧子は端末を見つめていた視線をカナタへそっと移す。
計画の全貌、姉の意思、そしてカナタの意義――すべてが交錯する。
「服部……僕は……」
カナタはゆっくりと振り返る。
戦場を共にした親友であり、兄のような存在に、寂しさと覚悟が入り混じっている瞳を向ける。
服部もまた、守ることができないもどかしさに、悲しみの混ざった視線を返す。
自分の思いは口にせず、かすれるような声で問いかける。
「……行く……のか……」
カナタは微かに微笑む。
恐怖も迷いもすべて受け入れた瞳は穏やかだった。
夜明け前の静かな街に、裂け目の揺らぎは、最後の訪れを告げていた。
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