第31話 Not epilogue, but prologue.

 さて、時は少しさかのぼる。

 過労死した社畜が、神様から「異世界に転生させてあげるよ」とそそのかされた直後の出来事だ。


「本来生まれるはずだった命はどうなるんですか」


 僕は神様に問いかけた。

 神様は答えた。


「死産の赤子だから気にしなくていいよ」


 僕が神様と取り交わした言葉の切れ端の記憶。


 だけど、この話には続きがあって。


「とは言っても、保険制度も義務教育もない世界にいきなりポイは苦労すると思うんだよね。だから、本当に困ったときは一度だけ助けてあげるよ」

「本当に困ってます。助けてくれる回数を∞回に増やしてください」

「それはできない相談だねぇ」


 なんだよ、この神様使えないな。


「それじゃ、転生プログラムを起動するねー」

「えっ、ちょ、まだ受け入れるなんて言ってな――」

「汝の新たなる旅立ちに幸あれー」


 世界が輪転する。

 上下が曖昧になり、左右が無くなり、空間の前後が絶する。


 落ちていく。

 魂が異界に落ちていく。


(クソ野郎! いつか絶対ぶっ飛ばしてやるからな……!)


  ◇  ◇  ◇


 魂だけの存在に三半規管なんてないはずなのに、酷い酔いを感じながら目を覚ますと、闇の中にいた。

 息も詰まるような閉塞感を感じる。


 転生って、お腹の中スタートのパターンかよ。

 生まれた直後とか、生まれてから数年後のお約束はどうした。


 とにかく、僕は転生してしまったらしい。

 死産の赤子の肉体に潜り込む形で。


(……ん?)


 それは小さな違和感だった。

 死を直前に体験した僕でなければ気づけなかったかもしれない、些細なほつれ。


 僕に与えられた第二の人生の肉体、プラトン風に言うならば魂の牢獄。そこに、まだ、生まれる前の赤ちゃんの意識が残っている。


(ちょっと待て……! 死産の赤子じゃなかったのか? この子、まだ生きてるじゃないか)


 話が違う。

 僕は神様にヘルプコールを念じた。


『やあ、熱烈なラブコールをありがとう。どうしたの?』


 どうしたもこうしたもない。

 ひどいじゃないか。

 僕の転生先は死産の赤子。

 そういう話だったはずだろう?


『だから用意したじゃないか。死産になる赤子を』


 ……え?


『その赤子は死ぬ、まもなくね。そういう運命だったのさ。君が気に病む必要はない』


 ちょっと待て。


『元の宿主がいなくなれば、その肉体は完全に君のモノになる。これで不安は解消されたかい?』


 ちょっと待てって!

 僕はそういう話をしているんじゃない!


 つまり、お前はあれか?

 僕に、目の前の命を見捨てて、そいつに成り代わって一生を過ごせって言ってるのか?


『何が不満なの? 生前、君が望んだことだろう? もう一度やり直したい。後悔したままなんて嫌だ。次があればもっとうまくやれるのに』


 ……。

 違う。こんな形を望んだわけじゃない。


『形なんて関係ないでしょ。君は望み、ボクは与えた。それがすべてじゃないか』


 ……いま、はっきりとわかった。

 お前は神様なんかじゃない、悪魔だ。

 それもとびきり性格の悪い。


『なんだ、いまさら気づいたのかい? ま、せいぜい二度目の人生を楽しんでよ』


 悪魔が笑う。悪魔が笑う。

 悪魔の笑い声が、耳にこびりついて離れない。


『君の成功は約束されたようなものさ。もっとも、どれだけ成功を収めようと、生涯苦しみ続けることになるだろうけどね。あはははは!』


 悪魔が言う。

 ――僕は君が思っているような人間じゃないんだ。

 悪魔が言う。

 ――称賛の言葉を受け取る資格なんて僕にはない。

 悪魔が言う。


『君の苦しむさまを、ボクは楽しませてもらうからさ』


 悪魔は、ひょっとすると僕よりも僕を知り尽くしているのかもしれない。悪魔の語る未来はありありと想像できてしまい、抗いようのない真実味をもって僕を苛む。


 悪魔の言う未来は、きっと現実になる。

 僕はこれからさき、こいつの手のひらの上で踊らされ続けることになる。


 そんなのは、嫌だ。


 だからとっさに、口を衝いて出た言葉は――、


  ◇  ◇  ◇


『――君、正気かい?』


  ◇  ◇  ◇


 驚いた様子の悪魔に、僕は溜飲が下がる思いだった。


『わかっているのかい? 君が言っていることは、君が宿る肉体を得られないってことなんだよ?』


 僕が悪魔に持ちかけた取引。

 それは、悪魔の言っていた1回限りの救済措置を、この、生まれる前の小さな命に適用してほしいというもの。


『それだけじゃない、貴重な救済措置を失うんだよ?』


 構わない。


『今後どれだけつらい目に遭っても、ボクは助けてあげないよ?』


 構わない。


『君の決断なんて誰も知らない。誰も君を称賛しない。誰も君に感謝もしないんだぞ?』


 構うものか。


 僕はそもそも、死んだ命なんだ。

 他人の人生を奪ってまで生き延びたいなんて、我がままにもほどがある。


 けど。だけど。だけれど。


 こんな僕でも、最後の最後に誰かのために役立てるなら、それだけで、報われた気分だよ。


 だから、お願いだ。


『……後悔するよ?』


 しないさ。


『わかったよ。じゃあ、もう、好きにすればいい』


  ◇  ◇  ◇


 結論から言うと、取引は成立した。

 約束なんて反故にしてしまえばいいのに、律儀にも悪魔は僕の望みを叶えた。


 生きている。


 宿主の鼓動が聞こえている。


 生きている。


 僕みたいな紛い物の命じゃない。


 生きている。


 本来生まれてくるはずだった、正当なる命の権利者が、鼓動を鳴らして「生きている」を喜んでいる。

 こんなに嬉しいことは他に無い。


(でも、それはそれとして)


 この際だからはっきりさせておきたいんだけど。


(どうして、僕の意識は連続しているんだ?)


 僕の宿る肉体はもうない。

 肉体が魂の牢獄だというのなら、僕の魂を繋ぎ止めておく牢は無い。

 故に、この子の命が安定すれば、僕の意識は薄れ、いつかは消滅するんだろうと、勝手に思っていた。

 だけど、どういうわけか、この世界の法則ってのは僕が思っているものとは大きく異なるらしい。


  ◇  ◇  ◇


 それからしばらくして、僕は転生した。

 生まれてくるはずだった命と一緒に。

 いわゆる、二重人格ってやつ。


「ああぁあぁぁあぁぁっ!」

「はいはい、リリアちゃん、おっぱいでちゅかー?」


 悲鳴を上げた主人格ちゃんが、年若い女性に抱きかかえられた。女性はこぼれんばかりの豊満なバストを惜しげもなくポロリさせる。

 桜色の突起を、主人格ちゃんが必死に吸い上げた。


 リリアちゃん。

 僕が間借りしている肉体の、本来の持ち主。


「あら、リリア、お腹がいっぱいになって眠くなっちゃったの? その前にげっぷだけしましょうねー」

「……けぷ」

「リリアえらいえらいー、よくできまちたー」


 彼女がいまを生きている。

 そのことがたまらなく嬉しい。


(まあいいか。どうして僕の意識が連続しているかなんて)


 これも一種の、二度目の人生の形なのだろう。


 だったら、僕は僕の宣言通りのことをしよう。


 ――もう一度やり直したい。

 ――後悔したままなんて嫌だ。

 ――次があればもっとうまくやれるのに。


 ああ、もちろんさ。


(願わくはリリアちゃんの未来に、幸多からんことを)




 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄◥

   あとがき

◣_________

ここまでが1章+エピローグですので、もしキリがいいタイミングで★★★を投げようとお考えの方がいらっしゃいましたら、この機会にぜひお願いします!!

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