2章

第32話 挑発、ただし団体戦。

 セイファート王国、王立学園。

 もともとは貴族の教育のために設立され、ごく少数の才ある平民向けにも門を開くその学園に、一人の男子生徒がいる。


 王家、セイファートの長男。

 セドリック・フォン・セイファートである。


「くそ、ふざけるな!」


 彼は頭を抱えていた。

 目の上のたん瘤どころか天体くらいはあるとびきりの悩みの種、問題児リリア・ペンデュラムの対処についてである。


 彼は彼女の排斥に躍起になっていた。


 もともとはそうではなかった。

 セドリックは教えたことをすぐに覚える、優秀な王族として将来を期待されていた。

 その時期には次期国王と目されていた。

 期待を一身に背負っていた。


 歯車が狂い始めたのは、彼の妹がとある少女と運命的な遭遇を果たしてから。


 セドリックが教えれば学ぶ英才だとすれば、妹は基礎を教えれば独力で応用まで修める天才だった。

 ゆえにこそ、セドリックではなく妹のユーフィリアこそ王に、という意見もあった。

 国を治めるのは想定外の連続に対処することであり、基本ができるのは前提として臨機応変に対応できる柔軟性が必要だからだ。

 だが、年齢の差で継承問題は長兄が優位だった。

 ユーフィリアがその才覚を示す前からセドリックに先行投資していた者にとって、鞍替えは損失を覚悟しなければいけない話だったからだ。


 妹は、優秀であるが手札が足りなかった。

 年齢の差を、時系列的な不利を逆転するためには、セドリックに投機した以上の見返りを保証する必要がある。

 手札に乏しいがゆえに切れる手札が無く、切れる手札が無いゆえに手札を集められない。

 そんな板挟みにあっていた。


 そこに、盤面をひっくり返すどころか粉砕しかねない兵器が登場する。


 リリア・ペンデュラムだ。


「あいつさえいなければ……!」


 勝ち馬に乗るためにセドリックに与していた者の大半が、ユーフィリアに鞍替えした。

 セドリックが王になろうとなるまいと、ユーフィリアについた方が利益が大きいと考えたからだ。


 事実、その考えは当たっていた。


 魔力を必要としない化学肥料や、電子機器。

 いち早くそれらの利権に飛びついた者は、計り知れない恩恵を受け、ますますの発展を遂げている。


 セドリック派閥に残っているのは、金の匂いに鼻が利かず勝ち馬に乗り遅れた愚鈍な貴族か、あるいは臆病な保守派のどちらかだけだ。


 こうなると、セドリックとユーフィリアの立場はそっくりそのまま逆転したようなもの。

 手詰まりはセドリックで、逆転を果たすためには、リリア・ペンデュラム以上の手札を提示しなければいけない。


 無理ゲー。


 少なくとも、現状はそうだ。

 だが、手順を踏めば、可能性はゼロではない。


 価値の低下。


 リリア・ペンデュラムというブランドに、少しずつでもいいから傷をつけていく。

 最初は玉に瑕程度の、無視できるほどの小さな問題かもしれない。

 だが、それを繰り返せば?

 誰もが金のなる木と信じて疑わなかった偉大な存在が、見る影もない枯れ木に変わり果ててしまったことに誰もが気付くはずだ。


 少なくとも、セドリックはそう考えていた。

 そう考えなければまともな精神でいられなかった。


 王になる。

 それは彼のすべてであり、王を諦めるのは過去・現在・未来のすべてを否定することに他ならなかった。


「剣舞祭に出た時は、ヤツの鼻を明かせると思ったのに……!」


 リリア・ペンデュラムは優れた頭脳ではあるが、優れた競技者ではない。

 まずはそこを足掛かりにしようという目論見は、あっけなく崩れ落ちた。


 少女の、他を寄せ付けないほどの圧勝――しかも、最難関部門アンダー18の最年少優勝記録をダブルスコアで更新という前にも後にも塗り替えられないほどの歴史的記録をもってして、だ。


「どうしてこうなった!?」


 おかげで目論見はご破算だ。

 優れた頭脳ではあるが、優れた競技者ではない?

 真逆になってしまった。

 頭脳は明晰、運動神経は抜群。

 その上、多数の支持者を集める圧倒的なカリスマの持ち主として噂が広まってしまった。


「くそ、どうすれば、どうすればいい」


 非常にまずい。

 時間が経過すればするほど、彼の立場は危うくなっている。

 今日はセドリックに味方している貴族も、明日にはユーフィリアに鞍替えしているかもしれない。


 そんなことを考えると、夜も眠れない。

 精神は摩耗するし、体重は日に日に落ちていく。

 最近は何を食べても味がしない。


 セドリックは、限界だった。


 だからこそ、思いついた。


「そうだ……!」


 リリア・ペンデュラムは化け物だ。

 まともにやり合って勝てるはずがない。


 であるなら、まともにやり合えない状況を作ってしまえばいい。


「団体戦だ……!」


 リリア・ペンデュラムは化け物だ。

 その天真爛漫な性格と、たぐいまれなる容姿のおかげで彼女を信奉する者は少なくないが、本人と比べれば大した脅威ではない。


「例えば、1対1を5回。複数種目に挑戦を禁止にすれば、化け物と戦う回数を1回に限定できる」


 誠に遺憾ではあるがそれを敗北と仮定しても、残りの4戦で勝ち越せば勝利できる。

 これまで絶無だった勝算が、わずかながらも発生する。


「人以外は禁止だ」


 ぬっ、と頭に浮かんだゴーレム軍団で応戦してくるリリア・ペンデュラムの姿に、対戦条件に「ゴーレム出場禁止」の条項を盛り込もうとセドリックは決めた。

 ナイスプレイである。


「よし、よし」


 派閥の大部分を引き抜かれたとはいえ、彼にはまだ、彼こそを王にと目論む傘下が残されている。

 団体戦の駒をそろえるあてはある。


「問題は、どうやってあのリリア・ペンデュラムを戦いに応じさせるか、か」


 これは例えるなら、海のギャングに地上戦を挑むようなもの。勝負を成立させるためにはまず地上に引きずり出さなければならない。

 目下、セドリックの頭はリリア・ペンデュラムを勝負に応じさせる方法に傾倒していった。


  ◇  ◇  ◇


 翌日。

 セドリック・フォン・セイファートは初等部の1年の教室へ向かった。


「リリア・ペンデュラム!」


 扉を開けるとともに、目当ての人物を呼び出す。


「話がある、ついてこい」

「え~? でもリリア、知らない人についていっちゃダメっていわれてるし~♡」


 セドリックは拳を握りしめた。爪が手のひらに食い込むレベルで握りしめた。


(私はこの国の第一王子だ!)


 なんなら彼女たちの入学式で、在校生代表のあいさつもしている。

 喧嘩腰のスピーチで彼女を煽り、言葉も交わしている。

 知らない仲ではない。


 それを、知らない人と表現する意図は、セドリックに対して取るに足らない存在と罵倒しているに他ならない。

 記憶に残す価値も無いと吐き捨てていることに他ならない。


「ならばここでも構わん。貴様に決闘を申し込む。ただし、1対1を5回繰り返す団体戦だ。同一選手の複数種目参加は認められない。ゴーレムの参加も禁止。お前にこの勝負が呑めるか?」

「いいよ。やろっか」

「……は?」


 提案は、あっさりと呑まれた。

 この瞬間、無駄となった。

 徹夜で考えた挑発が、全くの無駄となった。

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