ロボットと先入観

異端者

『ロボットと先入観』本文

 ロボットが自身の意志では嘘はつけない。


 これは、今では誰もが知っていることだ。

 その人型汎用ロボットが発見されたのは、人通りの少ない深夜の路地裏だった。

 その足元には、女性の死体があった。女性の首には、そのロボットの手形がはっきりと残っていた。

 通報を受けて駆け付けた警察は、ロボットをその場で確保。ロボットは主人である男性に命令されて殺したとあっさり認めた。

 彼は妻子持ちで、殺害された女性とは不倫関係にあった。痴情ちじょうのもつれから、ロボットに殺害を命じたと思われた。

 だが、彼はそれを否定した。

「俺はそんなことを命令していない! ロボットが嘘をついているんだ!」

 必死に否定する彼に、刑事は少し呆然ぼうぜんとした。

「あのですね……『ロボットが自分で嘘はつけない』これは、子どもでも知っていることです。加えて公的機関の調査には、主人の権限でも虚偽の申告をすることはできません」

「それでも俺はしていない! ……殺していないんだあああぁ!」

 叫び声が取調室に響いた。

 刑事は深いため息をついた。


 私はその事件のニュースを見て満足した。あの男は延々と「ロボットにだまされた」と言っているらしかった。

 あの男の有罪は間違いないだろう。ロボットが自分で嘘はつけない――それが常識だ。

 私がそうして休日をのんびり過ごしていると、インターホンが来客を知らせた。

 画面を見ると、灰色のコートの男が一人。彼はカメラに向かって刑事だと名乗った。

 刑事が一人で来る……私は会ってみることにして、中に招き入れた。

「あの……何の御用でしょうか?」

 私は平静を装って聞いた。

「すみません……ちょっとうかがいたいことがありまして――」

 刑事は例の事件のことを切り出した。

「ええ、その事件なら知っています。確かに、弊社のロボットですが……本当に残念です」

 私はプライベートにも関わらず「弊社」と口に出した。習慣となっているのだ。

「『管理者権限』というのを、御存じですか?」

「はい、もちろん。技術者なら誰でも知っていますよ」

 管理者権限は、ロボットの主人よりも上位の権限だ。主にメーカーの技術者等の、ロボットを管理する者に与えられる。そのロボットの主人が違法な改造をしてしまったりした場合でも、それを止めることができる。製造者責任の関係で、場合によっては公的機関の権限よりも優先される。

「その管理者権限なら、主人を裏切って嘘をつかせることもできるのでは?」

 おやおや、意外と頭が切れるようだ。

「確かに、管理者権限なら可能です。ユーザーが不正に使用した時にも止めることのできる権限なので、その主人よりも優先されます」

「あなたは、その管理者権限を利用して定期メンテナンスの際にロボットに命令した。そして、殺害した後に噓の証言をして、罪をなすり付けるように仕向けた……違いますか?」

 刑事の目が鋭くなった。

「理論上は可能ですが……私がなぜ?」

「あなたは中学時代、容疑者となっている男の酷いイジメを受けていたという証言もあります。あなたはそのことをずっと恨んでいた。そして、彼を殺人者に仕立て上げることで、死よりも辛い思いをさせたかった……そうではないのですか?」

 私は思わず声を立てて笑った。

「いや、笑うところではないのですが……」

 彼はあからさまに不機嫌になった。

「素晴らしいです! 実に、素晴らしい推理ですね!」

 私は大げさに拍手をしてから言った。

「あの、いい加減に――」

「……しかし、証拠はない、違いますか?」

 彼は黙った。

 そうだ。これは正式な捜査ではない。刑事が一人で乗り込んでくること自体、それを示している。一般的には、複数人のはずだ。

 つまり、彼は証拠がないから口を割らせるつもりで、独断で来たのだ。

「確かに、今は証拠がありませんが……」

 彼はようやく口を開いた。

「確保したロボットのメーカーに管理者の履歴の開示請求をすれば――」

「そんなこと、不可能ですよ」

 私は彼の言葉をさえぎって言った。

「まず、あなたは警察にも関わらず一人でここに来ました。これは、正式な捜査ではないということですよね。次に、管理者の履歴の開示や権限の剥奪はくだつには、それ相応の確固たる証拠が必要です。つまり……仮に証拠が履歴にあったとしても、その証拠を見るのにも証拠が要る……堂々巡どうどうめぐりです」

 その言葉に、彼は明らかに狼狽ろうばいした様子を見せた。

 当然だろう。証拠を確認するのに、そうすべきだという証拠が要る。こんな矛盾した状況などそうそうない。

「あ、別の管理者権限を持つ人に協力を要請しても無駄ですよ」

「なぜ?」

 彼は私に迫りながら言った。私は少し嫌悪感がした。

「管理者の履歴は、個別に管理されています。私の履歴を見ようと思えば、私の許可が必要です。以前、ライバル社にデータを売ろうとしたやからが居たので、万が一あっても被害を最小限に食い止めるためにそうなったそうです」

 そんな事例がこうして役立つとは、世の中分からないものだ。

「で、では……あなたの許可を……」

「お断りします。理由は、あんな奴のためにそうする義理はないからです。ちなみに、私が死亡したり正当な理由で辞職したりした場合にも、弊社が『個人的』と判断される部分については抹消されます」

 この刑事は今どんな気持ちだろう。

 目の前に真犯人が居る。それが分かっていて、逮捕できない。

 きっと刑事としてこれ以上の屈辱はないだろうが――私があの男に受けた屈辱を思えば、そんなものずっと軽いだろう。下腹部がうずく気がした。

 刑事は複数の事件を追いかけられるが、私の人生は一つしかない。

「それで? 先程は否定しなかったということは、これは刑事さんの独断での捜査ですよね? 私も暇でないので、よろしければお引き取り願えませんか?」

 もっと強く出ても良かったが、彼に罪はないのでこの程度にしておこう。まあ、引き下がらなければ、不当捜査だと警察に訴えると脅してもいいが……。

「分かりました。……最後に一つだけ、お聞きしてよろしいですか?」

「ええ、構いません」

 何を言うつもりだろう? ……もはや彼には、反論する余地などないだろうに。

「あなたは、殺害された女性のことをどう思っていますか?」

 ああ、そんなことか。

「非常に気の毒だとは思います。しかし、私にできることはないので……」

 嘘だ。あんな奴に引っ掛かる尻軽など、死んでもなんの情も湧かない。私の復讐ふくしゅうに役立っただけでも、存在意義があったというものだろう。

 私が社交辞令を述べている時、彼の目は冷たかった。

 白々しい――そう思っているのがはっきりと伝わって来た。

 去り際に彼は言った。

「あなたは……どんなロボットよりもロボットらしい」

「誉め言葉と受け取っておきますね」

 私はそう言ってドアを閉めた。


 あなたに何が分かる。たわむれにいじくられ子を産むことができなくなった私に、その元凶が妻子を持って幸せに暮らしていると分かった時の気持ちが。それだけでなく、他の女にも手を出していると分かった時の気持ちが――。

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