第11話 やたらと距離が近いバイトの後輩、秋桜花楓(あきざくらかえで)

 昨日あれだけ信じると自分で豪語していたのに、実は僕の心の中心にはまだ、一抹の疑念が残っていた。


「昨日の配信、やたらとため息ばっかりついてよな……」


 僕の猜疑心を呼び起こした原因はハッキリしている。あきらかに昨日の雑談配信でのミチルの振る舞いが、まるで恋煩いのように感じられたからだ。


「体調が思わしくなかったのかもしれないから、一概には言えないけど……」


 僕でさえこの有様なのだから、ほかのビッグ3の二人も当然、昨日の配信中の違和感には気が付いているはず。


 はぁ。

 来月の定例会前に、こりゃ臨時の緊急ミーティングが開かれる可能性が高いなぁ。


 同棲カレシ、か……。


 もし本当にそういう存在がいたとしたならば、果たして僕は星空ミチルの最古参として、その責務を最後まで全うすることが本当にできるのだろうか。


 ふっ。悩みは尽きないな。

 人生ってのは本当に、世知辛いもの……


「圭、セーンパイッ!」


「おわっ! 冷たっ!」


 ……と、ファミレスの従業員休憩室で制服に着替えながら、ひとり物思いにふけっていたら、バイトの後輩、秋桜花楓あきざくらかえでが冷えた炭酸飲料を僕の首筋に当て、いたずらな笑顔を咲かせてきた。


「どうしたんですかぁ? 神妙な顔して……」


「いや、普通だし」


「あ、わかった。フラれたんですよね? 彼女さんに」


 この子の性格を一言で表すなら、女版・山本大吾だ。


 あ、僕の同級生の大吾ね。覚えてるかな?

 人との心の壁が消し飛んだ、やたらと距離が近しいアイツのことね。


 彼女が僕にかけてきたセリフも、こないだ彼に言われたモノとほぼ同質だ。


 ただ、それはあくまで中身の話だ。

 外見は当然まったく違う。


 なので……


「ち、近いんだけど……」


「知ってます? センパイ。物理的な距離と心の距離は、比例するんだそうですよ」


 こうやってからかうようにタヌキ顔のご尊顔を近づけられると、正直ドキドキせずにはいられない。


 目を落とすと、さりげなくイイ感じに開いている店の制服の隙間から適度なOPの谷間が望めてしまうのも、健全な童貞男子には刺激が強すぎる。


「彼女、いないし……」


「うっそだぁ。絶対いるでしょ? いや、いたんでしょ? てか、もういないんですよねッ!?」


 いやいや。なんでそんな怒涛の勢いでグイグイ詰められてるの? 僕。


 別にそんなの、花楓かえでにはどっちでもいいことだろ?


 てかコイツ、彼氏いるし。


「そ、そろそろホールに出ないと……」


 5分前行動しないと、店長に怒られちゃうぞ。


「むぅ~。この件は、バイトが終わったらキッチリお話させてもらいますからねッ」


 もう、ワケわかんねぇ……。





 現在の時刻は16:04。


 今日はこれから21:00まで、僕の家の近くにあるハンバーグが売りの地元密着型ファミリーレストラン「ダイシの肉」でホールの接客及び配膳作業を行う。


 美桜には昨日の段階ですでに、今日の夕食は作れない旨は伝えてある。


 作り置きしようかと提案したら、それならバイトの先輩と外食して帰ると言う事だったので、そのことについて僕が気を揉む必要はなくなった。


 まぁ、全然作ってあげてもよかったんだけどね。


 ……


 ホントにバイトの先輩、なんだよな?


 しまった。

 男の先輩なのか女の先輩なのか、大事なことを聞くの忘れた。


 ……って、僕はいったいなんの心配をしているんだ?


 忘れろ、圭。

 今は仕事に集中するんだ。


 美桜がウチにやって来てからというもの、生活のペースが崩されてなんか困る。


「圭センパイ。お客さん、来ましたよ」


「あ、ああ」


 時間的に今日が平日と言う事もあり、客はまだまばらだ。それでも18時を過ぎたあたりからは、まぁまぁ忙しくなってくる。


 この時間のホールシフトは僕と花楓のみ。


 店の店長でオーナー、間尻大志まじりだいしさんは事務室で電卓を叩きながら「人件費高っ!」と嘆いているだけだったので、僕らは軽く挨拶だけしてサッとホールに出て来た。


「あ、私行きますね」


「頼んだ」


 ここは先輩特権で、花楓に先陣を切ってもらった。


 僕はあくせく動き回るのはあまり好きじゃないので、このお客さんの死角になっている場所でまだゆっくりさせてもらうことにする。


 ちなみに何故、料理が得意なのにホールで働いているのかという疑問をみなさんお持ちだと思われるが、理由は簡単だ。


 時給が高いからだ。50円も違う。


 あまり人と接するのは得意じゃないけど、仕事でやる分にはそこそこやれる自信はあったから、迷わず僕は調理のほうではなくホールの業務を選択した。


 ま、あの母親の息子だからね。

 本気を出せば、僕だって、ね。


 めちゃくちゃ疲れはするんだけど。


「2名様、入られました! いらっしゃいませ~」


「いらっしゃいませ~」


 花楓ちゃんの元気な声が店内に響いたので、僕も彼女に合わせて来客の挨拶を軽やかに復唱する。あ、これ店のルールだから気にしないでね。


「このお店のハンバーグ、美味しいのよ」


「へぇ。めちゃくちゃ年季入ってるけど、大丈夫なのここ? 衛生面とか」


「あら、古いだけよ。掃除が行き届いていて逆に信頼感があるわ」


「げっ」


 入って来た客の声が聞こえて、僕は絶句した。


 あの特徴的なヴォイスを、僕が聞き間違えることは絶対にない。


「……やっぱり」


 暖簾の隙間からそーっと声が聞こえたほうを見てみると、ビンゴだった。


 パツパツのパンツスーツで身を固め、業界人オーラを醸し出すあの美人秘書みたいな女史は、この間ちょっとだけウチの玄関先で話した、美桜のバイトの先輩だ。


 そして当然、その女性と一緒にいるのはウチの義妹だった。


 志村美桜だ。

 白い帽子を目深にかぶり、巨大なマスクで顔を隠しているが間違いない。


 傍から客観的に見ると、完全に芸能人とマネージャーの装いに見える。


「(そういや、ここで働いてることまだ言ってなかったなぁ)」


 特に聞かれなかったんでね。あえて自分からは言ってない。まぁ僕も美桜がなんのバイトをしているか未だに聞けてないし、おあいこでしょ。


 てか、夜飯食うの早すぎだろ。昼飯なの?


「おススメはこの煮込みハンバーグ。私はコレにするけど、美桜はどうする?」


「あ、一緒で」


「そう。それじゃ二つ頼んじゃうわね。店員さーん」


 そう言って、女史が手を挙げる。

 ちなみにこの店にはピンポンやタッチパネルといった、最新鋭の注文システムは存在しない。


 オーダーは古き良き手上げ方式だ。


「ご注文はお決まりでしょうか?」


 花楓が反応して美桜たちの元に駆けつける。

 

 さて、どうしたものか。

 今のうちに挨拶だけでもしておくべきだろうか?


 別にバレて困ることはなにもないし。

 あっちから見つけられてしまうほうが気まずいよな?


「このダイシ特製煮込みハンバーグセットを2つ」


 女史が花楓に見向きもせず、淡々と注文する。


「セットのドリンクは食後に紅茶持ってきて」


 美桜が花楓を直視し、立て続けに食後の飲み物をオーダーする。


「あっ!」


 急になにかに気付いた様子で、伝票へ注文を書き込んでいた花楓の手が止まった。


「おねぇさん、今の注文聞こえてた?」


「す、すいません。食後に紅茶ですね。あ、そちらの方は……」


「私はコーヒーで」


「か、かしこまりました…‥」


 なんか様子がヘンだぞ、花楓。

 あのエセ芸能人オーラにやられちゃったのか?


 それは大いなる勘違いだぞ。

 そこにいるのはただの小生意気な小娘とバイトリーダー?だ。


「注文、入りまーす」


 厨房へ美桜たちのオーダーを伝え、すぐに小走りで僕の元へ駆け寄って来た花楓。


 ま、またお前。

 顔、近いんだけど……


「圭センパイッ!」


 僕の耳元に小声だが力強く囁いてくる花楓。


「なに? どうした?」


「あのでっかいマスク付けた子……」


「う、うん」


「顔も声も、めっちゃくちゃ可愛かったんですけどー!!」


 ああ、そうだった。

 この秋桜花楓という子、実は“可愛い女の子大好き界隈”の女子だった。


 現実からアニメキャラまで分け隔てなく、とにかく自分が可愛いと思ったモノへの愛着が凄まじい。


 どうやら美桜はドンピシャだったらしい。


「そ、そっか」


「お友達になりたい~」


 それはさすがに無理だぞ、花楓。

 そういう感情を持ってしまったのなら余計に僕と美桜の関係を悟られるワケにはいかないな。絶対めんどくさいことになりそうだし。


 ここは大人しくしておこう。

 僕が美桜たちの元へ今、接客しにいくことはこれでなくなっ……


「店員さーん。やっぱ食後の飲み物、私もコーヒーに……」


「あっ」


「あっ」


 僕と花楓が待機していたスペースに、志村美桜が登場した。

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