第3話 ちょ、おまっ!なんでそんな金持ってんの?

 超人気VTuber、星空ミチルちゃんの3日ぶりの生配信が延期になったことを知った日の翌日。日曜日。


 昼食後、急に我が傍若無人ぼうじゃくぶじんたる実母、新姓しんせい・“志村しむら里緒菜りおなから直々にとある指令が僕に下された。


 ミッションナンバー001。

 『義妹の買い出しに付き合い、荷物を持ってやれ』


 ということで今。

 僕と美桜は、街の大型家電量販店『タニダ電機』のレジカウンター前にいる。


「あ、支払いはPAIPAIで」


「かしこまりました」


『パイパイ(機械音)』


 値札に“15万円”(税抜き)と書かれていた超高性能加湿器をスマホの電子マネーで一括決済した義妹の名は、志村しむら美桜みおという。


「(ちょ! おまっ! なんでそんな金持ってんだよ!)」


 親のカードを使ったのならまだわかる。

 なんせ美桜の父、つまり僕の継父けいふになった志村しむら和彦かずひこ氏は外資系の超絶エリートサラリーマンだから、莫大ばくだいな給料をもらっていることは想像にかたくないし。


 だが彼女が使ったのは自分のスマホだ。

 つまり自分の金。聞けば加湿器は自分の部屋に置く用だって言うし。


 ああ、ちなみに。

 昨日はまったく口を聞いてくれなかった義妹だったが、今日はなんとか意思疎通いしそつうができるレベルにはなってくれている。


 昨晩、父に厳しくさとされたのかもしれないな。昨日の夕食時、なんだかんだ和彦さんの父としての威厳いげん品性ひんせいの当たりにさせてもらったし。


 やっぱりできる男だ。和彦さんは。


 ただね。


 多分小遣いなんだろうけど、15万円もする加湿器を独断どくだんで買えるくらいの金額をポイっと渡すのはさすがにいただけないと思う。


 美桜、19歳なんだろ?

 いくら可愛いひとり娘とは言え、それは甘やかしすぎなんじゃないかな。


 いや、僕が母から小遣いなんて人生で一度ももらったことないから、すげーうらましい!とか、別にそういうことではないんですよ、うん。


 全然、うらましくなんか、ないんだからね……


「あと帰りにドラッグショップとか、いろいろ寄って帰りたいから。よろしくね」


「ええ……」


 よろしくってのは、次の買い物の荷物も全部持てよって解釈かいしゃく


 声は可愛いんだけど、そこまで低音ボイスで言われるとなんか怖いよ。鬼か。


 まぁこの加湿器は高いくせに割とコンパクトなタイプだから、比較的軽くて持ち運びにはそれほど苦労しない大きさではあるけども。


 それでもそこそこは、ズシッとくる重さであることに変わりはない。





 帰宅したら、すでに17時を回っていた。


「ぜぇ……ぜぇ……」


「あ、おかえり。圭」


 結局、前方の視界が不良になるほどの荷物を運ばされた僕。玄関先にそれらをバタバタと置き、ようやく重労働から解放された。


 いや本当に、筋肉がはち切れるかと思ったよ。


 ちなみに母さんは家宅の掃除中だった。

 マスクをしながら、ヴィンヴィンと掃除機を鳴らしてあちこち動き回っている。


「あれ? パパは?」


 父の靴がないことに気が付いた美桜が誰ともなしにたずねる。


「またお仕事だってさ。なんか本国のお偉いさんが日本に来てて、とっても重要な話があるとかなんとかで……」


「そう、ですか……」


 明らかにテンションが下がっている様子の義妹。


 いやその前にまず、ここまで下僕げぼくのように働いた僕に対するねぎらいの言葉がひとつくらいあっていい気もするのだが。


「あ、でも。19時までにはなにがなんでも帰って来るって言ってたし。もうすぐ帰ってくるんじゃないかしら」


 外資系のエリートサラリーマンに休みなんて概念はないんだな。実力至上主義だろうし、高い給料の代償だいしょうは重いよな。


 まぁ、僕には縁のない世界だけども。


「お義母かあさん」


「……えっ?」


「あの、ここの荷物。私の部屋の前まで運ぶの、手伝ってほしいんですけど……」


「ああ……」


 母が掃除機の取手とってを落とし、感動に打ち震えている。いま確かに「お義母かあさん」と、美桜は言った。


「お願いしても、いいですか?」


「喜んでッ!!」


 これは家まで荷物運びをした僕に対する気遣いと解釈していいのだろうか? これ以上、お義兄にいさんに荷物を持たせるのはしのびないという心遣こころづかい。


 僕の母を「お義母かあさん」と呼んだこともそうだが、義妹はついに僕らを本当の家族と認め、心を許しはじめたのかも……


「ねぇ」


「……ん?」


「今日、ハンバーグ作ってほしいんだけど」


 おお……

 これはいよいよ、僕のことも“お義兄にい様”と認識してくれたのかもしれない。


 よしよし。

 まずはそれがなきゃ、家族として始まらないもんな。


 僕も正直まだ、美桜とどう接していいのかわからず戸惑っていたから。この流れはみんなが家族になる上で、非常によいものを感じる。



 だがしかし――



「いや、ハンバーグの材料なんてないんだけど。今日の晩飯はカレー……」


「買ってきて」


「は?」


「近くにスーパーあったでしょ? いますぐ行って買ってきて。今日はハンバーグが食べたい気分なの」


 あれ?

 これもしかして、僕は兄と言うよりむしろ“しもべ”扱いが継続中?


「圭。可愛い我が愛娘まなむすめのために、行ってきなさい」


 かわいい我が長男には、反論の余地すら許されないと?


 なんだよ。なんかちょっとは期待してた自分がバカみたいじゃないか。結局、僕はみんなにとって都合のいい存在ってだけなのかもしれない。


 家族とか絆とか。

 そういう繋がり、みたいなものじゃなくて……



「お願い。おにいちゃん」



 ドキィィ!!


 

 な、なんだ。

 今の義妹の破壊的上目遣うわめづかいは。


 い、いや。

 そんなものよりも、遥かにいま僕の胸を張り裂いたのはやはりその声だ。


 透き通るようではかなく、でもどこか力強く、華やかさも感じるそのヴォイス。


 そう。

 それはまるで、まるで……


 僕の最推しVTuber、【星空ミチル】のようだったじゃないかッ!!


 ダ、ダメだ!

 こんな見え透いた声色こわいろ変換にだまされるんじゃない、圭ッ!


 こんなのみおの、浅はかな謀略ぼうりゃくに決まっているじゃないか!


 断れッ!

 断るんだ、志村圭!!


「はいッ! 喜んでッ!!」


 ああ……

 絶対に、そんなワケはないのだけれども。


 これもV界隈ブイかいわいに染まりきった、悲しき推し活の末路。


 自分でも100%間違っていると認識しているのに、脳は反射で勝手に反応し、義妹の我儘わがままを秒で受け入れた。





 昨日と同様、家族みんなで食事をし終えたのは21時30分頃。


 急いで食卓を片づけ、僕は自室せいいきで推しを受け入れるためのスタンバイを始める。


「美桜もなんか焦りながら自室に戻っていったな」


 アイツももしかして推しのライブ配信とか視聴してんのかな?


 まだ完全には仲良くなれていないけど、もう少し打ち解けられたら聞いてみようかな。案外、趣味が被ってて親睦しんぼくを深められるかもしれないし。


 画面角度、オーケー。

 音声状況、クリア。

 椅子、机の高さも完璧。


 星空ミチルフィギュアの配置、目線ともに良好。


 よし、準備万端だ。


 配信開始まで残り10分。

 待機画面で“銀河ファン”たちとチャットでたわむれながら、その時を待つことにしよう。



「みんなぁ! 久しぶりぃ!!」


 おおおおお!

 キタぁぁぁぁ!!


「満天の銀河にひときわ輝く母なる胎動! 星空ぁぁ…‥ミチル、ですっ!」


 ああ。いつもの前口上まえこうじょうが染みるぅ!

 安心感が凄い! やっぱりキミは最高だ、星空ミチル!


 :おかえりぃ!

 :おかえりッ!!

 :待ってたよぉーー

 :かわいーー

 :神

 :4日間もなにやってたんだよぉ!

 :生きる希望を無くすところでした

 :推し変しようか迷ってた


 画面の中に最強VTuber星空ミチルの3Dアバターが降臨すると、チャット欄は嵐のように次々とコメントが流れまくった。


 同接数はすでに5.5万人

 スーパーチャット(投げ銭)も乱れ飛び、すでに現場はお祭り状態となっている。


「あーそうだね。まずは休んでた理由から説明しなきゃだね」


 うむ。まずはそこからだな。


 僕ら“銀河”、しかもその最古参さいこさんがひとりであるこの僕にとって、キミを摂取できない時間はただの虚無でしかなかったよ。


 納得のいく説明が求められる。


「実は私……引っ越ししたんですッ!!」


 なんと!

 そういうことだったんだね、ミチル!


 そりゃあ確かに配信なんて無理だわ。

 一般人と違ってVTuberが居所地きょしょちを変えるとなると、機材の搬出はんしゅつ搬入はんにゅう・設置作業とかもあるからめちゃめちゃ大変だったんだろうなってのは容易に想像がつく。


 むしろ4日しか休まずに配信を再開したという事実のほうがプロ魂を感じる。



 :そうだったんだね! 

 :おつかれー

 :それなら1週間くらい休めばいいのに!

 :身体大丈夫?

 :あんまり無理しないでね

 :事前に言ってよー

 :心配したじゃん!

 :新天地おめでとー

 :引っ越し祝いだ! それ!

 :新しい環境にはもう慣れた?



「ちょっと急だったからさ。事後報告になってゴメンね、みんな!」


 いいよいいよ。全然、イイッ!

 卒業とかじゃなくて本当によかった。


「さっきようやくひと段落したんだー。いやー片付けとか買い出しとか、さすがにちょっと忙しかった!」


 本当に身体、大丈夫?

 そんな無理しなくても全然いいのに。


「でもさ! 家族がね、引っ越し祝いだーってことで、とっても豪華な夜ご飯を作ってくれたんだよっ」


 ほう、家族ねぇ。 

 そういえば、ミチルから家族の話が出たのは初めてかもしれない。


「もうそれがめちゃくちゃ美味しくってさ! 夢中で食べちゃってたから、会話するのも忘れちゃってたの!」


 くそー。いいな、家族。

 ミチルが元気に食べるお姿を毎日見れて。眼福がんぷくの極みじゃないか。


 僕も料理得意だから、ミチルにせいのつく美味しいご飯を作ってあげたい!



 ……よし。



 スパチャしよう。



 :今度、がミチルのために腕を振るったる!



 なんの迷いも躊躇ちゅうちょもなく、僕は文字が赤色になる10,000円のコメントを投げた。ここ最近はその頻度も良好で、今月はすでに赤スパチャを15回も投げている。


 おかげで僕の貯金は底を尽きかけている。名誉の負傷だ。


 ちなみにここでの僕の名前は”Kdashケーダッシュ”。そして一人称は“俺”。


 別に恰好をつけているつもりはまったくない……

 


 ……とは、言い切れない。



「あ、Kdashケーダッシュさん! いつもありがとうございますぅ! じゃあ今度、私の大好きなハンバーグを家まで作りに来てね!」



 まかしとけッ!!


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