第5話

 今日の放課後、卓球部3人組は総合スポーツショップに来ていた。その目的はラケットに使うサイドテープを買いに来たんだ。サイドテーブはラバーを貼ったブレード部の縁に巻きつけてラケットを保護する為の物。これには様々なデザインがあるので好みの製品を選んでもらおうという訳だ。これがあれば、昨日のような事もある程度防げるだろう。多分。今思えば、最初の時に進めておけば良かった。

 あとついでにラバー貼り付け用具も一応買い足しておこう。今は2人のラバー張り替えも請け負ってるし。いずれは自分でも出来るように教えていかないといけないな。それより、どのサイドテープを野石さんは選ぶだろうか?しばらくすると、野石さんは水色のテープを手に取った。野石さんが言うには、現役時代の母親のユニフォームが水色中心だったからなのだそう。

「…え?野石ちゃんのお母さん卓球選手なの?」

 野石さんは大井さんに親のことを話してはいなかったようだ。野石さんは改めて大井さんに対して親のことを説明した上で、野石さん自体は素人なのだと釘を刺していた。それでも、だから卓球が上手いんだと感心していた。だけれどね、その野石さんに合わせてラリーを喋りながら続けていられる大井さんも中々の素質の持ち主であるということを一応伝えておいた。そして大井さんもサイドテープを選んだことだし、そろそろ会計に行こう。サイドテープの価格は大したことはないし、僕のメンテナンス用品類と一緒に支払ってしまおう。そうしてレジに向かおうとすると、野石さんが呼び止めてきた。

「あそこにあるの、卓球のユニフォームじゃない?」

 そうして指さした先には、確かに卓球のユニフォームの投げ売りが行われていた。公式試合で着用できる認証の印も確認できる。いくらか昔のユニフォームにありがちな、シンプルというか派手な色彩なのに地味に感じかれるデザイン。だからずっと売れ残っていたんだろう。今は学校の運動着で部活をしているけど、大会に出るならこういうちゃんとしたユニフォームが必要になる。ちゃんとユニフォームとして使うことができるとわかると、2人の目の色が変わったような気がした。2人…の中でも特に大井さんがセール品の吟味を始めた。

「これとか75パーOFFじゃん!これを見逃す手は無いって。ダサいけどさぁ。」

「こっちはどう?マシな見た目だと思うけど。」

「こっちは半額止まりなんだよねぇー。それでも安くなってるんだろうけどさ。」

 2人はいずれ、大会に出場するつもりなんだろう。いや、普通はそういうものだろう。結果を残さずにただ遊びたいとだけ考えている僕の方が異常なんだ。今はまだ手探りということもあって、結構緩くて自由な雰囲気だけど、いつかはそんな雰囲気も息苦しくなっていく運命にあるんだろう。まあ、その頃には受験勉強だの何だの理由を付けて本格的に幽霊になって消えてしまえば良いんだ。…でも結局それでも束縛されることもあるかもしれない。

 セールに夢中になっている2人を眺めながらそんな未来を見据えていると、大井さんが自分のユニフォームを選ばないのか聞いてきた。僕には一応自前のユニフォームがある。団体戦やダブルスには出場はできないだろうけど、一応大会に出られなくもない。僕にも大会に希望を抱いていた時期はあった。だけどそれは、とうの昔に消え去っている。あの場の空気は二度と吸いたくない。

 しばらくすると、2人はユニフォームを選び終わったようだ。上半身はピンク、下半身は黒い短めのスカートのペアルックだ。一番安い製品を選んだようで、2人分の合計で二千円を少し超える程度の物だ。しかしさっきは地味なデザインに難色を示していた大井さんだったけど、どうしてそれにしたんだろう?話を聞くと、僕が2人には才能があると言っていたから、その2人で一緒に大会に出場できるならデザインに拘らなくても構わないとのこと。きっとその思い出が、ユニフォーム代に劣らない無い青春の彩りになるとでも考えたんだろう。

 そう推測したのも束の間、その2人分のフニフォームの代金も僕が支払うことになった。元々僕が全部支払うと行った手前、断ることもできずに財布を空にする羽目になった。ギリギリ足りる値段で良かった…じゃない。しばらくおやつを我慢しなきゃいけないな…違う!やっぱり…高校になっても恐れていた状況になっていくのだろうか。しかも今度はリアルマネーが絡むと来た。もしかしたら、中学よりも恐ろしい時代が来るのかもしれない。

 そう憂いながらスポーツショップを出ると、2人に書店に連れていかれた。そうしてやってきたのは、受験用参考書のコーナー。状況が掴めずにいると、大井さんが本を奢ると言ってきた。ユニフォームまで買ってくれたお礼なのだそう。そう言いながら大井さんは優に二千円を超える参考書を手に取り、こちらに差し出してきた。

 なるほど、こういうつもりだから奢らせるのにも躊躇が無かった訳だ。そういう重めの約束の交わし方は正直やぶさかではない。僕が完全には同意していないことを除けばだけど。しかしながら、大学どころか文系と理系どっちに進むかも決めていない状態で参考書を選べと?まだ一年の前期なのに?…とりあえず、英語ならどの大学でも受験に必須に違いない。特に力を入れる気も無いけど英語に絞って参考書を探してみようか?とは言え、英語は学校の指定によって辞典と追加の参考書も持たされている状態。受験をガチった事がない僕にはこれ以上何が必要なのかよくわからないぞ。

 教科に絞って選べないとなると、学校で選ばなきゃいけなくなるやつだろうか?そういえば受験ガチ勢には学びたい分野も特に決まってない場合でも、とりあえず偏差値で難関の総合大学を選ぶとか聞いたことがある。でもそう言うのって面接で落とされる物じゃないのか?いや大学受験ってそんなに面接が必須でもないのか?そうで無ければガリ勉だのお受験ママのようなイメージばっかになってる訳ないだろうし。いや面接があっても同じことか。面接なんて、心にもないことをどれだけ美化できるかどうかの口先八丁力を試す場だろうし。悲しいけど、それが人間社会なのよね。

 というか僕自身、受験戦争を受け入れられない側の人間なのも事実。受験なんて…ブランド物の大学に子供を送り込んでマウント取りの材料にしたい毒親に、親の言うことやることが全てなマザコン共がそれに従う。無駄な方向に無駄な勉強をさせられて定員を無駄に圧迫して本当にその環境が相応しい人が無駄に振るい落とされて無駄な教育によって無駄に地に足ついてない人材が無駄に社会に排出されて無駄に要職に行って無駄な格好で座って無駄に脚を伸ばす。無駄に偏った見方が強い。つまり僕は、最低限の成績で最低限の学歴を獲得できればそれで良いっていう考えだ。それで偉業を成し遂げた人だっているのだから。もっとも、自分自身にそれほどのことができるとは微塵も思ってはいない。けど、ただ生きていくだけならそれで充分だろう。それがどんなに惨めなものだとしてもだ。

 どの道、大した目標さえ持って生きていない僕に、こういう上の世界に行く為の手段を選ぶことができない。僕がこの場で必要な参考書を選べそうにもないことを2人も察したようで、謝罪とさっきのユニフォーム代であろうお金を渡そうとした。僕はそれを止め、必要な時が来たら奢って貰うと言うことにした。

 この辺りはスポーツショップやら書店やらは一応あるけど、決して便利な立地ではない。ここまでの移動にもそこそこの時間を費やしている。今から学校に戻って部活を始めるには遅すぎるだろう。今思えば部員の満場一致とはいえ、こうも部活を簡単に休止にして良いものなのか少し違和感を感じてしまうな。零細の部活なら意外とこんなものなのか?まあでも、悪い気はしないな。そんなことを考えながら早めに帰宅した。

 帰宅して早々、自室のパソコンの電源をつけた。僕はパソコンを使う使わないに関わらず帰って来たら電源をつける。テレビが置けない僕の部屋ではこれがラジオやテレビの代わりにもなるからだ。あと部屋のBGMにも使う。ただ、今日は明確な用途がある。僕は早速色々な大学について調査を始めた。今の僕には明確に就きたい仕事も無い。とりあえず知っている国立大学のサイトにあらかたアクセスしてみる。まだ決められないにしても、その辺りの知識を持っていて損は無いだろう。それにしても、ただ生きていくだけで良いとは思っていても、実際は将来の仕事を選ばなければ生き続けることは難しい。だからといって、消極的に選んでも選ばれた仕事からすればやる気が無いなら帰れって話になるだろう。生きるって、厳しい。それならば誰かの言うことに同調して考えずにいる人々がいるのも納得だ。

 でも、僕には誰かの言う通りのことができるだけの能力は無い。だから自分で生きる道を探すしか無いんだ。

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