第4話

 大井さんの用具も揃って、ちゃんとした卓球部2日目の活動が始まった。今日からは僕と大井さんと野石さんの3人で進めていくことになる。大井さんのラケットは紹介した卓球専門通販のサービスであらかじめラバー貼りが終わっている。

「なんで野石ちゃんのラケット、ラバーにヒビが入ってるの?」

「気にしないで。落としちゃっただけだから。…小張君が。」

 さり気なくこっちに濡れ衣を着せてきたな…。そこそこ大井さんに揶揄われたけど、野石さんの名誉の為にはぐらかしておくことにした。まあ、いきなりスマッシュを指示した僕にも非が無い訳じゃないし。ラバー表面が欠けた訳では無いし、公式戦でもギリギリ使えるだろう…多分…。まあどの道、慣れないうちはラバーが傷つくような失敗を何度もしていくだろうし、あんまり気にしないでいて貰えたら良いんだけどなあ。

「それで、今日はどうするの?」

 道具も揃ったことだし、今日から本格的に活動を始めることができる。とは言え、具体的に何をするかは監督も居ない以上、僕らで決めなければならない。そうなると部長である大井さんが何をするか決める立場にあるだろうけど…その大井さんには卓球のノウハウが無い。とりあえず、一般的な卓球部の進め方を説明していくことにした。最初に走り込みや腕立て伏せなど基礎体力トレーニング、それが終わったら基本的なラリー練習、課題練習、そして模擬試合という風に続いていく。

「え〜?走ったりとかしんどいから体力トレーニングは無しで。」

 一応部長の立場でここまで来ると清々しい気分になってくるなぁ。まあ、大会を勝ち上がろうとしている訳でもなくただ卓球で遊ぶことを主軸に置いている訳だし、僕個人としても異論は無い。まあそれでも、怪我防止の為にストレッチの類はやっておく事を進めておいた。

「あ、じゃあどうせならヨガやろうよ、ヨガ。興味あったんだよねー。」

 ヨガの知識は流石に無いから、スマホを見ながら3人でヨガを始めることになった。体力の乏しい者が行う運動部の準備としてはこれ位が良いのかもしれない。そう言えば、部活でやる運動と学校の授業の一貫で行う運動って、同じ運動だとしても随分険しさが違う気がする。部活は勝ち上がる為、授業は誰でも競技に参加する為という違いがあるんだろう。最近は体育の授業で野球をやるようになったのだけど、帰宅時に野球部の横を通ることがある。その練習風景からは想像がつかない程体育の野球は緩いものだった。

 だけど、この卓球部のように緩い運動部が世の中に沢山あれば、僕のようにスポーツをただ楽しむことを期待して入部した者がうちのめされる思いをすることも無いんじゃないかな。まあ、野球やバスケットボールのように大人数で進める競技だとどうしてもみんなで足並みを揃える必要があるだろうし、テニスやバトミントンでも広いコートを使う分場所を無駄にするようなこともできない。基本的に個人か2人で試合を進めて場所も比較的取らない卓球だからこういうことが出来るのかもしれない。だからと言って全ての運動部が厳しくある必要も無いと思うんだけどなあ。野球部とか丸坊主が強制みたいだし。野球は特に半端な人間が関われる競技ではないよなぁ。そんなことを体育館にあった体操用マットの上でヨガをしながら思っていた。奇妙なポーズをしているからなのか、マットが持ち出されているからなのか、なぎなた部から好奇の視線を向けられてる気がするけど、気にしないでおこう。

 ヨガをキリのいいところで終わらせて、一台だけ用意した卓球台に集まる。まずはフォア、上回転の打ち方のラリー練習から。卓球台には2人しか入れないので、ラリーでミスをしたら台から抜け、審判兼見学の人が入るという形式で行うことにした。大井さんにはひとまず表ソフトの方を使ってもらうことにした。流石に僕も簡単なラリーでミスをすることはある。まだブランクも残っていることだし。経験者である僕がいても普通に入れ替わりが発生する。そうすると素人同士でラリーをすることにもなる。その様子を観てみると、今の所ただ打ち合っているだけだけど、楽しそうにしている。特に大井さんが。親子のキャッチボールのような雰囲気を感じる。そのうちラリーしながら世間話をし始めた。

「将来の進路って何か考えてるー?」

「別に何も。」

「そうだよね!まだ一年だし。あっでも小張君は難関大行くんだって!」

 僕が難関行こうとしてるのは決定事項なの…?なんでそんなに僕を難関大に行かせたがってるの…?

「場所にもよるだろうけど、部活をしている余裕はあるの?」

「具体的に決めてないみたいなんだけどねー。受験ガチ勢だよ、凄いよね!」

「私も、出来る範囲でサポートするから。」

 だから勝手に難関行かせようとしないでくれ。変に見栄を惜しんでるのかラリーを途切れさせたくないのかきっぱり否定できない自分にも腹が立ってくる。今なお喋りながらラリー続けてるその器用さは一体何なんだ。しかも両方こっち向いてるじゃん。ビギナーズラックって凄い。

 もうフォアは大丈夫そうだから、次にツッツキという下回転の打ち方でラリーを行う。上回転はフォアやドライブ、下回転はツッツキやカット。仮に下回転をフォアで、上回転をツッツキで打ち返そうとしても、よほど高度な技術が無ければ上手く打ち返せない。試合ではそれに加えてバトミントン並みの球速の打ち合いの中でボールの回転の読み合うことになる。ボールの回転関係なく強引に打ち返す技術がない初心者の頃は、この原則を頭に入れておく必要がある。慣れていけば、ボールの回転にある程度抗えるドライブやカットを打てるようになっていくだろう。上級者なら半端な下回転程度なら問答無用でドライブを叩き込んでくるだろう。卓球はそのスピード感ばかり強調されがちだけど、実際にやってみると高度な駆け引き、心理戦が展開される。それゆえに不当な方法で相手のメンタルを揺さぶる輩もいるんだけどね。僕みたいな軟弱者には到底、やってられないような…。

 とにかく、この2人はその領域までどれ程の時間で到達するかな?その後もラリー練習を続けていき、今日中にはもう基本的な打球はそれとなくこなせるようになって行った。その頃にはもう部活の終了時刻が近づいてきた。これまでに経験した卓球と比べて、非常に単純だったけれど…けれど、なんだかとても久々に満たされた気がした。もう何年もこんな気持ちにはなっていなかったように思える。それこそ、中学時代には一度も経験したことが無いんじゃないんだろうか。

 最後にラリーではなく自由に打ち合ってもらうことにした。簡単な試合形式だ。詳しい試合のルールについては後日教えていくことにしよう。まずは野石さん対僕。ちなみに今の僕は両面裏ソフトのフレアだ。サーブ、最初にボールを出すのは野石さん。野石さんはカットサーブを出してきたけど、その所作は教えていないものだ。恐らくは見慣れていた誰かのを実践してみたのだろうか。しかし、僕が打ち返すには造作もない程度には単調な物だ。そのうち、ちゃんとしたやり方というかコツを教えてあげないとだな。しばらくお互いツッツキを打ち合ったけど、最終的に僕がネットギリギリに出したストップを拾えずに決着。すると同時に野石さんのラバーは卓球台にぶつかったことが原因で音を立て、めくれていった。

 しばらくの間、沈黙が続いた。それはそれとしてなぎなたの掛け声が体育館に響き渡る。

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