3品目 少年の 正体みたり クソ爺ぃ

 マルガネータとの料理勝負があったその日の夜。


 片付けも終わった店内は、いつもと違う静けさに包まれていた。客席の明かりは落とされ、厨房から漏れる小さな照明だけが二人を照らしている。玉子焼きの甘い香りがほのかに漂っていて、グーグーはその場の穏やかで暖かな雰囲気を、妙に心地よく感じていた。


「さあて、どっから話せば信じてもらえるモンかねぇ……」


 善志朗がテーブルの向かいで、頬をぽりぽりと掻く。目の前には、先ほど作った焼かない玉子焼きの残りと、何種類かのおにぎり。隣には浅漬けの小皿も添えられていた。


「いーよ、いーよ。シローくんのペースで話してもらって」


 グーグーが無造作におにぎりを掴む。一口齧ると、炙った明太子のぷつぷつとした食感と、ほのかな辛みが口の中に広がった。喉を通った後もなお主張する旨味の残滓が、心地よく胃の腑に落ちていく。グーグーはその余韻に目を細めると、椅子の下でぱたぱたと足を動かした。



「――ワシはなぁ。日本ってトコで生まれて、ずーっと料理ばっか作って過ごしてきたんだがよう」


 善志朗が浅漬けをつまみながら、言葉を探るようにゆっくりと話し始めた。


「ほぇ? にふぉん……?」


 グーグーは首を傾げる。口の中のおにぎりを飲みこむと、はらりと垂れた銀髪を耳にかけた。


「おう。こっからどう行けばいいかわからねぇくらい、遠い、遠い場所さ。朝になって、いつも通り厨房に立とうとしたら、急に胸が苦しくなっちまってな。ああ、これが最期かって妙に冷静だったのを覚えてるぜ」


 茶をすする善志朗の目が、どこか遠くを見つめている。グーグーは黙ったまま、梅紫蘇のおにぎりに手を伸ばした。梅の酸味と紫蘇の香りが、静かな店内にふわりと漂う。


「次に気がついたら、真っ黒な……いや、黒ってレベルじゃねぇな。光も音も何もねぇ、まるで世界の外側みてぇな場所に浮かんでたんだ」


「うぇっ、なにそれ? おっかないトコだねぇ」


「へっ……だろぉ? そしたらよ、いきなり目の前に光の塊みてぇなのが現れてな。『我は食を司る神なり』なんて偉そうな声が響いてきやがった。で、こう聞かれたのよ。『汝、やり残したことはないか』ってな」


 シローが一息つく。店の外から、夜に鳴く虫の声が聞こえた。時折、遠くで馬車が通る音。だが店内は、まるで世界から切り離されたような静寂に満ちている。グーグーは黙ったまま、薄明りに揺れる善志朗の顔をじっと見つめていた。


「――ワシは正直に答えたよ。まだ作りたい料理があるってな。そしたらその食神ってヤロウ、『ならば異世界へ客人として招いてやろう。新たな食材、新たな出会いが汝を待っているぞ』なんてことを抜かしやがる――『ただし、対価として、汝の積み重ねた齢をもらうとしよう』なぁんてオマケつきでな」


 善志朗が自分の小さな手を見つめながら、くっくっと喉の奥で笑う。しかし、夜よりも黒いその瞳の中には、毛筋ほどの後悔も見られない。



「んで、そのあとに気づいたら、こんなちんちくりんなガキの姿になってるわ、街はずれの路地にスッポンポンで転がされてるわでよぉ。参っちまったぜ――って、ど、どうした、嬢ちゃん?」


 目をそらしながら頭を掻いていた膳志朗の肩を、グーグーがわしっと掴んで揺さぶっている。興奮しているのか、尻尾がぱたぱたと激しく振れていた。


「へぇ~! へぇえ~!! シローくんってば、すっごい体験をしてきたんだねぇ!! それって別の世界から来たってコトでしょ? ねねっ、神さまってどんな感じだった? って、姿は見えなかったんだっけ!?」


 膳志朗が目を真ん丸にしながら、浮かしかけた腰を落ち着けると、


「――おいおい、嬢ちゃん、ワシの話をヨタだと思わねぇのかい?」


「へ? ぜーんぜん」


 グーグーはあっけらかんと、だが力強くこたえた。


「アタシ、狼系の獣人なんだけどさ。匂いでわかるんだよね、人がウソついてるか本当のこと話してるのかってことくらい。初めて会ったときから、シローくんってばずっと本音で話してくれてたでしょ?」


 グーグーがにっこり笑いかける。それを見た善志朗も、少しだけ表情が柔らかくなった。


「それにさ」


 グーグーは厨房の奥をぴっと指さす。


「ほら、あそこ――食神さまだったら、この世界にいるみーんな知ってるし」


 善志朗が身を乗りだして見る。壁の高い位置に小さな神棚があった。包丁を持った福々しい姿の木像が、こじんまりと佇んでいる。


「この国の飲食店だったら、たいがい食神さまを祀ってると思うよ。料理人の守り神って言われてるし。でもでもっ、実際に会ったなんて話は、初めて聞いたなぁ」


 グーグーが目をキラキラと輝かせながら、膳志朗へ顔を近づけた。


「シローくん、食神さまに選ばれたんだね! あはは、すっごーい! おめでとう!! いや、いらっしゃい? とにかくまぁ、アタシたちの世界にようこそっ!!」


「お、おう。ありがとよ……?」


 両手をぶんぶんと振り回されながら、善志朗が何とも言えない複雑な表情を浮かべる。


「――あ、そういえばさ」


 グーグーはふと真剣な表情になると、佇まいを正し、ぺこんと頭を下げた。


「あのさ、さっきは助けてくれて……ホントありがとね。あ~、こりゃダメだ~って観念しかけてたからさ、その、なんって言うか………………すっごい嬉しかった、です。ハイ」


 頬がほんのり熱くなる。「えへへ」とはにかんではみたものの、尻尾が左右に揺れてしまうのは止められない。


「んなこたねぇよ。ワシもこうして厄介かけちまってるからな。お互いさまってモンだろ?」


「――うんっ!」


 二人の小さな笑い声が、店内を温かな空気で満たしていく。お腹と心がいっぱいになる、そんな素敵な夜をグーグーは心から楽しんでいた。



「――ところでさ、シローくんがやりたいことってなんなの?」


「ぉん?」


 膳志朗がおにぎりを頬張りながら、グーグーを見つめ返した。


「ほら、神さまに言われたんでしょ。やり残したことはないかって」


「あー、それはなぁ……」


 善志朗はすっかり低くなってしまったおにぎりの山を見ながら、照れくさそうに鼻をすする。


「この年になってまで恥ずかしいんだがよ。どうしても作ってみてぇモンがあってな」


 善志朗は箸をおいて手を組んだ。その表情が、急に真剣なものに変わる。


「極上の食材に、希少な香辛料と高価な道具。それらを用いて最高の調理を施し続けてきたけどよ――ずっと引っかかってたんだ。ひとかどの料理人として、自分が思い描いた究極の一皿ってぇヤツを完成させることができたのか、ってな」


 膳志朗は茶をぐいっとあおると、


「ふんっ。んなワケあるかい」


 かん、と湯呑を置いた音が店内に響く。自嘲するように、うっすらと唇が弧をえがいていた。


「ワシはな。ワシ自身の手で『最強の料理』を創ってみてえのよ。日本では叶えられなかった夢を、この異世界で、まだ見たことも味わったこともねえ食材たちを通じて――今度こそ、いや今世でこそ、果たしてみてえってな」


 そう語る善志朗の瞳が、らんらんと熱を帯びていく。その様子を見つめていたグーグーは、なんだか嬉しくなって「ふひっ」と顔をにやけさせた。


「いいじゃん、シローくん。男の子だねぇ。アタシ好きだよ、そーいうの」


 膳志朗が「おいおい」と困ったように笑う。


「よぉ、嬢ちゃん。んなガキ扱いは勘弁してくれよ。ワシはこんな見てくれでも90近い爺ィなんだぜ?」


 グーグーが最後のおにぎりに手に伸ばしながら、ぷくっと頬を膨らませた。


「えー、どうしてぇ? アタシ130歳くらいだから、それに比べたらシローくんなんか、まだまだ全然お子ちゃまじゃーん」


「……そりゃマジかい?」


「マジマジ、大マジ」


 善志朗がポカーンと口を開ける。その顔が面白くて、グーグーは思わず吹き出しそうになった。


「あのね、シローくん。このヘイヴランドって国には、いろーんな人種がわんさかいるんだよ。だから、そういうのはあんま気にしなくて大丈夫だから」


「……はぁ、そういうモンなのかねぇ」


 最後のおにぎりを美味しそうに頬張りながら、グーグーは「ごちそうさまでした!」と手を叩く。ゴクンと飲みこむと、伸びあがるように立ち上がった。


「んじゃ、シローくん! お店の再開に向けて、やることをいっちょ確認していこっか!!」


「おう。そりゃそうだな」


「そもそもなんだけど――この街、ってかヘイヴランドではね。お店で料理を作るためには、免状が必要になるんだよ。だからシローくんにも、まずその資格を取ってきてもらわないと困っちゃうのです」


 膳志朗が、「ほぅ」と感心したような顔つきになる。


「そんなのがあんのかい。しっかりしたモンだなぁ……嬢ちゃん、その資格ってえのは取るのが難しいもんなのかい?」


 グーグーは自信満々に胸を張った。


「へーきへーき! シローくんなら楽勝だって! たぶんっ」


 最後に小さく付け加えた「たぶん」に、善志朗が苦笑を浮かべる。


「ま、どんなモンかは受けてみてのお楽しみってモンか。んじゃさっそく明日にでも、その資格を取る準備をおっ始めるとするかねえ」


 善志朗は空いた皿を器用に重ねながら立ち上がった。小さな体で大量の皿を運ぼうとする姿を見て、グーグーも慌てて「手伝う~」と駆け寄っていく。


「――お、そうそう」


 空き箱を踏み台にして皿を洗う膳志朗が、グーグーを仰ぎ見る。


「さっきの資格なんだけどよ、なんて言うモンなんだい? 試験とかあんのかね?」


 勉強はどうにもからっきしでなぁ、とひとりごちる膳志朗に、グーグーは皿を拭きなが、にっこり笑ってこう言った。


「えっとね。調理士ギルド試験――シローくんが受けなきゃいけないのは、実技だけを審査する五級調理士試験になるハズだよっ」





※次回更新は1/8(木)予定。試験編がスタートします。 もし面白ければ、フォローや★での応援をいただけると嬉しいです。

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オーバークック! ~食神に愛された料理人は、未知なる美味で、この異世界を塗り替える~ 十返 香 @TOGAESHI_Ko

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