第8話「反動の宴」
光差すところには、また影も生まれる。ゲオルギー・パーヴェルの進める領地改革は、民衆や労役者たちにとって太陽の齎す光合成にも似た活力であったが、その光によって損益を被る者も一定数存在した。
労役監督署のベレンコフ部長は、“警護”の隙を突いてジェリーゾングラードの倉庫街の一角にある穀物倉庫へ身を潜め、闇の会合に出席した。議題は当然、新領主への対応である。
役人の会合であるのだから堂々とオフィスを借りるべきであったが、今日話し合われるのはそのような公の場で行えるような議論ではなかった。
「パーヴェル伯の領地運営は、余りに傍若無人が過ぎる」────そう発言したのは、惑星シェスチンスカの弁務事務局の次官を務めるオークの男だった。彼は、これまで開拓公社からリベートを受け取ることで便宜を図ってきた。不充分な給与と、それに見合わぬ過大な職務負担の不整合さに憤り、然し自分が居なければ家族を養うことが出来ぬという現状を解決するための手段であった。その目的で、賄賂を渋々正当化していたのだ。
「だが昨今、パーヴェル伯は開拓事業を公社からお取り上げになられた。それだけでなく弁務事務局も常に監視されるようになったし、軍政の下に吾らの行政府としての仕事が奪われている。トンストイ伯と違って、パーヴェル伯は吾らに充分な給与を払ってくれるが、役人としての存在価値を奪われ続けている今、いつ吾らが用済みとして路頭に迷わされることか知れんぞ」
実際、弁務事務局の役人は帝国内務省から派遣されるものだが、派遣先での人事は領主にその権利が帰属する。解雇は出来ないが、中央に送り返すことは出来、事実上、それは更迭と同義である。更迭とは即ち、出世街道からの落第をも意味し、官僚にとっては死刑宣告にも等しきものである。故に、官僚はその派遣先での立ち振る舞いが重要となるが、多くは職務の属人化を図って固有の立場を確立することに腐心し、その短絡的かつ効果的な手段としてリベートやキックバックという名の賄賂を行うのだ。
ベレンコフは薄くなった頭皮を掻きながら、近日発布される新たな布告を伝えた。この闇の会議室の面々で、ベレンコフは最もパーヴェル伯に近い立場の者だった。
「パーヴェル伯は近々、労役監督署を解体なさるおつもりのようだ。それに伴い、労役者たちに財産権と職業選択権を賦与なされる、と。更に、このジェリーゾングラードにネジ工場を建設するつもりらしい」
固形物と化した空間に、金槌が打ち込まれた。動揺は衝撃波として一堂に伝播した。
「な…………何を考えているんだ、パーヴェル伯は!そのようなことをすれば、領内は大混乱に陥りますぞ!」
「そ、そうだ!資源産業が、崩壊してしまうではないか!」
木材や鉱物といった原料の輸出で栄えているのが旧トンストイ伯領であったが、その原料の産地たる農林や鉱山は、労役者として扱われている数多の亜人種たちの、絶え間ない労働によって稼働していた。労役者は労役監督署から公社に派遣されるものであったが、その労役監督署は領主の所有機関である。なのでこの際、労役監督署を解体することはパーヴェル伯の裁量権の範囲内であったのだが、そうなれば、ベレンコフはパーヴェル伯領に於いての仕事を喪うのである。それに限らず、労役者を使う公社との癒着や汚職で私腹を肥やしていたこの場の官僚たちは、一挙にその既得権益を喪うこととなる。
しかも────自由化された労役者たちはネジ工場で働くのだろう。それによって工業製品の自給体制を整えようと云うのだろうか。それではまるで、ただの辺境領地をいち国家へと変態せしめんとするような政策だ。それは良い。だが、新たに建設された経済体制の中で、自分たちの住まう苗床はあるのだろうか。
「ベレンコフ部長、もはやパーヴェル伯についていく事は出来ません。何とかなりませんか!?」
汚職官僚どもの目が、一挙に丸渕眼鏡の中年オーガに向けられた。ベレンコフは空を見上げ────自らの構想を語り始めた。
「策はある。トンストイ伯の置き土産たる彼らに、協力を仰ぐ以外あるまい」
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