第7話「改革の嚆矢」

 開闢暦三二八八年九月一八日のその夜、ゲオルギーはパーヴェル師団の幕僚を呼び集めて領主府のサロンで会議を開いた。各惑星を視察に回ってきて早々であるというのに、若き美貌の領主には疲れの色はなく、相変わらず強烈な存在感でサロンを席巻していた。

 サロンを借り上げた臨時の会議室に召集されたのは、パーヴェル師団の実戦部隊四個連隊を指揮する二名の准将と二名の少将である。カシマール・ロフヴィツキー少将、ウラソフ・マレンコフ准将、ディミトリー・カラシニコフ少将、そしてゲオルギーの副官を兼任するイリーナ准将。

 そして参謀長アンナ・イヴァンスカヤ大佐を筆頭に、通信参謀エレノワ・グービナ中佐、作戦参謀カタリナ・ジェメンコヴァ中佐、航法参謀ソフィア・ドヴレチェンスカヤ中佐を合わせ、計八名の幹部が集ったのである。全員が平民出身であり、それぞれが以前から才幹と実績豊かな猛者たちである。

 彼らが一堂に顔を合わせるのは、パーヴェル師団を結成した直後、バルバトス星系へ出立する直前に、首都星ペルーンにて顔合わせの際の一度きりであった。


「まずは改めて、先の戦役の勝利を祝うとともに、その功績が卿らの働きに依るところ極めて大であることを感謝したい」


 着席するなり八名のオーガ、オークたちを見やってそう切り出したゲオルギーは、領内の現状を淡々と説明し始めた。内容は大きく分けて、以下の五つである。


 А(アー)、吾が領土内では、現状不足している基礎資源はなく、資源産業の面で充分な発展が見込めること。

 Б(ベー)、労役者を含む総人口はおおよそ二〇億人に及ぶと見られ、人的資源の面から見て経済成長の余地が充分にあること。

 В(ヴェー)、領有する五つの有人惑星上では、使われていない土地が多く、開拓、開墾の余地があること。また小惑星帯アステロイドベルトや衛星などには開発可能な資源が眠っている可能性が高いこと。

 Г(ゲー)、財政は現状のところ安定しており、パーヴェル師団を丸ごと賄うに不足はないが、今後拡張するに当たっては工業力の面で大きな不安があること。


 これらの事実に鑑みて、ゲオルギーは「一見すると問題はないように見える」と括った。一同はそれに頷く。しかし課題が山積していることも、共通の認識であった。

 まず、官僚体制の不備が見られたのである。各惑星にはそれぞれ、“弁務事務局”と呼ばれる役場が最低でも四ないし三は必要なのだが、トンストイ伯時代ではこれを一つずつしか配備していなかったらしく、現場の体制がパンクしていたのだ。更に負担に見合わぬ給金であることが災いして、汚職や横領などの腐敗が蔓延する始末。警察力も相応に低く、ジェリーゾングラード以外の惑星の治安はお世辞にも良好とは言い難い始末であったのだ。

 ロフヴィツキーが業を煮やしたように発言した。


「閣下!ここは師団の地上部隊を以て弁務事務局を占拠し、後方勤務者を役人の代わりに据えてはどうでしょう!?少なくとも、ヴァイセルクの理念を解さぬ外道なる現在の官僚どもよりは、マシな働きをすると思われます!」


 獅子吼する猛将は、ゲオルギーの警護役として同じく各惑星を見て回ってきた。それ故に現地の実態はよく知るところであり、その精神的波動の近似性からも、彼の意見はゲオルギーとよく似通うところであった。彼とゲオルギーの間にあるものと言えば、偏に理性と戦略眼であろうか。

 吼える獅子を制止したのはアンナ・イヴァンスカヤ参謀長であった。


「いけません、ロフヴィツキー少将。弁務事務局の役人は、帝国内務省より正規の手続きで派遣された者たちです。惑星弁務官を蔑ろにしたとあれば、中央からお咎めを受けましょう」


 むう、とロフヴィツキーは引き下がった。平民出身であればこそ、法律の重要性はよく理解するところであったのだ。実のところ、口を開いた時点で自分の主張は危険を孕むものであることは承知していたので、誰かが諫めてくれるだろうと思っていたのだ。想定外があるとすれば、止めるのはイリーナの役割であろうと思い込んでいたことだ。

 そのイリーナは、早速ロフヴィツキーの信用を別の意味で裏切ることとなる。


「参謀長。何も、ロフヴィツキー少将の意見を完全に無下にすることもないでしょう。二つほど修正を加えればよろしいかと存じます」

「修正?」


 ティーセットに音色を奏でさせたのは、カラシニコフ准将であった。師団きっての穏健派であり、守勢を得手とする指揮官である。あらゆる急変にも柔軟に対応し、常に最小限の損害で負け戦も切り抜けてきた。彼に言わせれば、戦いとは、驚愕を覚えれば勝ちを逃がすものであって、泰然自若としているうちはまず負けはしないという理念があった。そのロジックで言えば、彼は今日、生涯四度目の敗北を喫した事になる。


「治安維持活動を名目に、各惑星に吾が師団の実戦部隊を進駐させるのです。警察力の不足は火を見るに明らかですので、弁務事務局はこれを承認せざるを得なくなるでしょう…………」


 カラシニコフは後に日記にてこう著述する。


「イリーナは就くべき仕事を幾らか間違えたのではないだろうか。彼女はこの時、幾らかの興奮を語気に込めていたように思う。そしてそれは錯覚でなく、彼女なりの熱意の表出であり、吾らに持ち得ぬ才幹を存分に発揮できる舞台を得た歓びが無意識的に表れていた。彼女の不幸は、軍人としての能力と、政治家としての能力、謀略家としての完成度、そして理想家としての考え方という、まるで不一致な元素をひとつの肉体に押し込められてしまったことにあるだろう…………」


 翌週、パーヴェル伯ゲオルギーはある書類にサインし、それをパーヴェル伯領の四恒星系に伝達させた。“パーヴェル伯による領内法の新覚書”と云うのが正式な書類名であったが、単に“新法発布”と呼び習わすのが一般的となる。また、これはパーヴェル伯陣営による改革の嚆矢ともなった。

 内容は以下の通りである。


一項 トンストイ伯の不予により、皇帝と大神ペルーンの恩寵に依りパーヴェル伯がボストーク星系、ウラリスク星系、ペレジノ星系、キシニョフ星系とそれに属する各天体領地、トンストイ伯爵家が保有するあらゆる物的、非物的資産を相続することとなり、以後の領有権は総てパーヴェル伯に帰属すること。

二項 領内法は旧トンストイ伯が施行したものを概ね踏襲するものであるが、その一部を改訂する必要がある為、この新覚書を起す。

三項 警察力の不足による治安の不安定さに鑑み、各惑星にパーヴェル伯師団を駐留させること。

四項 弁務事務局は三項のパーヴェル伯師団の活動に協力し、師団陸戦部隊の恒久的駐留拠点となり得る土地を提供すること。

五項 治安維持能力の最大化を図る為、領主府を閉鎖し新たに軍政総督府を開設する。


 発布された内容は、帝国の中央法規定に最大限則ったものであった。領内警察は領主の編成するものであったから、事実上それを解体することもまた領主の自由であった。一方、軍隊を私物化しているという側面もあったが、その誹りを回避する為に政令拠点を総督府と改めることで、パーヴェル師団の軍事活動としての統治行為を正当化したのである。

 斯くして、法的正当性を得たパーヴェル師団の各部隊は早速の活動を開始した。カラシニコフ連隊はウラリスク星系へ、ロフヴィツキー連隊はペレジノ星系へ、マレンコフ連隊はキシニョフ星系へ発ち、それぞれの有人惑星領へ降下した。

 彼らは大規模駐留基地を建設しつつ、惑星ひとつに付き師団事務局を五個以上設置し、そこに連隊の後方勤務者や憲兵を配置することで領内警察に代わる治安維持機構を構築していった。

 当初、官僚などは“新しい領主の、派手なデモンストレーション”と考えていたが、次第に領民たちが「警察は働かない。兵士の方が真面目だ」「弁務事務局の役人が仕事をしてくれないが、師団事務局の憲兵さんの方が親切にしてくれた」などと唱え始めるにつれ、顔を青くして法律書を捲り始めた。武力を持たぬ彼らの唯一の武器と言えば、年に何度も変更され、その都度改訂版の所持を義務とされる法律書だけであったが、しかし彼らの手元にあったのは二年ほど前のものであった。

 正確な中央法制に基づかねば内務省本庁が動くことはなく、つまり武器が武器としての機能を放棄していたのである。それでもこの現状は、パーヴェル伯に依る専横ではないかと訴え出ても見たが、返事はまるで芳しくない。

 官僚たちの最期の抵抗は、徴税部門に託された。弁務事務局の最大にして本分ともいうべき仕事は、徴税権の行使に在ったのだ。税がなければ領主は食っていけず、領民はそんな領主を統治能力の欠けた、資格なき者と見做す。そうなれば統治も何もあったものではない。ただ領地を返上し、立ち去るのが関の山だ。次の領主は、自分たちに媚びるだろう。それで良い。貴族は私腹を肥やす生き物で、自分たちはその宿り木として生きていけば良い。甘い汁が吸えるならば、一時の痛みは幾らでも受け入れよう…………。

 だが、そんな官僚たちの浅知恵は何ら成果を為さなかった。徴税官が出勤する際、毎朝と毎晩に必ずパーヴェル師団の兵士が警護に就くようになったのだ。


「このご時世ですから、徴税官様の身が安全でいられるとは限りません。警察に代わって、吾々が責任を持ってお守り致します」


 兵士たちはにこやかに、しかし、瞼の裏には氷のナイフを湛えながら、そう言って徴税官の両脇を完全武装で固めていたのである。

 この時、警察は何をしていたかと言えば、イリーナの下で再編の只中に在った。師団兵力による治安維持は、警察再編を完了させるまでの一時的な措置である。再編された領内警察は、パーヴェル伯と法に忠実な、強力な組織になるだろう。それは官僚主義の腐臭を浴びた汚い布切れではなく、折られたばかりの白絹のように清廉であるべきだ。それで良い、全ての改革はそれから始まるのだ…………。

 ゲオルギー・パーヴェルは、星を見ながらほくそ笑んだ。一種の破壊衝動にも似た熱意で進められていく改革に、確かな手応えを見出していたからだ。

 再編された領内警察が師団憲兵の役割を引き継いだ時、既に地上には、少なくとも表面上パーヴェル伯に反抗する者は居なかった。あるのは、歓呼の声を以て領内の治安回復を成功せしめた若き新領主を称える民衆の姿だけであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る