第6話「パーヴェル伯領」

 パーヴェル家は五代前の当主ミハイルの時、伯爵の地位にあった。爵位としては上から二番目の地位で、帝国領土では外縁辺境に位置する星系を治めていたため“パーヴェル辺境伯”と代々呼ばれていた。辺境地は開拓地でもあり、またそれに伴って与えられる権限の強さや、開墾した土地から生まれる資本などを全て自分のものに出来る利潤などによって、強権化しやすいのだ。故に、パーヴェル家は周辺諸侯から疎んじられており、所用の為に中央星系へ赴く際にも、たった一〇〇光年の距離時間に三桁近い数の妨害を受ける事もしばしばだった。苛烈な妨害はエスカレーションを続け、遂に近隣星系を統治するスヴェルドロフ伯爵は麾下の私兵艦隊を用いて航路を塞ぐようになったのだ。

 航路の妨害は、深刻な通商への打撃を齎す。食糧生産は出来ても、精密機器などの工業面に於いては貿易を頼っていたパーヴェル伯領は深刻な経済的安全保障の課題に直面し、また領民たちからも毅然とした態度を求められたミハイル・パーヴェル伯はスヴェルドロフ伯との対決を決意するに至った。

 航路になお居座るスヴェルドロフ艦隊に対し、自身も私兵艦隊を率いて退去を命じるが、スヴェルドロフ伯はこれを拒絶。逆に通商路使用権を要求した最後通牒をパーヴェル伯に突き付けると、これを交渉の余地なしとしたパーヴェル伯はスヴェルドロフ伯との開戦を決意した。パトリムパス星域紛争である。

 パーヴェル伯は緒戦に於いて勝利を納めていたが、スヴェルドロフ軍は通商路に十重二十重の陣地を形成し持久戦の構えを見せていた。パーヴェル軍は結局、スヴェルドロフ軍に封鎖された通商路の打通に漕ぎ付くことはなく、精密機器の輸入が途絶え続けたことで艦隊の稼働率が落ち込んでいき、戦況は次第に不利なものへとなっていった。

 仕方なくパーヴェル伯領へ退却し、新航路の開拓と精密機器の自主生産、そして皇帝への直訴を図ろうと考えていたところ、戦力を温存していたスヴェルドロフ軍が領内へ侵攻し、敢え無く降伏することとなった。しかしこれは紛争の“武力部分の”終結であり、政治的にはこれからが本番であった。

 ミハイル・パーヴェルは爵位と領地を剝奪され、ただの名ばかり貴族へと貶められた。罪状は、内乱罪と叛乱未遂である。以来、ゲオルギー誕生までの五代はなけなしの財産を切り売りすることで、何とか生きてきた始末である。

 そんな没落貴族の家に生まれたゲオルギー・パーヴェルの人生は、大河の激流にも勝るものであったと後世の歴史家は評価することが多い。激浪の時代に於いてさえなおその面が際立つのは、彼くらいなものであろう。

 一八歳の初陣以来武功を重ね続け、二〇歳の時に佐官へ、二三の時に准将へ就き、一年ごとに昇進を続けて中将の地位を得た。一個師団を率いる地位でありながら、爵位のない貴族というのも格好がつかぬということで子爵の地位を贈られたことは記憶に新しく、そして皇太子の親征に於いて多大な戦果を挙げた活躍によって、皇帝より伯爵号を授けられた。

 彼に言わせれば、領地もないのに爵位を持つ方が格好が悪い。そんな皮肉は彼のユーモアの畑からはすぐに間引きされ、己の職務に精励しつつ、しかし、その腹に滾る野心が形となるのを押さえてきた。

 とろ火のような曖昧模糊たる野心の炎が、確固たる意志の煉瓦を焼き固めるに至ったのは、第三次バルバトス星域会戦の末尾である。


「俺は帝国を倒す」


 灯火亡き宇宙の闇の中で、生暖かきベッドの上でゲオルギー・パーヴェルは静かに宣言した。


「帝国の前身たる同盟は、本来、純人種ヒュームズからの侵掠を防ぎ、亜人種デミーズ総てにとっての楽園たるべく興されたはずだ。だが、その建国の理念は失われ、ヨーセフ・オルグドフが如き専制者によって同盟は乗っ取られ、現在の王鬼帝国を形作った。今や一部の特権者のみが益を食み、その他総てを“消費”することを是としている…………」

 副官は頷くこともなく、しかし肯定することもなく、主君たるオーガ族の貴族に背を向けて乱れた髪を直しつつ、黒面をその顔に取り付けた。艶めかしく汗に光る白い背は、しかしこの時ばかりはゲオルギーの欲求を誘わなかった。


「純人種との戦争が続くわけだ。奴らは帝国を維持するためだけに戦争をしているのだ。純人種への恐怖が消えれば、帝国は裡に抱えた無数の刃に刺し貫かれ、横死せざるを得なくなるのだ…………。だが、どう戦えばいい?あの皇帝に、隙は無い。秘密警察ベローイェ・バリトの脅威もある、純粋な戦力でも勝てはせん…………」


 イリーナは、思考の陥穽に陥った主君にガウンを羽織らせる。


「では、モデルケースを作られればよろしい」

「モデルケースだと」

「左様」


 金細工の混ざった赤銅色の頭を振って、若き伯爵は顔を上げて、無機質な黒面をその目で捉えた。


「帝国を維持するは純人種への恐怖であり、その恐怖が持続せるうちは国内のオーガ、オーク以外の種族は殆ど極限まで搾取される。何故なら“マシ”だから…………。ならば、これから閣下が統治される旧トンストイ伯領では、開明政策を打たれればよろしい。他種族にも最大限の権利を与え、環境を整えてやるのです…………」


 貴方が私にしてくれたように。────些か水分を含んだ声でそう付け加える。ゲオルギー・パーヴェルはその一言で、思考の石炭を燃やしてその頭を蒸気機関とならしめたのである。火の入った頭を駆動させること一両日、旧トンストイ伯領の本拠地星“トンストイグラード”が存在するボストーク星系へ配下のパーヴェル師団を率いて八二〇〇隻を率いて進入した。開闢暦三二八八年九月一五日のことである。

 トンストイグラードへ入城して領主府にて正式に“パーヴェル伯爵領”となる手続きを手早く済ませ、星の名を“ジェリーゾングラード(鉄の都)”と改めると、その足で伯領内の奴隷を管理する労役監督署へイリーナとロフヴィツキー少将を伴って赴いた。ロフヴィツキーは先の会戦で、たった一個連隊で一個艦隊を撃破した勇将であり、また最も体格に優れた側近であったために護衛としての同行を命じられた。

 労役部長のニコライ・ベレンコフはオーガ族に似合わない眼鏡を光らせながら、媚びを売るように手を擦り合わせ、自分より小柄で若輩の新たな領主に挨拶をした。


「帝国随一の用兵家を領主に迎えましたこと、私のような小官吏には思いも寄らぬ僥倖でありまする。このボストーク星域も、伯爵閣下の辣腕によりますれば更なる発展を遂げること間違いありません」


 赤銅の頭を振って、彫刻の如き美貌の持ち主は言葉を耳道から振り払った。


「美辞麗句は良い。労役の現場へ吾らを案内せよ」

「はい!?」


 ベレンコフは驚愕の余りに体を震わせ、眼鏡がずれる現象を体験した。前領主ヴァシーリー・トンストイが先代から称号と領地を相続した時もベレンコフは部長であったが、その時はただの挨拶を受けただけであって、その以後も現場の視察など申し出た歴史はなかった。


「しかし、新領主様。現場は余りにも不衛生で、お体に障るやもしれませぬ。御視察はおやめになるがよろしいかと」

「ほう」


 漏斗から水が垂らすように声を漏らしたのは、数歩後ろに控えていたイリーナであった。


「強健な身体と精神力をお持ちであるパーヴェル様からしても過酷な環境で、労役者は働かされているというのか。そんなことで、労役者たちが効率よく働けているとは思えませぬな」

「ぬ…………」


 眼鏡のオーガは声を詰まらせると同時に、その黒面の奥に溶岩を垣間見た。この女の不興を買う事は、己の命を溶鉱炉へ差し出すに等しい愚行であると悟る。結局、ベレンコフは押し切られる形で視察に応じることとなった。

イリーナは領主府へ戻って、領主府を始めとする各部署との調整に勤しむこととなり、視察に向かったのはゲオルギーとカシマール・ロフヴィツキー、そしてロフヴィツキーの部下数名であった。

 視察に選んだ鉱山現場に到着すると、まずゲオルギーとロフヴィツキーは思わず鼻を摘まんだ。理解するより先に、肉体が危険信号を発したのだ。瘴気としか言いようがない猛烈な悪臭は、まさしく、そこで働く労役者たちである土夫ドワーフ族たちの体から発せられていたのだ。

 ドワーフたちは自動トロッコに乗せて坑道から運ばれてくる鉱石を、何ら無感動無感情に回収しては、種類ごとに選別してコンテナに放り込んでいく。力なくツルハシやシャベルを担いで坑道へ姿を消していき、入れ違いで、咳をしながら倒れ込むようにトロッコと共に出てくるドワーフもいる。そのドワーフが水を求めて地を芋虫の様にのたうつと、ゲオルギーは急いで自らの水筒を分けてやった。悪臭が軍服に染みつき、泥がこびりつくのも構わず、好きなように飲ませてやると、そのドワーフは「ありがとうございます」と感謝を述べた途端、絶息してしまった。

 オーガ族の中では小柄なゲオルギーの腰ほどの、そして大柄な部類のロフヴィツキーの膝ほどの背丈であるのがドワーフの特徴である。しかしその小兵からは想像も出来ぬほど鉱物に関する先天的な才能を持っている。優れた嗅覚で鉱脈を見つけ出し、圧倒的なセンスで次々と鉱物を掘り抜き、適切な器具さえあるなら高品質の鋼鉄を自前で作れてしまう種族だった。しかも、それを終生の趣味としてしまえるほどに好む性質なのだ。

 その特性故にあらゆる惑星で重宝されるに至り、旧統一政府時代の末期には“亜人奴隷の見本”として扱われていたほどだ。

 そして反統一政府、反純人種主義を掲げた帝国は今、奴隷制度を否定している。オーガ、オーク以外の亜人種族は社会的出世は見込めず、代わりに、“労役者”という階級を生まれながらに与えられていた。

 労役者というのは言い得て妙なもので、その実質は奴隷であることは、誰も否定することがなかった。


「ああ、もう“壊れた”か。近頃のドワーフどもは虚弱で困るな…………」


 鉱山を取り仕切っている、現場監督のオーク族の男が現れた。オークは自らの上司であるベレンコフの姿を見出すと「ああ、部長」と畏まった。


「今月の生産確認ですかい?それならもうデスクの方に送ってありますけど」

「いや、今日はそういうものじゃない。先日、トンストイ伯爵閣下が逮捕されたのは知っておるな?」

「ええ、はあ、まあ。それじゃあ、何ですかい。そこのお歴々方が、新しい領主様というわけですかい」


 ゲオルギーは刃を忍ばせた視線でそのオークを見上げると、「新領主のゲオルギー・パーヴェルである」と名乗る。オークの側は小さい奴だな、などと呟きながら、やはりどこかで聞いたようなスラヴ系の名前を名乗った。パーヴェル伯ゲオルギーはその名を記した記憶のメモをすぐに紛失してしまったので、その名を頭脳の引き出しから見出すことはついぞなかった。


「伯爵閣下にお願いがございます。実は労役者が足りんのですよ。どこかの領内星から労役者を補充していただくか、ノルマを減らしてくれませぬと、効率が落ちる一方です」

「何故補充するのだ」

「何故と云われましても、数が減ったからとしか。働かせる以上、死ぬのは当然でしょう」


 空気中を静電気が奔った。発信元はオークの監督、伝搬させたのはベレンコフ、そして受信者はロフヴィツキーとゲオルギーであった。


「閣下、これは…………!」


 ロフヴィツキーが怒りを孕んだ目で、ベレンコフ部長を睨み付けた。少壮ながら猛将の名を欲しいままにするオーガの軍人であっても、いや、だからこそこの非道を許し難く感じた。カシマール・ロフヴィツキーは平民出身のオーガだ。オーガ族としては平凡な中流階級に生まれ、宇宙を翔けることを夢に見て軍人となった男だ。その経歴故か、労役者というものを目の当たりにしたのは初めての事だったらしい。

 オーガの猛将は差別主義者であった。しかし、それは敵対者たる純人種に対してのみであって、むしろ、自らの足元を崩しかねんとする行為に気付かぬ無能な味方をこそ撃つべしと考えていた。

 ゲオルギーはささやかに手を振った。この忠良ながら気性に難を抱えし部下を統御する方法は、適切な時に指向性を与えて爆発させることであることを、若き伯爵は理解していたし、また、爆発を許可される方はそのように管理される事をむしろ喜んでいた。つまるところ、精神の波長が似通っているので、主君がしたくても出来ないことを自分がやってやろう、という忠誠心の顕れであった。

 ロフヴィツキーの大きな手が素早く伸び、オークの太い首を布の塊のように掴んで引き寄せた。怖れを表情へ露わにするオークの監督官は、更なる暴風へ晒された。


「貴様!帝国の理念、ヴァイセルクの無念を何と心得るか!ドワーフどもを斯様に取り扱い、部品が如く取り扱うなど言語道断であるぞ!」

「し、しかし!ここだけではありませんぞ!他の貴族たちもやっておる事です!」

「何だと!」


 火山脈は一旦の鎮静を見せた。だがそれは、新たな火山脈の噴出を誘発したに過ぎず、あるいは、新旧合わせた二つの火口が噴き上がって生まれた、怒りという名の成層火山に過ぎなかった。

 この後、ロフヴィツキー火山帯は忙しなく活動を続けることとなる────同様の光景は領内の植林惑星ボストクスキーやガス惑星ペトルゴロド、農耕惑星シェスチンスカなどでも見られ、そこで働かされていたエルフ族やノーム族などの亜人たちの平均寿命は惨憺たるものであったのだから…………。

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