第2話 彩音さんの歌

「彩音さん! 一緒にお昼ご飯を食べませんか!?」


 翌日の昼休み。彩音さんの教室に足を踏み入れると、突き刺すような視線を感じた。彩音さんは今も多くの女子生徒に囲まれている。

 新参者の一年生のことなんて、みんなよく思わないのだろう。


 まあ、別に彩音さん以外にどう思われたっていいんだけど。


「あの、彩音さん。私、お昼ご飯作ってきたんです」


 彩音さんの席まで歩き、背中に隠していたお弁当箱を披露する。目を見開いたのは彩音さんだけではなかった。

 なぜなら、私が用意したお弁当箱は、おせちも裸足で逃げ出すほど豪華なお重箱だから。


「……これ、雅が作ったの?」

「はい。彩音さんのために手作りしました。私、料理も得意なんです」


 ほら、と一段目の蓋を開けて見せる。彩音さんの好物しか入っていないお弁当だ。


「彩音さん。二人きりでゆっくり、美味しいお弁当を食べませんか?」


 彩音さんは頷いた。物で釣る作戦、大成功である。





「わっ、あ、彩音さんがお箸持ってるっ、もぐもぐしてる、やばい、超最高です……っ!」

「……普通に食べてるだけなんだけど」

「女神が食事をしてるなんて、民衆からすれば一大事ですからね!?」


 大好きな彩音さんが、私が作ったお弁当を食べている。最高すぎるシチュエーションだ。

 ていうか、横顔綺麗過ぎない!? 見れば見るほど最高で、一秒ごとに好きが募っちゃうんだけど……っ!


 私が凝視するせいで、彩音さんはちょっと食べにくそうだ。申し訳ないけど、見ないという選択肢はない。

 彩音さんは、この学校でもかなりの有名人だそうだ。といっても、有名な理由はバンド活動ではない。単純な顔の良さと、胡桃沢ハーレムと称されるファンクラブのおかげらしい。


 ハーレムがあるのは嫌だけど、花に虫が群がるのはしょうがない。

 大事なのはこれからだ。


「彩音さん。これから毎日、私と二人でお弁当食べませんか? 私、毎日お弁当作ってきますよ」

「さすがに申し訳ないんだけど」

「そんなことないです。彩音さんのお弁当を作れるなんて、最高に幸せなので!」


 事実だ。はりきり過ぎて朝五時に起きたけれど、アドレナリンが出まくっているせいで全く眠くない。午前中の授業だってかなり集中できた。


「……雅は、私のどこがそんなに好きなの?」


 弁当を食べる手をとめて、彩音さんが私をじいっと見つめた。


「最初は、彩音さんの歌声でした。たまたまシャイアロの歌を聴いて、衝撃が走ったんです。なんて素敵な声なんだろうって! 力強いのに繊細で、甘いのに鋭くて……私、一瞬で虜になっちゃいました」


 そこから先はもう、あっという間だった。気づけば私の毎日は彩音さんでいっぱいになっていった。

 彩音さんの歌を聴いて。彩音さんのSNSをチェックして。彩音さんがたまにアップしてくれる自撮りを眺めて。


「どんどん、全部が大好きになって……今では、彩音さんの全部が好きです」

「……ふうん」

「これからもっといろんな面を知って、もっと好きになる予定です!」


 ありがとう、と呟いた彩音さんの頬は緩んでいる。

 それだけでもう、天に昇りそうなほど幸せだった。





「どう? そろそろ夢から覚めたかしら?」


 音楽室の扉を開けようとすると、背後から瞳さんに声をかけられた。扉の窓から中を覗き込むと、今日も彩音さんはたくさんの女の子達に囲まれている。


「理想を追い求めていたいなら、ただのファンでいる方がずっと楽よ」


 瞳さんが扉を開け、中にいる女生徒達を追い出す。すぐに雫さんもやってきて、バンドの練習が始まった。

 シャイアロの活動は、今のところSNSが中心だ。実際のライブをするためには会場を用意する必要があって、それなりにハードルが高い。

 だが来月、高校生のバンドを集めたイベントへの出演が決まった。現在、シャイアロはイベントに向けて絶賛練習中なのだ。


 ホームページの作成も、帰ったら頑張らなきゃ。


 イベントでは、入場客全員にお目当てのバンドを聞く。集客力が強いと判断されたら、また次のイベントに呼んでもらえる可能性がある。

 マネージャーとして、できることは全力でやらないと。


 彩音さんのことは独占したいけど、彩音さんの歌はみんなに届いてほしいから。


「じゃあ、最初っからもう1回。今度は録画するから、二人ともそのつもりで。雅ちゃん、撮影お願いできる?」

「はい! もちろんです!」


 雫さんの指示に従って、スマホを構える。スマホ越しに彩音さんと目が合って、どきん、と心臓が飛び跳ねた。


 やっぱり好きだ。もうこれは理屈じゃない。


 歌が始まる。大好きな彩音さんの歌声が耳に直接流れ込んでくる。


 聴きながら、私は彩音さんのSNSの投稿を思い出した。

 深夜二時の投稿。翌朝には消えていた言葉。


『私は、孤独な人を救う歌を歌いたいの』


 気高い人だと思った。でも、実際に彩音さんと関わるようになって、ちょっとだけ見方が変わった。


 きっと彩音さん自身も、救いを求めてるんだ。

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憧れの先輩が女をはべらせていたので、私が全員蹴散らそうと思います 八星 こはく @kohaku__08

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