憧れの先輩が女をはべらせていたので、私が全員蹴散らそうと思います
八星 こはく
第1話 同担拒否のガチ恋勢だから!
「落ち着いて、
頷いて、手鏡を真新しい制服のポケットにしまう。今朝からずっとうるさい心臓は、そろそろ身体から飛び出してしまいそうだ。
目の前にある『音楽室』と書かれた扉の向こう。そこに、私の最愛の推し・
胡桃沢彩音、高校二年生。幼馴染三人で構成されたガールズバンド『shiny arrow』、通称『シャイアロ』のギターボーカル。
シャイアロはSNSを中心に少しずつバズり始めているアマチュアバンドだ。そしてシャイアロのメンバーはみんな、ここ、
もちろんインターネットでは所属高校なんて明かしていない。私が突き止めたのだ。
愛とお金があれば、たいていのことはなんだってできちゃうんだもん!
スマホを取り出し、彩音さんとのDMのやりとりを見返す。シャイアロはまだアマチュアバンドでファンもそれほど多くない。だから彩音さんは、私が送ったDMにも丁寧に返事をくれる。
でも一応、アカウント名は内緒にしとこ。さすがにストーカー過ぎるし。
うん、と頷いて、私は勢いよく音楽室の扉を開けた。
―――そして、絶叫した。
「ど、どどどっ、どういうことなんですかっ!?」
音楽室のど真ん中に、彩音さんはいた。
綺麗に染めた銀色の髪、形のいい耳を飾るいくつものピアス、セクシーで色気がありながら可愛さを備えた完璧な顔。
私の大好きな彩音さんだ。
それはいい。出会えたこの世界に感謝だ。問題は、彼女を囲む複数の女生徒である。
「なっ、なんなんですかこの
椅子に座る彩音さんの服はなぜか乱れていて、ブラウスのボタンは上から四つも空いている。そんな彩音さんに、甘えるように後ろから抱き着く女生徒が一人。
そして、彼女の横から、胸を押しつけるように抱き着いている女生徒が二人。
完全なハーレムである。
「……誰?」
彩音さんが私を見て首を傾げた。そして、まっすぐに私を見た。
やばい。私、彩音さんの視界に入っちゃってる……っ!
「一年生?」
透き通った綺麗な声だ。心に響くような、大好きな声。私が恋した女神の美声。
「彩音さん! だっ、大好きですっ、心の底から……っ!」
自己紹介は鏡の前で何度も練習した。それなのに、出てきたのはありふれた言葉。しかも声は震えてしまったし、感激しすぎて涙が出てくる。
だってだって、大好きな推しが目の前にいるんだよ!?
「あ、あのその、私、
SNSでは、『びゃみ』という名前を使っている。だから私は、彩音さんから本名で呼ばれたことは一度もない。
だから、ずっとずっと、彩音さんに本当の名前を呼んでもらうことが夢だった。
「お願いします!」
勢いよく土下座すると、立ち上がった彩音さんが私の肩に手を置いてくれた。ゆっくりと顔を上げると、天才的な顔面が目の前にある。
彩音さんは蠱惑的な笑みを浮かべ、私の右頬に手を添えた。
「雅」
あ。だめ。今日、私の命日かも。幸せすぎて脳味噌が溶けちゃいそう。
「財前雅十五歳、幸せな生涯でした……」
ばたり、と私が床に倒れた瞬間、音楽室の扉が開いた。中へ入ってきたのは、黒髪ロングの美少女と、ピンク髪ツインテールの美少女。
シャイアロのベース・
「練習始めるから、部外者は出ていって」
雫さんが冷ややかな声で言い放つと、彩音さん以外の女生徒は慣れた様子で部室を出ていった。立ち上がれずにいると、貴女もよ、と睨まれてしまう。
やばい! シャイアロが全員揃ったんだけど……!
なんとか起き上がり、三人の姿を一秒でも長く網膜に焼きつけようと目をかっぴらく。私の推しは彩音さんだけど、そもそもシャイアロのことが大好きなのだ。
「この子、私に会えて興奮してるみたい」
笑いながら、彩音さんは自然な動作で乱れた制服を整えた。
「いつも言ってるわよね? 自分の女は自分で管理しなさい、彩音」
「分かってるよ。ごめんね。練習始まるから、今日は帰ってくれない?」
大好きな彩音さんに言われたら、はい……と頷きそうになってしまう。でもだめだ。今日はちゃんと、言いたいことがあってきたのだから。
「あのっ! わっ、私のこと、シャイアロのマネージャーにしてくれませんか!?」
「え?」
「私、ホームページの作成とかできますし、SNS運用とかマーケティングとかも勉強してて……シャイアロを売り出すための企画も大量に考えてきましたし、あ、あと、実家がめっちゃ金持ちです!」
私は、ただのオタクとして人生を終えるつもりはない。彩音さんと繋がるために同じ高校に入学してきたのだ。
「雑用も荷物運びもなんでもします! ライブ会場の手配も頑張ります!」
お願いします、と頭を下げると、瞳さんが私をじっと見つめた。
「貴女。この女は不特定多数の女をはべらせるような節操のないバンドマンだけれど、それでもいいの?」
「好きなものは好きなので!」
驚いたけれど、幻滅はしなかった。彩音さんはこの世で最も美しい存在なのだ。考えてみれば、モテない方がおかしい。
ただ、めちゃくちゃ嫉妬した。だって、私はゴリゴリ同担拒否のガチ恋勢だから。
「……どうする、雫?」
瞳さんが雫さんに視線を向ける。シャイアロのリーダーは雫さんだ。全ての決定権は雫さんにある。
「面白そうだから、オッケー!」
両手でピースを作り、雫さんはあざと可愛い笑みを浮かべた。
―――こうして私は、シャイアロのマネージャーとなったのである。
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