透明な報酬〜対価の重み、数字の軽み〜

コウノトリ🐣

データ化した対価

 現金をこの手で受け取る機会が消えた

  稼ぐために働く――その原始の理由が、音もなく崩れ去る


 ある一定の日付、残高が唐突に増えている

 指先ひとつ、買い物終了

 お金の重みも

 紙幣の摩擦も

 何も感じない

 ただ勝手に減っていく冷たい数字


 知らない間に増えるように

 いつの間にかすべて消えてしまうのではないか

 実体のない、透明な報酬


 会社は、いつから学校の延長になったのだろう

 授業がそのまま

 業務という名の義務に変わる

 「嫌だ」

 と呟きながら通い

 「しんどかった」

 と背中を丸めて帰宅する

 日々は反復し

 何一つ、本質が変わらない


 なぜ、私は今、働いている?

 稼ぐため

 その答えは、もはや空虚な呪文。


 お金を直に受け取っていた日が、遠い記憶のよう

 分厚い封筒

 手に伝わる努力の重み

 中身に馳せる、月に一度の神聖な期待

 労働が具体的な対価として承認される場所


 少し前までは、記帳という儀式があった

 ジジジッと震え、印字される鮮明な数字

 入ってきた残高の確かな安堵

 並んだ文字を繰り返し見て、ニマニマした

 「私は、頑張ったんだ」

 と、身体で納得する時間


 今、その儀式さえもアプリにとって変わられた

 スマホを開き、指でスワイプするだけ

 「残高:ある」

 ―—それだけの確認

 感情の介入しない

 無機質な情報の羅列


 記帳の音が消えた

 それだけで

 労働と、その対価の感覚的な繋がりは

 決定的に分断された。


 ああ、私は何のために会社に行っているんだろう

 稼ぐことが「実感」を伴わないと

 私たちの労働は、何に依拠して立つべきなの?


 私たちは今、飢えている

 透明な報酬では埋められない

 それは、お金以外の、働く意義


 対価以上の動機が

 それは、達成感か

 社会的承認か

 それとも共同体への所属意識か

 この冷たい社会で―― 今、あなたに、求められている

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透明な報酬〜対価の重み、数字の軽み〜 コウノトリ🐣 @hishutoria

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