プロローグ
Prologue
東京、九段下。
日本武道館の屋根の上には毒々しい紫色をした巨大な満月がへばりつき、狂ったように明るい夜空を怪しく照らしていた。
ここは「終焉場所(おわりばしょ)」。この世の果ての土俵である。
ドォン……ドォン……ドォン……。
大気を震わせるのは、伝統的な太鼓の音ではない。
地獄の釜の底を叩くような、重低音の轟きだ。
「ええー、東西、東西ィィィ!!」
土俵の中央、まばゆいスポットライトを浴びて現れたのは、行司・虚空之守(こくうのかみ)だ。
彼は極彩色の狩衣(かりぎぬ)を纏い、手には「スモー」と書かれた軍配を握りしめている。
その目は血走り、正気と狂気の境界線でタップダンスを踊っているようだ。
「これより始まりますは、古今東西、森羅万象、有象無象を鍋にぶち込んで煮込んだような大相撲トーナメント! ルールは一つ! 私が『のこった』と言えば、核爆発が起きようが、妖怪が出ようが、それは相撲である!!」
ウオォォォォォォォォォ!!!!
升席を埋め尽くす正体不明の群衆が、どす黒い歓声を上げる。
人間かあやかしか、それともただの幻影か。
熱気だけで空調設備が爆発しそうなボルテージだ。
そして、花道から十六の異形たちが姿を現した。
東の花道。
先頭を行くのは、岩力道だ。
奇抜な化け物だらけのこの場所で、彼だけが静かに、しかし力強く四股を踏んでいる。
鍛え上げられた筋肉、揺るぎない眼差し。誰もが直感した。
この狂った世界を正せるのは、この男の「王道」だけではないかと。
その背後には、不気味な知性を宿すゴリラ・猩々山や、電子音を響かせるサイボーグ・朱割津といった強豪たちが控えている。
西の花道。
空気が凍りついた。覇王が現れたからだ。
彼は地面を歩くことすらせず、腕を組んで宙を浮遊している。
その体から放たれる黄金のオーラは、他を圧倒する「絶対王者」の風格。
優勝候補筆頭という言葉すら生ぬるい、まさに支配者(ルーラー)の降臨である。
その覇王の威光の陰で、小悪党の舌や、全裸の中年・不纏といった「色物(イロモノ)」たちが、キャッキャと騒いでいる。
真の戦いは、岩力道という「希望」と、覇王という「絶望」の激突になるはずだ。
行司が高らかに宣言する。
「相撲の常識? 捨て置け! 国技の威厳? 無視しろ! これより行われるのは、神事にあらず! 血と汗と欲望で紡がれる、残酷で愉快な取組(パーティー)なり! さあさあ、役者は揃った! いざ、尋常に……!」
十六人の力士の視線が交錯する。
岩力道が覇王を睨み据え、覇王がそれを鼻で笑う。
この先に待つのが、王道の勝利か、覇道の君臨か。
それとも、誰も予想し得ない「第三の結末」なのか。
運命の歯車が、今、軋みながら回り始めた。
「はっけよォォォォォォォォォォイ!!」
世界が揺れる。
狂乱のゴングが、いま高らかに鳴り響いたのであった。
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