第一回戦

第一試合 サイボーグ力士vs催眠力士

「第一試合開始」


 日本武道館の天井が揺れるほどの大歓声が、終焉場所(おわりばしょ)の開幕を告げた。


 無駄に輝くネオン管で装飾された土俵の上、行司である「虚空之守(こくうのかみ)」が、軍配ではなく巨大なハリセンを掲げて絶叫する。


「東ィ~! 鋼鉄の理詰めマシーン、朱割津ゥ! 朱割津ゥ!」


「西ィ~! まどろみの支配者、獏夢掌ォ! 獏夢掌ォ!」


 東西から異形の二人が土俵へ上がる。


 全身から蒸気を噴き出し、油圧シリンダーを唸らせるサイボーグ力士、朱割津。


 対するは、紫煙をくゆらせ、立っているのか浮いているのかすら定かではない催眠力士、獏夢掌。


 朱割津のカメラアイが激しく明滅し、ズームレンズが敵を捉えた。


「対象、生体反応あり。脳波に異常なアルファ波を確認。当機、これより『勝利』という結果を出力します」


「あらあら、堅苦しいわねぇ。そんなにカチカチだと、肩凝っちゃうわよン? アタシの夢の中で、マッサージでもしてあげましょうか」


 獏夢掌がキセルを一吹かしすると、甘ったるい香りが土俵を包み込んだ。


 行司がハリセンを振り下ろす。


「はっけよォォォイ……のこったァ!!」


 瞬間、朱割津の背中にあるブースターが点火した。


「初期動作、ぶちかまし。推力最大!」


 ドォォォォン!!


 音速を超えたタックルが空気を引き裂く。通常の力士であれば肉塊へと変わる衝撃。


 しかし、朱割津の鋼鉄の肩が捉えたのは、ゆらりと揺らめく紫色の煙だけだった。


「ターゲットロスト。……解析不能。座標ズレを確認」


 朱割津が急制動をかけ、土俵際で踏みとどまる。その足元の土が、いつの間にかフカフカの高級羽毛布団に変わっていた。


「ふふっ、ここじゃ重力もアタシの気分次第なのよ。さあ、坊や。お休みの時間だわ」


 獏夢掌の声が、頭蓋骨の内側から直接響く。


 武道館の景色が一変した。観客席は巨大な羊の群れに変わり、土俵は無限に広がるお花畑へと変貌する。物理法則が崩壊した夢の世界だ。


「視覚センサーに致命的なエラー発生。現実との整合性が取れません。システム警告、システム警告」


 朱割津の巨体がぐらりと揺らぐ。サイボーグといえど、その制御中枢である生体脳は催眠の影響を免れない。


 彼のモニターには「強制スリープモードへ移行します」のポップアップウィンドウが無数に開いていた。


「そう、抵抗しないで……。電源を落として、永遠に錆びついてしまいなさい」


 獏夢掌が優雅に指を鳴らすと、空から巨大な「枕」が隕石のように降り注ぐ。直撃すれば、精神ごと押し潰され、二度と目覚めることはないだろう。


 だがその時、朱割津の胸部リアクターが暴走寸前の赤い光を放った。


「警告(アラート)! 警告(アラート)! 当機は『相撲』を行うために設計されました。睡眠は相撲の動作シーケンスに含まれていません!!」


 ガシャコンッ!


 朱割津の頭部パーツがパージされ、中からさらに無骨な第二の顔が現れる。


「論理回路(ロジック)を緊急遮断! 全エネルギーを『熱血演算』に転送! 起きろォォォ、当機ィィィ!!」


 朱割津の全身から超高熱の熱波が放出された。


 バリバリバリッ!


 空間に亀裂が走る。あまりの熱量に、獏夢掌の作り出した悪夢の空間そのものが「処理落ち」を起こし始めたのだ。


 お花畑がポリゴンの塊になって崩れ落ち、羊たちがバグって点滅する。


「な、なによこれ!? アタシの世界が焼かれている!? 熱い、熱いわよアンタ!」


 獏夢掌が悲鳴を上げ、実体を取り戻して土俵上に尻餅をついた。


「対象の実体化を確認。これよりフィニッシュ・ホールドへ移行します」


 朱割津は揺らぐ空間を踏みしめ、右腕をロケットパンチの射出形態に変形させることなく、あくまで「張り手」の構えを取った。


 ただし、その掌には小型のジェットエンジンが搭載されている。


「相撲とは、物理です。食らいなさい」


「ちょ、待っ――」


 ズドォォォォォォン!!


 ジェット噴射で加速された張り手が、獏夢掌の顔面を捉えた。


 獏夢掌は美しい放物線を描き、武道館の二階席、関係者席の机を粉砕して突き刺さった。


 静寂。そして爆発的な歓声。


 行司がボロボロになったハリセンを朱割津に向ける。


「しょォォォ負ゥありィ!! 決まり手ェ、決まり手はァ!!」


 「機械掌打(ロケット・ツッパリ)! 機械掌打ァ!!」


「勝利、確定。当機の損害率、軽微。……次戦へ向け、再起動(リブート)します」


 朱割津はプシュウと排気音を漏らすと、破壊された土俵が勝手に修復されていくのを気にも留めず、機械的な足取りで花道を引き上げていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る