第七試合 分裂力士vs幻影力士

「第七試合開始」


 日本武道館の空気が処理落ちしたゲームのようにカクカクとし始めた。


 行司・虚空之守は、大量のサーバー機材と冷却ファンに囲まれた要塞のような行司席からヘッドセットを装着して叫ぶ。


「東ィ~! 増殖する肉の暴力、無限鉄ゥ! 無限鉄ゥ!」


「西ィ~! 存在確率のバグ、蜃気楼ォ! 蜃気楼ォ!」


 東の花道から現れた無限鉄は一歩踏み出すたびに残像が実体化し、土俵に上がる頃には既に三十二人の集団になっていた。


「「「「我らは来る。我らは増える。我らは埋め尽くす」」」」


 全員が同じ顔、同じ声、同じポーズでシンクロして喋る。その光景は、生理的な嫌悪感を催すほどのおぞましさだ。


 対する西の蜃気楼は、アナウンスされても姿が見えない。


 カメラがパンすると、土俵の上に「画像の読み込みに失敗しました」というアイコンのようなモザイクが浮かんでいた。


「不明。ここは座標(アドレス)のエラー領域。触れることはできない」


 声はすれども姿はずっと遠くにあるような、エコーのかかった不気味な響きだ。


 行司がキーボードを叩きながら叫ぶ。


「待ったなし! エンティティ過多によるフリーズ注意! はっけよォォォイ……のこったァ!!」


 ドバァァァッ!!


 開始の合図と同時に無限鉄が細胞分裂を加速させた。


 三十二人が六十四人に、百二十八人に。


 土俵上は瞬く間に「力士」という文字(テクスチャ)で埋め尽くされた。


「「「「逃げ場はない。隙間もない。ここにあるのは我らのみ!」」」」


 肉の津波が蜃気楼へ殺到する。物理的な質量攻撃。


 だが、数百の張り手が蜃気楼を捉えた瞬間、その手は虚空をすり抜けた。


「対象不在。貴様らが殴っているのは、大気の揺らぎに過ぎない」


 蜃気楼の姿が霧散し、今度は無限鉄の集団の背後にゆらりと現れる。


「虚無への招待。消え失せろ」


 蜃気楼が手をかざすと空間が歪み、触れられた無限鉄の分身体数名が音もなくデータ削除されるように消滅した。


「「「「個体の損失を確認。だが、我らは群体! 一人が消えれば二人が生まれる!」」」」


 消された端からボコボコという音を立てて新しい無限鉄が生えてくる。


 殴っても手応えのない幽霊と、殺しても減らないゾンビ軍団。


 試合は泥沼の消耗戦……にはならなかった。


「「「「ならば、こうするまで!」」」」


 無限鉄たちが互いの体に組み付き、積み重なり始めたのだ。


 ピラミッド? 否。


 彼らは土俵という円筒形の空間を、隙間なく肉体で「充填」し始めた。


 酸素すら入る余地のない、完全なる肉の壁。


「「「「空間飽和攻撃! 貴様がどこに逃げようと、そこに『我ら』がいれば、貴様が存在する場所(座標)はなくなる!」」」」


 ギュウウウウッ!


 肉と肉が押し合い、ミシミシと音を立てて圧縮されていく。


 土俵上は、巨大な力士のキューブと化した。


「……計算外。座標が……重なる……」


 蜃気楼の声にノイズが混じる。


 彼が「存在しない」ことで攻撃を回避していたとしても、物理空間のすべてを無限鉄が占拠してしまえば蜃気楼が実体化するための「空き容量」がなくなるのだ。


「エラー。エラー。配置場所がありません。強制排除(ポップアップ)されます」


 蜃気楼の体が明滅する。


 無限鉄の圧倒的な質量に押し出されるように、彼は土俵の端へと追いやられていく。


 そこには物理的な衝撃はない。あるのは「場所取り」という概念的な敗北のみ。


「「「「見つけたぞ、虚無! そこが貴様の墓場だ!」」」」


「不明……! 我、存在の……危機……!」


 ブツンッ。


 ついに蜃気楼の映像信号が途絶えた。


 土俵という空間の容量(キャパシティ)が無限鉄で百%埋まり、あふれ出した蜃気楼はまるでトコロテンのようにニュルリと場外へ押し出されたのだ。


 場外の床に蜃気楼だったとおぼしき陽炎が漂い、そして霧散した。


 土俵上には呼吸する巨大な肉塊だけが鎮座している。


 行司がサーバーの熱暴走に耐えながら軍配を上げた。


「しょォォォ負ゥありィ!! 決まり手ェ、決まり手はァ!!」


 「検索除外(404 Not Found)! 検索除外ィ!!」


「「「「我らの勝ちだ。……暑苦しいので元に戻る」」」」


 巨大な肉塊がシュウウゥと音を立ててしぼみ、一人(+予備の二人)の無限鉄に戻った。


 彼らは汗だくになりながらも満足げに勝ち名乗りを受けた。

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