第五試合 富豪力士vs巨体力士
「第五試合開始」
もはや土俵の修復が追いついていない。ひび割れ、焦げ、半壊した土俵に重機のような足音が近づいてくる。
行司・虚空之守が、クレーン車に吊るされたゴンドラの上からマイクを握った。地上が危険すぎるからだ。
「東ィ~! 国内総生産(GDP)ナンバーワン、金成木ィ! 金成木ィ!」
「西ィ~! 超巨大惑星直列、木星(じゅぴたぁ)! 木星ァ!」
ズゥゥゥン……。
西の花道から現れたのは、力士という名の怪獣だった。
身長五メートル、体重推定二トン。
木星が土俵に片足を乗せただけで、日本武道館全体が震度三相当の揺れに見舞われる。
「オデ……デカイ。オマエ……マメツブ」
その声は重低音すぎて、スピーカーがハウリングを起こした。
対する金成木は黒服のSPたちに神輿(みこし)のように担がれて入場した。その神輿は純金製だ。
「やれやれ、見上げすぎて首が痛くなりますわ。これだから無駄に図体が大きいだけの下層民は困りますのよ」
金成木は懐から分厚い札束を取り出し、パラパラと扇ぐように振った。
「どうです? この試合、わざと負けてくれれば、君の故郷の山ごと買い取って差し上げますわよ?」
「カネ……? オデ、カミキレ、クワナイ」
木星は興味なさげに鼻を鳴らすと、丸太のような腕を振り上げた。交渉決裂である。
クレーン上の行司が叫ぶ。
「待ったなし! インフレ懸念なし! はっけよォォォイ……のこったァ!!」
ドゴォォォォン!!
木星が開幕と同時に放ったのはただの「四股」だ。
しかし、その質量ゆえに衝撃波が発生し、土俵の表面が波打つようにめくれ上がった。
「おっと! 野蛮!」
金成木は指をパチンと鳴らす。
瞬間、彼が身につけていた無数の宝石付き指輪が強烈な光を放ち、光の障壁(シールド)を展開した――わけではない。
上空から事前に手配していた「純金製の延べ棒」が雨あられと降り注ぎ、物理的な防壁となって衝撃波を受け止めたのだ。
「ふぅ。金(ゴールド)は裏切りませんわ。物理的にも、資産的にもね」
「オデ……ジャマモノ、コワス!!」
木星が防壁ごと金成木をすり潰そうと巨大な張り手を繰り出す。その風圧だけでSPたちが吹き飛んだ。
迫りくる肉の壁。死の確定演出。
だが、金成木は優雅に葉巻を燻らせ、スマートフォンを取り出した。
「もしもし? ええ、わたくしです。……はい、今すぐ『アレ』を買収してください。ええ、言い値で構いませんわ」
ピッ。通話終了。
その瞬間、木星の足元で異変が起きた。
「ウ……? オ、オデ、アシ……?」
ツルッ!
木星の巨大な足が、氷の上に乗ったかのように滑ったのだ。
いや、氷ではない。土俵の表面が鏡のようにツルツルに磨き上げられた「ダイヤモンドの床」へと変質していたのだ!
「たった今、この日本武道館の床材を、すべて最高級ダイヤモンド・コーティングに張り替えさせましたわ。工期? カネの力で時間を加速させましたの」
「オ、オデ、スベル! トマ……ラナ……!」
摩擦係数ゼロの世界。木星の巨体は、一度バランスを崩せば止まらない。
彼は手足をバタつかせ、まるでスローモーションのコメディ映画のようにズルズルと俵の方へと滑っていく。
「さあ、とどめですわ! 資産(アセット)の重みを知りなさい!」
金成木が再び指を鳴らすと天井が開いた。
降ってきたのは金庫だ。それも一つではない。数千、数万の「一トン業務金庫」が雪崩のように木星の背中へと降り注ぐ!
「グオォォォォ!? オモイ! コレ、ナニ!?」
「それはわたくしの『負債』ですわ! 他人に押し付ける借金ほど重いものはありませんのよーっ! オホホホホ!」
ズザザザザザ……ッ!!
ダイヤモンドの床を滑走し、金庫の山に埋もれた木星はそのまま勢いよく土俵の外へと射出された。
ドッガァァァァン!!
客席の一角が壊滅し、木星が埋まる。
行司がクレーンを揺らしながら叫んだ。
「しょォォォ負ゥありィ!! 決まり手ェ、決まり手はァ!!」
「財政破綻(デフォルト・スライド)! 財政破綻ゥ!!」
「ふん、安っぽい勝利でしたわね」
金成木はダイヤモンドの床に映る自分の顔で前髪を整えると、SPに新しい神輿を持ってくるよう命じた。
土俵に残された大量の金塊と金庫を観客が奪い合おうとして暴動が起きているが、彼は一瞥もくれずに去っていった。
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