第三試合 最強力士vs八百長力士
「第三試合開始」
場内の空気がピリつくような緊張感と、何とも言えない脱力感の二つに引き裂かれた。
呼び出しの声が裏返る。
「東ィ~! 歩く天上天下唯我独尊、覇王ォ! 覇王ォ!」
「西ィ~! 姑息な二枚舌、舌(ゼツ)! 舌ゥ!」
土俵に上がった二人の格差は、神とゴミ虫ほどの差があった。
東から現れた覇王は、物理的に発光していた。黄金の粒子が彼の周囲を舞い、足を一歩踏み出すたびに「ズーン……」という重低音が大気を震わせる。
対する舌はニヤニヤと卑しい笑みを浮かべ、懐から白い封筒を取り出して行司に見せびらかしていた。
「へへへ、行司さん。これ、ほんの気持ちですけどね。今日はひとつ、公正なジャッジをお願いしやすよ? ……特に『ライン際』の判定とか」
「……」
行司・虚空之守は無言で分厚い封筒を受け取ると、懐にしまった。
「おっ! 話がわかるねぇ!」
「はっけよォォォイ……のこったァ!!(※振込確認済み)」
開始の合図と同時、舌は瞬時に土俵の中央へ駆け寄り、覇王の足元に土下座でスライディングした。
「ハハーッ!! 覇王様ァ!! 万歳! 万歳!!」
観客がズッコケる音が響き渡る。
戦う意思ゼロ。舌は地面に額を擦り付け、靴磨きのように覇王の足元を自分の廻しで拭き始めた。
「……何だ、貴様は」
覇王が、汚いものを見る目で舌を見下ろす。
「興が削がれた。戦う気がないなら去れ、下郎」
「め、滅相もございません! あっしはただ、あなたの圧倒的な王気に感動しただけでさァ! ああ、なんと神々しい! 戦うなんておこがましい!」
舌は揉み手をしながら、ペコペコと頭を下げる。
「つきましては、あっしの負けでいいんで……せめて! せめてこの『極上の赤絨毯(レッドカーペット)』の上をお歩きいただき、退場していただけませんでしょうか!? 土俵の土などで、あなたの御御足(おみあし)を汚すわけにはいきません!」
舌が懐からシュルルッと取り出したのは、高級そうな赤い絨毯だった。彼はそれを覇王の足元から土俵の端まで丁寧に敷き詰める。
「ほう? 殊勝な心がけだ」
覇王は鼻を鳴らした。
「良かろう。貴様の敗北を認め、余はこの道を通り、悠々と帰還してやる」
覇王は空中に浮遊していた体を降ろし、ゆっくりと赤絨毯の上に足を乗せた。
その瞬間。
「へへっ、かかったなァ! 馬鹿め!」
舌の表情が、卑屈な笑みから、邪悪な嘲笑へと一変した。
ガシャンッ!!
舌が隠し持っていたスイッチを押した。
すると、赤絨毯の下に仕込まれていた「超高速ベルトコンベア(空港の手荷物受取所のアレの百倍速)」が起動したのだ!
「な、なにっ!?」
覇王の足元が、猛烈な勢いでスライドする。
本来なら覇王の「絶対防御」や「重力操作」で耐えられるはずだ。しかし、彼は今、「自らの意思で歩こうとして」重心を前に移動させていた。そして何より絨毯の上に乗ることを「許可」してしまっていた!
「う、動くぞこれ!?」
威厳崩壊。
覇王は腕を組んだポーズのまま、素晴らしい速度で土俵の端へと運ばれていく。
「貴様ァァァ! 謀ったなァァァ! 重力波(グラビティ・ブラスト)!!」
覇王が激怒し、手をかざして舌を圧殺しようとする。
だが、舌は鼻をほじりながら、行司の後ろに隠れた。
「おっと旦那、無駄でさァ! 行司さん、ルールブック第百八条!」
行司が懐の封筒の厚みを確かめながら叫んだ。
「えー、只今の攻撃はァ! すでに『退場花道』に乗っている力士による場外乱闘とみなしますゥ! 試合後の攻撃は反則ゥ!!」
「な、なんだとォ!? 余がルールだぞ!?」
「いえいえ、ここは『終焉場所』。金(カネ)と契約書がルールでさァ!」
舌はニヤニヤと笑いながら、ベルトコンベアの速度ダイヤルをMAXに回した。
キュイイイイイン!!
赤絨毯が唸りを上げる。
「ぬおおおッ! 止まれ! 余は止まりたい! 摩擦係数仕事しろォ!」
覇王は必死に踏ん張ろうとしたが、足元の高級シルク素材は無情にも滑らかだった。
彼は腕を組んだまま、まるでエスカレーターに乗るサラリーマンのようにシュールかつ迅速に土俵際へと運ばれていく。
「お見送り~! お疲れっしたァ~!」
舌が手を振る中、覇王は土俵の俵(たわら)を越え、そのまま花道の奥深く、搬入口の暗闇へと吸い込まれていった。
「おぼえて……いろォォォォ……!!」
捨て台詞がドップラー効果で遠ざかっていく。
静寂。そして、観客からの「汚い! さすが舌汚い!」というブーイング混じりの喝采。
行司が一切悪びれることなく軍配を上げた。
「しょォォォ負ゥありィ!! 決まり手ェ、決まり手はァ!!」
「自動搬出(オート・ログアウト)! 自動搬出ゥ!!」
「へへっ、どんなに強くても、土俵にいなきゃ負けなんでさァ」
舌は勝利の味を噛み締めるように落ちていた赤絨毯を回収し(再利用するため)、行司と目配せをしてから小走りで去っていった。
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