第二試合 力士vsドーピング力士
「第二試合開始」
第一試合の興奮が冷めやらぬ中、土俵の修復作業が一瞬で——本当に一瞬で、逆再生ビデオのように——完了した。
再び呼び出しの声が響く。だが、それは神聖な呼び出しというより、隔離病棟の点呼のようだった。
「東ィ~! 絶滅危惧種の正統派、岩力道ォ! 岩力道ォ!」
「西ィ~! 歩く薬事法違反、決芽丸ゥ! 決芽丸ゥ!」
対照的すぎる二人が土俵に上がる。
岩力道は静かだ。彼はこの狂った世界で唯一、美しい所作で塵手水を切り、清めの塩を撒いた。その塩は普通の塩だ。ただの塩だ。それが逆に異常に見える。
「俺は、相撲を取る。相手が何であろうと俺のやることは変わらん」
対する決芽丸は、塩を撒く代わりに蛍光グリーンの液体が入った注射器を自分の首筋に突き立てていた。
ブシュゥゥゥッ!
注入音と共に、彼の全身の血管がミミズのように膨れ上がり、眼球が左右別々の方向に回転する。
「あははァ! 俺ェ! キタキタキタァ! 脳汁がサンバ踊ってるゥゥ! 相撲ォ? 知らねェけど、殺せばいいんだろォォ!?」
行司・虚空之守が、今度はピコピコハンマーを構えて叫んだ。
「待ったなし! ドーピング検査なし! はっけよォォォイ……のこったァ!!」
ドォン!!
岩力道の立ち合いは完璧だった。低く、鋭く、腰の入ったぶちかまし。教科書通りの美しさで決芽丸の胸板に激突する。
しかし。
「ぬんっ!?」
岩力道の表情が歪む。押せない。
決芽丸の体は接触した瞬間、ゴムまりのようにブヨブヨと波打ち、衝撃をすべて吸収してしまったのだ。
「あひャひャ! 効かねェ! 今の俺ェ、痛みを感じる神経まで溶かしちゃったからネェ! 筋肉増強剤(ステロイド)の向こう側、見せてやるヨォォ!」
決芽丸の背中のタンクから、さらにドス黒い液体が体内に流れ込む。
バキバキバキッ!
不快な骨の音と共に、決芽丸の右腕が丸太のような太さに膨張した。人間の骨格構造を完全に無視している。
「死ねェェェ! メガトン・ドラッグ・ラリアットォォ!!」
「……くっ、邪道が!」
ブンッ!
丸太と化した腕が風を切り、岩力道の頭上を通過した。岩力道が紙一重で屈み、潜り込んだのだ。
普通の力士なら恐怖で足がすくむほどの暴力的な質量。だが、岩力道は毎日の四股で培った強靭な足腰で、大地に根を張る巨木のように踏ん張った。
「相撲に薬品など不要! 必要なのは、心・技・体のみ!」
岩力道は決芽丸の懐深くに入り込み、双差し(もろざし)の体勢を取る。
しかし、決芽丸の体表からはヌルヌルとした謎の粘液が分泌され始めていた。
「掴めるかァ? 俺ェ、今、ウナギの遺伝子も入ってるからネェ! 滑るヨォ! ヌルヌルだヨォ!」
「ぬぅ……滑る! だが!」
岩力道は指に全神経を集中させた。廻しの結び目、そこだけはまだ乾いている。
ガシィッ!
岩手のような握力で、岩力道は決芽丸の廻しを掴み取った。
「捕らえたぞ!」
「離せェ! 俺ェの計算だと、あと三秒で心臓が爆発するモードに入っちゃうんだヨォ! 巻き込まれるゾォォ!」
決芽丸の体が赤熱し、目や鼻から色のついた蒸気を噴き出し始めた。心拍数が毎分四〇〇を超え、自爆寸前の暴走状態に入る。
だが、岩力道は動じない。彼は相撲の基本動作、「吊り」に入った。
「爆発などさせん。その前に、土をつける!」
「ギャアアア! 血がァ! 逆流するゥゥゥ!」
岩力道の全身の筋肉が芸術的な連動を見せた。足から腰、腰から背中、そして腕へ。
巨大化し暴れまわる決芽丸の体を、純粋な筋力とテコの原理だけで垂直に引き抜く。
「うおおおおおッ! 吊り出しッ!!」
宙に浮いた決芽丸は、地面との接地を失い、ただの手足をバタつかせる中毒者と化した。
「空飛んでるゥゥ!? これクスリの幻覚!? それともリアル!? どっちでもいいや、気持ちいいからァァァ!!」
ドサァァァッ!!
岩力道はそのまま、俵の外へ決芽丸を優しく、しかし断固たる意志を持って運び出した。
決芽丸が場外の床に転がると同時に、彼の背中のタンクが破裂し、あたり一面に栄養ドリンクの匂いが充満した。
行司がピコピコハンマーを高々と掲げる。
「勝負ありィィィ!! 決まり手ェ、決まり手はァ!!」
「清廉潔白(デトックス・スルー)! 清廉潔白ゥ!!」
「俺は……ただ吊り出しただけだが……」
岩力道は納得のいかない顔で首を傾げたが、観客席からは「まともすぎて逆にスゲー!」という割れんばかりの拍手が送られた。
彼は一つ大きく息を吐き、静かに勝ち名乗りを受けた。
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