誰がためにベルは鳴る

音羽真遊

誰がためにベルは鳴る

 私の通う高校の教室には、なぜか時計がない。あるのは職員室くらいだろう。理由は誰にもわからないらしい。そのため、教員も生徒も各自腕時計などで時間を把握するようにしている。携帯電話の持ち込みは許可されているが、校内では電源を切るのが原則だ。

 さすがにチャイムは鳴るのだが、短縮授業などでタイムスケジュールがずれる日は、チャイムが鳴ったところで何時なのかはよくわからない。

 試験の時などは卓上時計を置くことも許されているが、持ってきている生徒など見たこともない――なんてことを思っていたら、隣の席の男子がなんとも昭和感の漂う古めかしい目覚まし時計を、でんっと机の上に置いた。

「どうしたの、それ?」

「ばぁちゃんの部屋からくすねてきた。去年死んだじぃちゃんの形見だ」

「いや、そういうことを聞いているのではなくてですね」

 前々から変わり者だと思っていたけれど、こいつはやはりどこかズレている。

「腕時計、持ってなかったっけ?」

「洗濯機には勝てなかった」

 つまり、制服と一緒に洗われてしまったということだろうか。

「中まで乾くと動くこともあるよ」

「そうか。しかし、今回の期末試験、オレはコイツと共に闘うんだ。死んだじいちゃんは、ハッタリが得意だったんでな」

 ハッタリと試験に何の関係があるのかはよくわからないが、本人がそうしたいのであれば何も言うまい。そういえば、あまり成績がいいほうではなかったはずだ。

(……おじいちゃん、勘が鋭い人ならよかったのにね)

 先生が教室に入ってきて、問題用紙と解答用紙が裏向きに配られる。

「チャイムが鳴るまで問題見るなよ~」

 やがてテスト開始のチャイムが鳴り、みんなが鉛筆を走らせる音が静かに教室に響く。 テストというのは不思議なもので、その答えが違うということはわかっているが、正解はわからないという事がよくある。歴史の穴埋め問題に至っては、同じ改革が何度も行われたり、一人の人物が要所要所で度々登場したりする。つまり、私もあまり成績がいいほうではないのだ。書けるところを埋めると、テスト終了まではぼんやりタイムが訪れる。 窓から優しく吹き込む風に眠気を誘われていると、隣の席から、わずかながら寝息が聞こえてきた。何かしらいい夢を見ているらしく、幸せそうな寝顔だ。いつから寝ているのかはわからないが、テストの残り時間は十五分を切っている。

(どっ、どうすんの、これ……)

 起こしたほうがいいだろうかと肩に手を伸ばそうとした瞬間、目覚まし時計のベルがけたたましく教室中に鳴り響いた。

「やかましいわっ!」

 目覚まし時計の持ち主ではなく、その前の席の男子がベルを止める。当の本人は起きる気配さえない。

「お前こそ起きろやっ」

 ベルを止めた手に一発はたかれて、やっと目を覚ます。

「あー、オレ、この目覚ましで起きれたことないんだわ」

 その一言に、教室中がザワついた。あれだけの音で起きないとは、おじいちゃんもさぞ悲しかろう。

 その後、各教室に壁掛け時計が設置された。目覚まし事件がきっかけかどうかは定かではない。

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誰がためにベルは鳴る 音羽真遊 @mayu-otowa

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