第15話「王立学院・初等科・続」

「先生って、好きな人とかいるんですか!?」


 と元気いっぱいに言い放つ。


 その瞬間、女子生徒たちは少し顔が赤くなり、ひそひそと視線を交わす。

 ルシアスも興味があるのか、ちらりとアリシアの方へ振り向いた。


(好きな人……?)


 投げかけられた質問の意味をゆっくりと理解したアリシアの頬が、みるみる赤く染まっていく。

 肩が思わず上がり、喉の奥で声が震えた。


「い、いません!」


 その返答に、男子たちは「えー……」と不満げな声を漏らし、

 女子たちはほっとしたように表情を緩める。

 ルシアスはやれやれと言いたげに口角をわずかに上げ、軽く首を横に振った。


 それを見たアリシアは、小さく視線を逸らしながら呟く。


「ま……まだ、いまは」


 その小声は、誰に届いたのかは定かではない。


「はい、つぎ!」


 ルシアスが軽快に促す。男子生徒は半分ほど、女子は依然としてほぼ全員が手を挙げている。


「じゃあ、次で最後ですかね」


 そう言ってアリシアへ視線を送り、アリシアは最後の一人を指名した。


「セリア・フローレンスさん」


 呼ばれた少女は「はい」と澄んだ声で返事をし、一歩前へ出ると静かに名乗った。


「九天の家系が一柱、セリア・フローレンスと申します」


 そう告げながら、礼儀正しくスカートの端をつまみ、

 ふわりと弧を描くように軽く身を沈めた。

 控えめでありながら、洗練された、美しい礼だった。


 動作に合わせて紫髪がゆるやかに揺れる。

 左右で結われた長いツインテールは光を受けて淡く艶めき、

 まるで薄い霧の上を滑る羽根のように軽やかだ。


 まとう装いは、整った仕立ての上衣に、軽やかに広がるスカートを合わせたもの。

 肩には小さな飾り布が掛けられ、胸元には細いタイが揺れている。

 落ち着いた色調ながら、どこか騎士科の礼装を思わせる凛とした雰囲気があり、

 その端正な装いが、彼女の清楚さと育ちの良さを自然に引き立てていた。


「ご丁寧にありがとうございます」


 アリシアは静かに微笑むと、続けて問いかける。


「では……ご質問は?」


 セリアは「はい」と返事をし、静かに口を開いた。


「先生の、そのご服装や立ち居振る舞いは……まるで高位のご令嬢のようにお見受けいたします。

 もし差し支えなければ、先生のご家柄をお聞かせ願えますでしょうか?」


 その一言が落ちた瞬間、教室の空気がぴたりと止まった。


 生徒たちは思わず息をのみ、

 誰からともなく視線がアリシアとセリアへと揺れる。

 声を出す者はいない。

 ただ、場全体がわずかに緊張し、

 その静けさが逆に“踏み込んだ質問”であることを物語っていた。


 アリシアもまた、目を大きく見開いた。


「……っ、え……?」


 声にならない息だけがこぼれ、言葉が喉に引っかかったように止まる。

 アリシアはふらりと視線を落とし、動揺を隠しきれないまま固まってしまった。


 その様子を、ルシアスは横目でそっと確かめる。

 わずかに息をつき、静かに表情を引き締めた。


 そしてゆっくりと顔を上げ、上段に立つセリアへ視線を向ける。

 目だけをそっと持ち上げるようにして見上げるその瞳には、

 戸惑いと“意図を探る”ような淡い疑念が宿っていた。


「……セリア嬢。なぜそのような質問を?」


 穏やかな声音でありながら、その問いにはわずかな警戒と探る色が含まれていた。

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