第14話「王立学院・初等科」

「では……いきますよ」


 と短く告げて扉を押し開けた。


 彼は一歩だけ中へ入り、振り返ってアリシアを見る。


「僕が合図をしますので、そのタイミングでどうぞ」


 そう言い残して教室の中へ消えていった。


 少しして——。


「今日は、皆の新しい先生を紹介します」


 ルシアスの朗らかな声が扉越しに響く。胸の奥がきゅっと緊張で縮む。

 やがて「どうぞ」という呼び声が聞こえ、アリシアは深呼吸をひとつ。緊張と不安を抱えたまま、そっと扉を開けた。


 教室に入ると、二十五名ほどの生徒たちがきっちりと整列し、まっすぐ前を向いていた。正面右寄りの席が一つ空いているが、それ以外は綺麗に並んで座っている。中央には教壇と教卓、黒板のような板が据えられ、ルシアスは教卓の奥に立っていた。


 アリシアが静かに教卓の横まで歩くと、生徒たちの間にざわめきが広がる。


(綺麗な人……)

(可愛い……)

(貴族階級の方、よね……?)


 そんなひそひそ声が耳に入る。


 アリシアが振り向くと、ざわつきはすっと収まり、教室に静寂が戻った。

 それを見たルシアスが、軽く頷く。


「では、お願いします」


 合図に合わせ、アリシアは息を整えた。


「みなさん、こんにちは。今日から皆さんの教師を務めさせていただくことになりました、アリシアといいます。どうぞよろしくお願いします」


 明るい声を響かせると、教室中からぱちぱちと拍手が起こった。


 その拍手に満足したのか、ルシアスは妙にテンションが高くなり、


「みなさーん! アリシアさんに質問がある方は、どんどん挙手してください!」


 と、とんでもないことを言い出した。


「えっ……!?」


 思わず声が漏れる。生徒たちは「はい! はい!」とほぼ全員が勢いよく手を挙げた。


「ちょっと、ルシアスさん!」


 アリシアは笑いながら抗議するが、どこか楽しそうでもある。


「ほら、皆さん挙げてくれていますよ。どなたか、当てて上げてください」


 煽るように微笑むルシアス。アリシアが目を細めて睨むと、彼は羊皮紙のような名簿を差し出してきた。そこには生徒の名前と座席が記されている。


「……もう」


 苦笑しながらアリシアは名簿を受け取り、明るく言う。


「では……カレン・エルノーラさん」


 呼ばれた女子生徒が立ち上がり、少し緊張した声で尋ねた。


「先生の、得意な属性は……何ですか?」


「いい質問ですね」


 アリシアはにこっと微笑む。


「私の得意な属性は、氷になります」


 その答えに、カレンだけでなく教室全体が「へぇー……っ!」と一斉に感嘆の声をあげる。


 アリシアは楽しげに微笑み、


「ではひとつ、私の好きな魔法をお見せします」


 と少し前へ出た。


 両手を水をすくうように重ね、胸の位置へそっと持ち上げる。


『白薔薇の凍華——《アイス・ロザリア》』


 その言葉と同時に、アリシアの手の上に、一輪の氷の白薔薇が静かに咲いた。淡い冷気が広がり、透き通った花弁が光を受けてきらきらと輝く。


「わぁ……」

「綺麗……!」


 女子生徒たちが目を輝かせ、男子生徒たちも息を呑む。


「どうですか? これが氷魔法です」


 アリシアが微笑むと、教室は再び盛大な拍手に包まれた。

 その拍手が静まった頃、氷の薔薇はぱりん、と音を立てて砕け、粉雪のように消えていく。


 質問を終えていたカレンが、もう一度立ち上がり、


「ありがとうございました!」


 と明るく頭を下げた。


「こちらこそ。いい質問をありがとうございます」


 アリシアも柔らかく返す。


 カレンが席に戻ると、ルシアスが嬉々とした声で、


「はーい、次の質問! 誰かいますか?」


 と呼びかける。再び、ほぼ全員の手が一斉に上がった。


 ルシアスはアリシアに向けて、にこっと笑いながら目と口で「どうぞ」と合図する。


「え、えっと……じゃあ」


 アリシアは名簿を見て、次の名を呼んだ。


「ニール・グランさん」


「はい!」


 勢いよく立ち上がった男子生徒は、一拍置いて——


「先生って、好きな人とかいるんですか!?」


 と元気いっぱいに言い放つ。

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