第2話「静かな目覚め」
「……ようやく……お目覚めになられましたか、剣聖様。」
その声は、長い時を経て届いた願いのように、
温かく震えていた。
老女は木の盆に乗せた水の杯とタオルを持ち、
ゆっくりと歩み寄る。
「王都から少し離れました山中にある、
わたくしの小さな家にございます。」
アリシアは静かに周囲を見渡す。
小窓からの光、木々の香り、静かな空気。
「……そう……あなたは……?」
老女は静かに、深く一礼する。
「申し遅れました。
私はアルマ・フレイヴァン。
かつて王国に剣を捧げた、ただの老いぼれにございます。」
その名乗りは、誇りと謙遜を同時に宿していた。
「貴方様がお目覚めになる日を……
心よりお待ちしておりました。」
アリシアは小さく目を瞬き、
静かに漏れるような声で尋ねる。
「……私を……?」
アルマは言葉を返さず、
ただ安堵の表情で微笑んだ。
アリシアは静かに呼吸を整え、
そっと告げる。
「……ありがとう。」
アルマは杯を差し出す。
「まずは……お水を。」
アリシアは小さく頷き、
杯を受け取り、口にする。
冷たい水が、静かに喉を通った。
一口飲んだところで、アリシアは静かな部屋を確かめるように、
そっと周囲へ視線を巡らせた。
「……ここに……あなたはひとりで?」
「はい。
魔力を使い果たして倒れた貴方様のお目覚めを待つには、
ここが最適だと考えました。
澄んだ空気。
清らかな水の流れ。
豊かな自然……。
きっと貴方様の癒しになると。」
アリシアは窓の外へ視線を向けた。
そのまま――小さく声を漏らすように。
「……本当に……
素晴らしいところですね。」
アリシアの言葉を受け、アルマはそっと頭を垂れた。
「そう言っていただけて……何よりでございます。」
控えめで、しかし胸の奥底から滲み出るような声音だった。
その静かな感謝を聞きながら、アリシアはふと視線を落とし、
薄く伏せた睫毛の影が揺れる。
「……やはり私は……あの戦乱の最中、倒れてしまっていたのですね。」
自分で確かめるように、少しだけ唇を噛む。
彼女の中には、戦場に置いてきた想いがまだ残っていた。
「えぇ。ですが――貴方様のお力あってこそ、我が王国は大戦に勝利できました。」
「……王国の……勝利……?」
その響きに、アリシアの細い肩がわずかに震えた。
予想していたはずの未来が、思いもよらぬ“既に過ぎ去った事実”として突きつけられる。
戦いはまだ続いていると、
自分も戦場に戻らなければならないと、
どこかで信じていた――はずなのに。
「……では、その……戦いは、もう……終わっているのですか?」
その“もう”には、
気づけば戦乱の時代が、自分の知らぬところで遠く過ぎ去っていた――
そんな時の流れへの静かな戸惑いが滲んでいた。
「はい。……およそ八十年ほど前に。」
「……っ、八十年……?」
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